ゼスラー・グループ
クルミ割り人形役のエルフ族のセロンが台本担当のアンネリーゼに、前から疑問だったと質問してきた。
「しかし、クルミ割り人形は実は人間の青年だったんだろ? なのに、七歳のマリーを王妃にする結末はおかしくないかい?」
「やあ~~ねえ……男子はすぐそうやって、論理的に考えるんだからぁ……」
アンネリーゼがコロコロと鈴を転がすように笑った。
「これはホフマン先生が友人のシュターバルムの三人のお子さんの為に……とくにマリーのために書いた童話なのよ。女の子の考える御伽の国の王子様だから、現実味のないメルヘンの世界なのよ。俗世の常識は向こうへ置いといて楽しむものよ……」
「ふふふふ……私もアンネリーゼの言うこと分かるわぁ……女の子の空想の世界に野暮はいいっこ無しよ……」
ドワーフ族のルイーズも同意してうなずく。セロンは「女の子って、そういうもんかねえ……」と分かったような、分からないような生返事をした。
などとやっている間に出入り内からノックの音がして、突然、大柄な生徒が二人はいってきた。力闘士のように筋肉質な男とビヤ樽のように肥満した男だ。
「世界に名だたるインゴルシュミッツ大学の200年記念祭で童話なんぞの演劇をおこなうとは……実にくだらないなあ……それに亜人や獣人の臭い匂いがする……」
「なんだね、君たちは……」
「これは失敬……僕は人文科のアロイス・ゼスラーという……」
並んで立つ二人の大柄な生徒の間から、頭一つ小さな生徒が登場した。貧相な肉体の小男だが、生気にあふれカリスマ性を持った尊大な人物のようだ。クララの瞳が瓶底眼鏡の奥でキラリと光る。
「俺たちはゼスラー様を信奉するゼスラー・グループの者だ……」
鶴のように痩せた演劇青年の部長が、突然の不躾な乱入者たちに不快な表情でにらむ。
「記念祭には近在の親子連れもくるんだ……それに、『くるみ割り人形』のホフマンはベルデンリンクの国民的作家だぞっ!」
「コホン……そういう事をいっているんじゃない……この僕がわざわざ、200年祭に相応しい脚本を書いてきたんだ……これを舞台にしたまえ……題して『僕の戦争』だ!」
「なにを言っているんだ……部外者の書いた素人脚本なんぞ……」
「待ってください……一応、読んでみます……意外な傑作の可能性もあります……」
アンネリーゼがゼスラーの手から台本を受けとった。茶髪の痩せぎすの少女の手が触れ、ゼスラーは少し頬が赤らんだ。アンネリーゼは台本をパラパラとめくる。
「なんだ……僕の傑作をそんないい加減に読む奴があるか!」
「アンネリーゼは速読ができるのよぉぉ……静かにおし、チビスケッ!」
「むむむむむ……誰がチビスケだ!」
マルゴットに一喝されて、煮えくり返るゼスラー。
「今、チビスケって言った?」
「いやいや……クララの事じゃないわよ……」
ともかく、台本を読み終えたアンネリーゼはゼスラーに返し、書評をいった。
「こんな話は劇にはできませんっ!」
大人しいアンネリーゼが激昂した様子になった。みぞれは以前、解剖学教室でノックス教授に公然と無視されたときもフォローしてくれた事を思い出した。彼女は大人しい少女だが、時折、友人のために立ち上がる勇気を持っていた。
「こんなものは演劇では無いわっ!」
「……どういう内容なの? アンネリーゼ……」
「簡単にいうと、貧乏な芸術家の青年がさまざまな人々に出会って成長する話なんだけど、白人至上主義を謳い、有色人種や、ジュラダ人、異教徒などは二流民族で白人の召使にすべし、亜人種・獣人種は三流民族だから奴隷か絶滅にすべし、などと人種差別主義を助長する薄汚い内容よっ!」
部室の中が静まり、次の瞬間どよめいた。アロイス・ゼスラーに避難の目が集中する。だが、顎をあげて横柄な顔をした小男は平然としていて、両側の大男二人が前に出て凄んだ。荒事の得意そうな巨漢に演劇部員たちが押し黙る。
「ここはあらゆる人種の人間が平等に学ぶインゴルシュミッツ大学だ! そんな差別を肯定する劇なんて上演はできないっ!」
鶴のように痩せた部長が前に出て、ゼスラー達に退室するように指示する。だが、太った巨漢が腹を凹ませて、部長の前に出ていく。
「な、なんだきみは……」
太った学生は突然腹を膨らました。その樽のごとき腹に押されて、部長はボンッと3メートルも跳ね飛び、慌てた他の部員たちが抱きかかえる。
「ちょっと、部長に暴力をふるったわねっ!」
「手をあげるなんて、喧嘩を売ったなっ!」
「ふはははは……手は出してないよ、ゲーリング君がお腹を出しただけじゃないか……」
ゼスラーの屁理屈に頭に血が上る演劇部員たち。
「きみたちが怒る前に、まずは僕の話を聞いてからでも遅くはないと思うよ……誤解があったようだが、僕はねえ……決して君たちが思うように差別主義者ではないんだよ……」
演劇部員たちが思わず、「えっ?」と思うような事を言い、ともかく聞く態勢になった。
「……ゼスラーの話す演説を聞いてはダメよっ!」
瓶底眼鏡の少女――クララ・カリガルチュアが強い口調でさえぎった。




