二つのコンセント
牢屋から出されたカリヤの前には、豪華な料理が陳列していた。
当のカリヤはお風呂上がりのラフな格好で、首にタオルをかけているがその表情は堅かった。
「なんか、ここまでくると誘拐されてるみたいだな……」
そもそもここは、カリヤの目指していたショート対策軍ファラデー支部などではなく、アズキの私有地である館らしい。つまりマジモンの誘拐。
っていうかどれだけお嬢様なんだよ……
「あ、これうま。」
カリヤは席に座って試しに近くの料理を口に運ぶ。思えば電車に乗っていた時もあまりの緊張に食欲が湧かずに、結局この時間まで何も食べずにいたため、カリヤは一度手を出すと続けて他の料理にも手を出した。
「いやぁ~……おいし……ってあれ?」
カリヤがふと自分の腕を見ると、そこにあった傷が無くなっていることに気づいた。牢屋から出たあとはお風呂に連れていかれただけで、治療じみたことはしていないはず。
これはあれか? 料理を食べて元気いっぱい! みたいな?
「おっ、食べてますねぇ」
「クルックさん。」
カリヤが傷のことに気づいた時、クルックが部屋の扉に寄りかかるように話しかけてきた。
クルックは整然とした態度でカリヤの元へと歩み寄る。
カリヤがアズキから聞いた限りでは、クルックはアズキの秘書をしていて実はショート対策軍には所属していないらしい。
カリヤの理解には及ばなかったが、ショート対策軍と同列の権力を持つ【通信兵監】という組織から派遣されてきたようで、ショート対策軍とはお隣さんのようなもの。
アズキからはそう伝えられたが、如何せん世情に疎いためカリヤにはピンとこなかった。
「クルックさんは、アズキが使ってたプラグを使えたりするんですか?」
「あー、まぁねぇ。大して良い武器じゃないけど護身用程度には扱えますよぉー、ちなみにお嬢のプラグはショート対策軍じゃ、一、二を争う位に強力な物なんですよぉ。」
「ほぇー……」
身振り手振りを交えながら話すクルックは、やはりカリヤから見ても大人びて見える。多少癖のある喋り方でも妙に説得力のあるように思えて、カリヤはつい顔を綻ばせる。
「いやーほんとに色々あったんすけど、こうして拾って貰えて良かったです! 俺のことを必要としてもらうのなんてほんと久々で……」
「違うよ」
目にも止まらぬ速さでカリヤの喉元にクルックの手が伸びてくる。カリヤは反応しきれずに細く折れそうな自身の喉を掴まれた。
「……っえ?」
「カリヤくんさぁー、勘違いしてるよぉー。」
急所を掴まれ、反撃もしないカリヤを嬲るような目でクルックはカリヤを見下ろす。
カリヤはあまりのクルックの変わりように動揺し、なにを言うべきか頭が混乱した。
「僕はねぇ、別に君なんか欲しくないんだよ。お嬢は君の”力”を、”カリヤ”として認識してるみたいだけど、僕は違う。力は力でしかない。資質もない君の中で燻る程度の力なら僕が命懸けで奪ってやる。」
「う……ぐぅ……」
「ほらぁー出してみなよあの力をさぁ! ショートを蹂躙し、踏み潰した完璧なる姿を!」
クルックの、カリヤの喉を掴む手が一層力強くなると同時に体が持ち上げられた。
カリヤは上手く呼吸が出来ずにクルックの、腕を引き剥がそうともがく。爪が喉に食い込み、僅かに骨が軋む音もする。
やばい……ほんとうに殺す気だ!
カリヤ自身、自らの中にある力など知る由もなく一体どうすれば解放してもらえるかを考えるしか術がなかった。
「っひゅ………」
しかし、そうこうしているうちに呼吸が本格的に出来なくなりカリヤは腕に力が込められなくなっていた。
こんなところで死ぬ訳にはいかない……けど、いったいどうすれば……
霞んでいく視界の中、クルックの、クロスタイを留めている金色のボタンが反射で光った。
その瞬間、思い出したかのようにカリヤの腕は再び力を取り戻し今度は自分のTシャツの裾を掴んだ。
「お、れは…………」
「うん?」
「俺は、コンセントを、もう一つ、持ってる…っっ!!」
言い切るのと同時にカリヤは自分のTシャツをまくりあげ、誰にも言うまいとしていた自らの秘密を晒した。
カリヤの胸部、その中心には全人類共通のコンセントが埋め込まれるように存在していた。
「………?」
カリヤはしばらく目をつぶり、事の次第を受け入れようとそのまま硬着していたが、クルックからの返事がないことに違和感を抱き、うっすらと片目を開ける。
そこには頬を赤く染め、荒い呼吸をしながら涎を垂らすクルックの姿があった。
「えっ」
「こ、コンセントがぁ……っコンセントがぁ、二つある……だからあの時ショートにうなじを触られても死んでなかったってことなんですねぇ……っ……はぁはぁ……調査のためにも是非とも……是非とも……」
「ひぃ…!」
クルックはゆるりとカリヤの喉元から手を離すと、今度はわきわきと指を細かに動かし、今にも飛びつきそうな形相をしていた。
そんなクルックを見たカリヤは身の危険を感じ後ずさりしようとするが、既に近距離だったため直ぐに二の腕を掴まれる。
「うわーー! うわーー! 誰か助けてーー!!」
「ふふふふふ………」
「何してるのよ。」
咄嗟にカリヤは扉の方を見る。そこには桃色のツインテールを片手に弄りながら立っているアズキがいた。
「なに? そういった行為はここじゃ禁止よ。よそでやりなさい。」
「違ぇって!! そんなんじゃないっての!! 取り敢えずクルックさんを何とかしてくれよー!!」
「コンセント……ふふ」
「ああ、またクルックの探究心が暴走してるのね。なら私の良い方向しか進まないから全力で応援してあげるわ、頑張りなさいクルック。」
「お前らいい加減にしろーー!!!」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「で?コンセントを二つ持っているっていうのはどういった経緯が原因なのよ?」
「わかんねぇ」
「けっ。」
「あー! いま、『けっ』て言った! 『けっ』って言ったー!」
現在、クルックを縛り上げ床に転がすことに成功し、また新たな情報を元にカリヤの持つ謎の力について分かることはないかカリヤとアズキは豪華な席につき、対話していた。
「大体、前例がないのに突拍子に言われるこっちの身にもなってみなさい。それが今の私よ。」
「む………でも、やっぱりこれってあんまり口外しねぇほうがいいよな……?」
「そ、うね……悪目立ちしてさっきのクルックみたいに暴れられて実験室行きが妥当でしょうね。」
「うげ。」
カリヤは思わず床に転がされたクルックを見た。縛られているとはいえまた同じように襲われかねない。実験室で横たわり、科学者なんかに体を解剖されるなんて想像が頭をよぎって、カリヤは背筋が粟立った。
「だから、明日は絶対にバレないようにしなさい。」
「はいは………い? 明日?」
「うん? 明日は新入隊員模擬テストがあるじゃないの。そこであなたなりに成績を収めてきなさい。もちろん、下手な成績なら折檻ものよ。」
そう言ったアズキは優雅に紅茶を口に運ぶ。その動作にカリヤは見惚れかけたが、ある一言で現実に引き戻された。
「テ、テストぉおお!?!?」




