アプフェルシヨールで乾杯!
「大丈夫ですか、ゼスラー様っ!!!」
「おお……ゲッベルス、ヒムラー……お前たちで生意気な女どもと演劇部員をコテンパンにしてしまえ!!」
「うおおおおおおおおおっ!!」
雄叫びをあげるゼスラー・グループの十数人の教信者に、演劇部員たちが圧倒されて、血の気が引いた。
「数を頼りにするとは、卑怯な奴らね……」
「なあに……大騒ぎになれば教師たちも駆けつけてくるわよぉぉ……」
二人の女傑が決心すると、演劇部の男子たちも角材やモップなどを手に、前に出てきた。
「僕らは非力な演劇部員だが、女の子たちには指を触れさせないぞぉぉ……」
「部長、お供します……ルイーズたち女子は下がっているんだ……」
「セロン……」
決死の覚悟の演劇部員たち。クララが瓶底眼鏡に手をかけた。
――ゼスラー・グループの5,6人に催眠魔眼をかけて、同士討ちをさせようかしら……後でゼスラー・グループと演劇部員たち全員の記憶を消すのは大変だけど、仕方ないわ……
「なんだ、貴様たちは……ぎゃああっ!!!」
「うわわっ……悪質なタックルはやめろっ!!」
「違うぞ、ゼスラー・グループども、これは正義の良質なタックルだっ!!」
廊下の方から、大人数が将棋倒しになる音が聞こえ、ゼスラー・グループから呻き声が聞こえた。出入口から見知った顔の同級生が入ってきた。筋肉質の男子生徒たちが割り込んできた。扶桑人から見れば大男だが、ベルデンリンク人には平均身長180センチの筋肉質な青年たちだ。
「あんら……あんた達は同じクラスのアルバンに、カスパル……」
彼等は以前、解剖学実習で気絶したマルゴットを戸板で保健室に運んだ有志でもある。
「マルゴットのいる演劇部に乱暴者たちが押し入ったと聞いたもので……」
「急いで駆けつけたよ!」
「あんらぁ……頼もしい男子たちねえ……」
マルゴットの言葉に頬を上気させるアルバンとカスパル。その様子に、みぞれとクララとアンネリーゼが目を合わせる。他にも運動部の有志たちがゼスラー・グループに組みついたり、抑え込んだりしていた。
「お前たち何をしているっ!!!」
そしてやっと、生活指導の教師や教授たちがやってきた。慌てたゼスラーが口を開いて弁解をこころみる。彼の特殊な才能『演説術』で丸め込むつもりだ。だが、教師陣の間から一人の恰幅のよい、白髪白髭の人物が出てきて、目玉が飛び出た。
「げっ……ヴァイスハウプト学長!!!」
「アロイス・ゼスラー君……きみたちグループはまたも問題を起こしたな……しかも、私のもっとも嫌悪する差別主義をかかげて……」
日頃、温厚な紳士然とした学長が怒りで額に青筋が浮かんでいる。
職員室に演劇部部長、ゼスラーなどの主だった関係者が呼ばれ、詳細を事情聴収された。結局、前々から色々と問題を起こしていたゼスラー・グループは解散させられ、メンバーは停学。アロイス・ゼスラー始め幹部たちは退学処分となった。
その日のお昼、食堂舎でみぞれ、クララ、アンネリーゼ、マルゴットはアイスバインという肉料理とふかしたジャガイモ、ザワークラフトにアプフェル(りんご)ショーレを注文した。アイスバインは塩漬けの豚すね肉を、タマネギやセロリなどの野菜などと、クローブなどの香辛料で煮込んだものだ。ベルデンリンクの代表的な家庭料理でマスタードをつけて食べる。
「この国の肉料理にも大分なれてきたわあ……」
「扶桑人は仏教徒だから、魚と野菜中心だったわね……」
「そうなのよ、クララ……でも、ベルデンリンクの料理って、なぜか扶桑と似た味付けなのよね……」
「あら、そうなの? 生真面目な人が多い国民性だからかしら?」
「うふっ……そうかも……上手い事いうわね、アンネリーゼ……」
ちなみに扶桑では朝食を軽くすませ、昼食は普通、夕食にウェイトをかける事が多い。だが、ベルデンリンクの食生活は、朝食は普通に食べ、昼食で最も多く食べ、夕食は軽く食べるのが習わしだ。夜中に胃に負担をかけない健康法が浸透しているようだ。
「むひっ……ビールかグリューワインで祝杯をあげたいところだけど……」
「私たちは未成年でしょ、マルゴット……代わりにアプフェルショーレで乾杯しましょ」
「演劇部の勝利、乱暴者追放に乾杯!!」
みぞれは橙色のジュースを飲みこみ、少しむせる。
「ぶふふふっ……このジュースも炭酸が入っている……ベルデンリンクの飲み物はたいがい、炭酸が入っているわね……これだけはまだ慣れないわあ……」
ショーレは炭酸水で割った飲み物のことだ。ベルデンリンク人は飲み物に炭酸水を入れるのが常識だ。ビールやジュースの他にもワインにまで炭酸を入れるので驚かされる。
また、ベルデンリンク人はフルーツジュースが大好物であり、この国の消費量は世界一なのである。他にもクランベリー、ラズベリー、チェリー、葡萄などさまざまな種類がある。
「ところでさあ……アルバンとカスパルって、マルゴットの事を熱い視線で見ていたわねえ……」
「そうそう……あれは恋する男の目よねえ……」
みぞれとアンネリーゼがキャイキャイと騒ぐが、クララは我、関せずと、黙々と豚すね肉を小さく切り分けて食べている。マルゴットが視線をあげ、
「バクバク、ゴクン……ああ……あの二人からは告白されたのよねえ……」
「「えええええええええええええええええええええっ!!!」」
体調が悪いので、風邪薬と葛根湯を飲んでみる。




