獣の気配
「おっ、今期はどんなのがいるかな」
カリヤ達、新入隊員が各々のプラグを調達しているのと同時刻、試験会場ギャラリーにて、黒いチョーカーを付けている、ある男はその足を止め、柵に寄りかかる形で階下を見下ろしていた。
「あいつの持ってるプラグなんかはいいなあ、あれ持ってるやつ今居ないし、連携も上手く出来そうだ」
その男は一人一人のプラグを見て、またさらにはそのプラグを実際に使っている姿を見て嬉しそうに独り言を呟く。
独り言というには少々大きく、誰かに同意を得るような言い草である。実際、その場にはこの男以外にも数名が新入隊員の様子を観察していたためである。
その中の一人、桃色の髪を二つに束ねた麗々しい女性、アズキは退屈そうにギャラリー席に腰掛け、足を組んで階下を眺めていた。
彼女は新入隊員の善し悪しなどが知りたいわけでも、自分以外の上位戦闘員との会話を楽しみたいわけでもないからだ。
「ミナト、少し落ち着けないのですか」
「いやあこれがなかなか落ち着けないものでさあ、なにせこういうイベントわくわくしちゃうタチなんだよ」
そう言って、興奮を表すかのように柵の向こうに身をのりあげる男性、ミナトに対して、声をかけた側の男性はため息をついた。
そしてかけていた眼鏡を中指で軽く押し上げると、座っていた体勢を少し変えた。
「大体こんな試験は無意味だと私は感じているのです。プラグにしても、素質にしても数字で見れば済む話ではないですか。」
「何言ってんだよケンジ、人はこういう戦いの中で成長してくもんなんだよ」
「はぁ……あなたのその理屈には賛成できかねます。成長するのは、この場ではなく、この場で誰の下につくか決まった後で充分です。」
「そんなこと言って~、ケンジならもう目星い子とか知ってるんじゃないのか?」
「まぁ、それはそうでしょう。自分の部下となるのですから。」
二人の会話を遠耳に聴きながら、アズキは思案していた。
この試験は新入隊員の資質を試すものでもあり、その人自信が使うプラグの型を見極めるためのものでもある。
そのため、こうして上位戦闘員は試験の中でいい動きをする者、良い資質を持っている者、そういった者を一足早くスカウトするという形で自分の部下にするために見にくるのだ。
しかし、アズキの考えはそこには無かった。あるのはいかに自分の天敵に、自分の推薦達を奪われないようにするかの対策だけであった。
(けれど、まだサエカは来ていないみたいね)
以前、あることがきっかけで上位戦闘員の資格を一定期間の間停止されているアズキであったが、自らの部下を持つこと。また推薦すること自体にはまだ権限が働いていたため、多少の無理は通っている。
その上でアズキの天敵であるサエカに自分の部下を取られた場合、対処する術がないことも自明だった。
(サエカがあの子達を注目しないはずはない。なら、注目する前に私の物だと言い晴れればいいのよ。)
さすがに人の良い体で、他人の部下だと分かっている人を奪う行為などするはずもないだろう。
「なあケンジ~、教えてくれよ~誰が良いんだよお」
「しつこいですね。教えませんよ。」
あそこでぐだぐだと話している上位戦闘員であるケンジとミナトにも、部下を取られる恐れがあるが、口で勝つぐらいの余裕はあるためアズキはあまり敵視していない。
むしろ、自分の持つ駒を使いこなすことなどできないだろう。という嘲笑さえ込み上げる。
今回、新入隊員として推薦したカリヤ。カリヤの実態はアズキを持ってしても謎が多いが、一つ言えることは資質が貧しいということ。資質がものを言うこの試験ではまず彼は困難を極めるだろうことは容易に想像できる。
しかしクルックの言っていた圧倒的戦闘能力も妙に引っかかる。まさか別人でもあるまいし、いきなり普通の人間が飛び跳ねたり強烈なパンチをくりだせるとは考えにくい。つまり、結局は同じ人間の体なのだから体力、俊敏性、柔軟性は同じはずなのだ。
資質が低くとも、並の人間よりも強いはずの彼に期待せずにはいられない。
(あとの懸念はあの子ね。)
もう一人の推薦枠。アズキにとってこちらの方が期待が膨らむ。
資質、体力、どれをとっても優秀で、貧民街で燻っていたのが勿体ないような人間。
アズキが貧民街で彼を見た瞬間その資質の良さに一瞬意識が飛びかけたほどだ。
貧民街からその名の通り拾ってきて、適当な食事と適当な教育、適当な訓練をさせてきたアズキはついにその彼の片鱗を公の場で披露することが出来るのかと思う一方、彼に群がる有象無象から彼を保護しなければならないという杞憂があった。
「教えませんけど、ただ言えることはあります。」
「お、なんだ?」
ケンジは席を立ち、ミナトの隣まで歩いてくるとある一人の人物を指さした。
「あの人は化け物です。新入隊員とは言いつつもその中身は中位戦闘員に劣るとも勝らない実力を隠しもっています。」
「? なんでそんなこと分かるんだ? 確かに持ってるプラグは良いやつだし、見た目も結構いいけど……」
「私の調べでは、彼は既にショートを数十体倒しています。それもプラグ無しで。」
「は? なにそれ、まじ?」
「ええ、本当です。私も信じ難いですが、実際に目にして、その雰囲気を感じて思います。あれは"獣"ですよ。」
────"獣"
生まれた頃から醜悪な環境で暮らしていた彼は身を守るために、外からの敵に対して敏感に反応する強烈な勘と、それでもなお自分の身を守ろうとする気概と、それを持っても余りある戦闘力を身につけていた。
その姿はまさに獣。
相手を威嚇し、臆病に慎重に好機を待ち、的確に相手の隙を捉えてその首を捻じ飛ばす。
これこそがアズキが密かに育てていた上質な駒。
アズキは大剣を背中にたずさえ、ゆっくりと敵である対戦者達を俯瞰する赤髪の彼の見る。
「良い試合を期待しているわ、タイガ。」




