光と影のコントラスト
南北戦争とは、ラドラシア大陸の二大強国・北域のギャリオッツ帝国と南域のメルドキア共和国の領土侵略戦争である。北域と南域の間にある中域は、中小の国々が百以上あり、連合したとしても、とても大国には軍事力でかなわない。大国に侵略されるか、進んで衛星国になるしか道はなかった。
ベルデンリンク帝国は中立の立場でいたが、侵攻してくる南北両軍と国土を守るための防戦を繰りひろげた。世界第四位の経済大国ゆえ、軍備は大国に匹敵していた。しかし、徴兵された前線の兵士達の被害は少なくはない。
六年ほど続いた無益な戦争は二年前に終結し、各国での交易が再開し、ベルデンリンク帝国でも海外留学生の受け入れが再度はじまったのだ。
宮葉みぞれはそんな海外留学生の一人で、ベルデンリンク帝国から招かれた教師から白耳殿林句語と大陸共通語を学び、最優秀の生徒の一人として太鼓判を押された。そして、医学・文化を学ぶためにベルデンリンク帝国の六番目の都市・インゴルシュミッツへやってきた。
「魔法治療や中原医学もあるけど、限界があるの……そこで大陸中域の外科手術や内科診療などの最新科学医療を学びたいの」
「ずいぶんと熱心なのね……」
「実はあたし、7歳のころ兄弟や友人が天然痘にかかってしまって……高い医療費を払って扶桑医師や魔法治療師に頼ったけど、効かなくて……ああ、あたしも天然痘で死ぬんだと思っていた……でも、大陸中域からきた医師たちが広めた種痘法による予防で救われた……」
宮葉みぞれは故国で天然痘が流行して大勢の人々が亡くなったが、魔法治療や漢方医学は役に立たず、中域から来た医師が広めた種痘法による予防で多くの民が救われたことを熱く語った。
「そう……魔法治療は本人の自己治癒能力を魔力で増幅させて治すもの……限度があるし、大怪我や病原菌などには余り効かないわ……」
「でもでも……最新の中域医学には目を見張るものがあるわ……それを少しでも多く学んで、故国に広めたいの……そして、病気や怪我で苦しむ人達を救いたいのよ……そこで、私を担当してくれたシュヴァイツァー先生に医療を学び、猛勉強して海外派遣留学生に応募したの……」
「シュヴァイツァー先生というと、ベルデンリンク帝国出身の医師ね……『生命への畏敬』を訴え、世界平和活動家として有名だった。けど、それゆえ国や軍に睨まれ、国外追放となったはず……まさか東域の果てにまで行っていたとはね……」
「クララも先生を知っていたのね! なんだか嬉しいわあ……先生は医療奉仕活動と世界平和を訴えていたわ……あたしの最も尊敬する人物なの……」
目を輝かせて部屋の室内灯の周囲をくるくる回って、鼻息荒く、熱弁する宮葉みぞれ。だが、クレールヒェン・カリガルチュアは室内灯の届かない影の部分のベッドに腰かけて、彼女を厭世的な半眼で見ていた。光と影のコントラストは、二人の宿命の違いであった――
「あっ、もしかしてあなたも似たような動機かしら……」
「……私は……違う……そんな崇高な目的で、この都市へ来たわけではないわ……」
クララの美貌が曇り、横を向いた。無意識にペンダントをいじっていた。ロケットペンダントで、真鍮製の蓋を開け閉めしている。中に青白い宝石が埋め込まれ、仄かに輝いて見えた。
「そう……あっ、あははは……あたしだけ浮かれちゃって、なんかごめん……あっ、そのペンダントの何の石? 真珠でも水晶でもないようだけど……セレナイトかゼオライトかしら?」
話題を変えようと、みぞれはクララのペンダントの事を話した。が、彼女はハッと我に返り、ペンダントの蓋をしめて胸元にしまいこんだ。
「なんでもないわ……ただの安物の人造石よ……でも、形見の品で大切にしているのよ……」
「あ、そうなんだ……」
就寝時間のベルが鳴り、懐中時計を見るともう9時だった。消灯して就寝になる。みぞれは先ほどの熱弁の興奮が残って眠れなかったが、昼間の旅の疲れが出て、みぞれも疲れからウトウトとした。静まり返った闇夜の女子学生寮。突如、絹を裂くような女の悲鳴が響き渡った。
「なっ、なに……今の悲鳴……」
宮葉みぞれは起き上がって、護身用の木刀をもって暗闇のなか廊下へ出た。廊下には他の女子寮の学生たちがランタンや手燭をもって、ぞろぞろと出てきた。
「何があったの?」
「外に……食堂舎の二階の屋根に……鳥の顔をしたお化けが……」
みぞれと同じくらいの身長の、線の細い茶髪の女学生が、寝間着を着た女学生が震え声で扉を示す。みぞれはランタンを借りて、部屋に入る。窓が開かれ、カーテンが夜風に揺らめく。思い切って外を見ると、黒雲の影から覗く、青白い月が照らす円形の建物が見える。夕食を食べた食堂舎だ。だが、その二階の屋根に怪しい影も人影も見えなかった。
「何も見えないわ……どこかへ行ったのかしら……」
「なによ、アンネリーゼ……あなたの見間違いじゃないの?」
金髪の三つ編をした、コロコロと太った女学生に呆れ顔で見られている。
「そんな……私ははっきりと見たのよ、マルゴット……」
「それなら、私も聞いたことがあるわ。男子の間でも鳥の顔をしたお化けを見た人がいるって……」
女子たちの間が、怖ろしい雰囲気につつまれた。泣き出しそうな者もいる。そこへ舎監が見廻りにきて、生徒たちは皆、自室に戻ることになった。一応、舎監が警備員に連絡して不審者がいないかチェックするとのこと。みぞれも木刀を下げて320号室に戻った。そして、ベッドにクララがいないことに気がつく。
「クララ……どこへ……」
あの騒ぎで廊下に出て、トイレにでもいったのだろうか。みぞれはベッドで布団をかむり、待っていたがいつしか睡魔に襲われ、眠ってしまった。
その頃、クララ・カリガルチュアはガウンを羽織って非常口にある階段の踊り場にいた。夜風が冷たい。彼女は腕輪型の魔法水晶式通信機を取り出して、誰かと交信していた。
「レザーチェ……大学内に鳥の顔をしたお化けが出るという噂があるわ……他にも合成生物の噂がないか、探ってちょうだい……」
イラスト・ヨモギモチ