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タッグマッチ

「クララ……どうして、あいつの話を聞いたら駄目なの?」


「あのアロイス・ゼスラーという男は貧相な肉体とルックスで、運動神経もよくないし、この大学もギリギリの成績で受かった平凡な人間よ……」


「なっ……なんで、僕のプロフィールを知っているんだ、チビメガネめ……」


 ゼスラーが真っ赤になって怒りの表情となる。クララ・カリガルチュアはフランケンフェルド教授のようなイルミナティの構成員がいないか、教職員、事務員、大学病院の医師、看護師、医務職員、図書館司書、用務員から生徒にいたるまで調べ上げたのだ。イルミナティでは無さそうだが、生徒で一番危険な人物として、ゼスラーは調査済みであった。


「誰がチビメガネよっ! ともかく、ゼスラー自身は凡庸な人間だけど、一つだけ、他に抜きんでた才能がある……それは『演説』よ」


「演説ぅぅ?」


「そう……彼のカリスマ性のある演説を聞いたものは催眠術にかかったように虜囚とりことなり、身も心も信奉者となってしまう……そして、己で考え、判断することをやめて、操り人形となってしまう……独裁者やカルト教団の教祖の才能がある恐ろしい男よ……」


 演劇部の中が騒然となった。ゲーリングともう一人の男をよく見ると、ゼスラーを崇拝する教信者の瞳をしていた。急にゼスラーが恐ろしい怪人物に見えてきた。


「むむむむ……チビメガネめ……余計なことを……」


「誰がチビメガネよっ! このチビイス・チビラー!!」


「僕の名はアロイス・ゼスラーだっ!! こうなれば力で僕の台本を上演させてやるぞぉぉ……ヘス、あのチビメガネを人質にしろ!」


「ははっ! ゼスラー様!」


 筋肉質の男ヘスが両手を伸ばしクララを捕まえようと迫る。だが、その前にみぞれが立ち塞がり、向こうすねを蹴とばす。人体の急所をやられ、ヘスは涙目になって叫んだ。その間にみぞれが背後に廻る。しかし、ヘスは痛みをこらえ、扶桑女子に逆襲をこころみ、つかみかかった。


 黒髪少女は突進してくる巨体の懐に踏み込み、右手首の急所をつかんだ。思わずうめくヘスを、上体を屈ませて相手の制服のえりと右肩をつかみ、受けの態勢から背負いあげ、投げつけた。扶桑柔術でいう『一本背負い』だ。巨躯が回転して宙に舞い、ゼスラーにぶつかって共倒れになった。部室が静まり、一瞬遅れて歓声がわく。


「凄い……凄いぞっ!」


「東域のマジックか!?」


「えへへへ……相手の突進する力を利用した扶桑の柔術だよ……」


 照れるみぞれを称賛する演劇部員たち。一方、目を回したヘスの下敷きになったゼスラーが悲鳴をあげた。


「ヘスをどかせろ……ゲーリング……」


「わかってますよ、ゼスラー様……俺が敵討ちをしてやりまさあ……」


「話をちゃんと訊けっ!」


 今度は肥満漢ゲーリングがみぞれに襲いかかった。だが、その前に今度はマルゴット・フンボルトが立ちはだかる。


「今度はあたいが相手なのよぉぉ……」


「なんだとぉぉ……生意気なデブめ……」


「デブっていう方がデブなんですけどっ!」


 マルゴットが平手をゲーリングの頬や胸部、腹部に突っ張りをくり出した。だが、ゲーリングは平然としている。


「むむむむむ……」


「がっはははは……いい技を使うが、俺は別名『太った鋼鉄』と呼ばれるほど頑丈なのが取り得でな……女だとて容赦はせんぞっ!」


 今度はゲーリングの右手が勢いをつけて平手掌底をくり出した。が、マルゴットは素早く上手から相手の右手をガッキと抱え込んだ。


「なにっ!!」


 その掴んだ腕にマルゴットの体すべての重心を預け、ゲーリングの巨躯をグルリと回転させて投げ飛ばした。上手投げに似ているが、『小手投げ』という扶桑相撲の決まり手の技だ。目を回したゲーリングがゼスラーとヘスの上に飛ばされた。


「うぎゃあああああああっ!!! アンコが出るぅぅぅ~~~~~!!!」 


 ゼスラーの哀れな悲鳴も演劇部員たちの大歓声にかき消えた。マルゴット・フンボルトの周囲に皆が集まる。


「いよっ、マルゴットの海!」


「やるじゃん、マルゴット!!」


「ふんすっ、ごっちゃんです! 座布団の舞が欲しいところね……」


 得意気なマルゴットが鼻息荒く、右手で三神に手刀を切るポーズを行う。外国人なのに、扶桑相撲の礼儀までよく知っていた。ガッツポーズなんぞはしない。


「くそぉぉぉ……こうなったら、最後の手だ……お前たち、出てこいっ!」


 やっと巨体の信者二人から抜け出たボロボロのゼスラーが、廊下へ出て合図をする。すると、右側の廊下出入口からゼスラー・グループのメンバー達がドドッと部室に集まってきた……


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