75%の実力
スカーレット監督官は辺りを見回し、全員がプラグを手にしていることを確認してから大きく息を吸い込んだ。
「よし! では、もう少しだけプラグについて説明しておこう!」
その言葉にその場の全員が毒気を抜かれた。彼女の突進するかの如く場の空気を動かす力は、そのまま試合を始めそうなものにも関わらず、試合ではなく説明をするのだから。
実際、プラグを使用して素振りをしていた新入隊員なんかは息が上がり、興奮状態にあった。
しかし、監督官はその姿を見ても口調を変えないまま話を続ける。
「君らは剣や銃なども使ったことがないはずだが、手元にあるプラグを熟年者のように扱うことが出来たことに疑問を抱かなかったか?」
「確かに……」
「そういえば……」
スカーレット監督官の問いに思い当たる節がある人々は口々に声を漏らす。
確かに、俺たちはただの一般市民であり決して銃を片手に荒野を駆け抜けるような命のやり取りを経験しているわけではない。
その割には素人くさい動きもなく、腕がつったり、反動で腕がブレたりというのもない。今思えば不思議だ。
カリヤはふと隣で片手でフランベルジュを持ち、刀身に見惚れているルーカスを見た。
こいつにはフランベルジュなんつー残酷な武器は合わんとは思うんだが、美術的観念から言えばむしろぴったりなのが悔しい。
「人間は脳の10%しか発揮できないと言われているが、プラグはその能力を75%にまで引き上げることができる! つまり、本来ならばできないことでも臨機応変に対応し、習得できるということだ!」
「なっ、75%……?」
それって凄いことなのか…??
いまいちその凄さが分からず、首を傾げてしまう。カリヤだけでなく他の人もピンときていないらしく、ざわめき合う声が聞こえる。
だがそこは監督官。そういった反応を予想していたらしく、自信げに靴音を立てる。
「結論から言うとだ! お前達が使うその力は決して与えられただけのものではなく、プラグとは自分の能力を引き出すための物だと考えることだ! 物になど命を預けるのではなく、命を守るためのトリガーとして、プラグを扱うように!」
与えられた力ではない。であれば、扱いこなすことなど造作もない。
カリヤにはそう言っているように聞こえ、不本意ながらも自分のプラグを握りしめる。これは俺の力だ、と示すことでより一段とプラグと繋がっている感覚がする。
「プラグはかならずコンセントを有するお前達の声に答える! 我らショート対策軍にてプラグを使用する際は『コネクト』と唱えるだけでよい! あとは自ずと道は切り開かれる!」
スカーレット監督官がそう言い切るが早いか、何も無かったはずの空間に、画面のようなものが現れる。そこにはトーナメント表が広がっており、これから行われるであろう試験の対戦相手が表記されていた。
「おおっ………! ついに競う時がやってきたんだね…! カリヤ君…!」
「お、おお。いいからその剣しまってくれよ。危ねぇじゃねぇか……」
「すまないすまない…!」
ルーカスも興奮を抑えられないのだろうか、とかくいう俺も多少の興奮はある。
なにせ、戦うというのは血なまぐさい面もあるが、男児にとっては心惹かれるものだったりするからだ。
「えっと、俺は第三試合……相手の名前が読みづらいな……」
「僕は第六試合さ…!! 一足先にカリヤ君の戦いぶりを見させてもらうよ…!」
「はいはい」
「なんと雑な…っ」
第三試合ともなれば数人の戦い方や流れが読めてくるだろう。まずまずの順番だ。
そうこうしているうちにまばらに人が捌け、部屋の中心に第一試合の対戦者が残る形となっていた。
「では双方、構え!」
スカーレット監督官の声を合図に、対戦者達は各々の武器を中段に構え、互いに睨みあう。
「「コネクト!」」
カリヤとしては聞きなれた単語だった。初めは駅前で、そして二度目は牢屋で。しかし、プラグからうなじにあるコンセントに繋がっているはずのコードが見えない。
恩人の女性にも、アズキにも見られたあの緑色に発光するコードはなく、しかもプラグ全体もさほど光っているといった印象は見られない。
ここにあるプラグと、アズキ達が使ってるプラグは違う物なのか…?
さて試合はというと、片方は長剣、もう片方はレイピアという、いかにも剣士同士の戦いといった風だった。
「ふむ、二人とも近接型か。これは面白い!」
いや、なんで俺の隣にいるんすか監督官。
「ああ………っ、あのレイピアもまた美しい…っ」
うるせぇから黙ってておいてほしい。頼むから。
カリヤもまた、釣られるように試合に集中すると、確かに二人とも近距離で互いの剣を打ち合っている。鍔迫り合いというよりも本当に打ち合うかのように金属音が頻繁に響く。
片方、剣のプラグの方は、両手でそのプラグを支えつつ、斜め上から振りかぶって攻撃しているのに対して、もう片方、レイピアのプラグの方は片腕を背中に回し半身を隠しつつ回避と攻撃を交互に繰り返していた。
カリヤの見解では、ややレイピアのプラグの方が優勢に思えた。
「プラグにも重さは存在する。その重さが鍵となるプラグも少なくはないからだ。しかし、この戦いにおいては……」
その瞬間、レイピアのプラグの方が一手早く、相手の喉元に剣先を突き出した。刺された方は感触など感じないはずが、少しだけ躊躇し体の硬直が見られた。
つまり、レイピアのプラグを持つ者の勝ちであった。
「そこまで! ただいまの勝負、アリアの勝ちとする! 双方、プラグを収めよ!」
スカーレット監督官の声に振り返った二人は、互いのプラグを下ろし、握手をした。
スポーツマンシップに乗っ取った良い試合だったのではないだろうか。
「良い戦いだった! レイピアの軽量を生かし、回避を行うこともさるながら、スピードをもって攻撃するその胆力も見事! お前はいい戦闘員になれるだろう!」
声をかけられたアリアという新入隊員はその言葉にはにかみつつも、誇らしげな表情を浮かべていた。
「しかし、長剣であってもなんの憂うことがあろうか! たしかにスピードと俊敏性でいえばレイピアには劣るが、その無駄のない動きも目を見張るものであったぞ! これからも精進するように!」
負けたことで肩を落としていた長剣のプラグの持ち主の肩を叩き、鼓舞する。
その言葉に希望を抱いたのか、負けた悔しさを噛み締めつつも、嬉しげな表情だった。
……これのどこが模擬テストなんだ?




