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アンネリーゼ・ローエ

「あいにくだけど、御断りよ……目立つ事は嫌いなのっ! それに私は七歳の幼女じゃないわぁ~~~~!!!」


「はぅ~~~んっ……ごめんなさぁ~~い……」


 気の弱いアンネリーゼが、小型犬のようにキャンキャン吠えるクララに涙目で怯えてしまった。


「ちょっと、クララ……ほらこれ……」


「むぐっ……ポリポリ……」


 宮葉みぞれが金髪碧眼の少女の口にマジパンを一個放り込むと、大人しくなった。


「ねえ、アンネリーゼ……失礼かもしれないけど、大人しいあなたが演劇部だなんて意外に感じるのよねえ~~」


「そうね……みぞれの言う通り、私って人前に出るのは、本当は苦手なの……でも、私の実家の父は地方の光神教会の司祭でね……孤児院も経営していたの……」


 アンネリーゼ・ローエの故郷パルデティア王国の片田舎で生まれた。アンネリーゼは家族や慈善団体のボランティアと孤児院の子供達に絵本の読み聞かせや人形劇などを見せて楽しませていた。当初、父の後を継いで司祭になろうと考えていたが、疫病の流行で抵抗力の少ない幼い子供達が亡くなってしまう現実に思う所があって、医術を目指す事にしたのだ。


 父母は神術師であり魔法治療ができるのだが、娘のアンネリーゼに魔力は遺伝しなかった。魔法治療は自己治癒力を強めるものであって、軽い怪我などには有効だが、大怪我や細菌による感染には無力であり、医学知識が必要だと痛切に思っていたからだ。


「そうかぁ……アンネリーゼも……実はあたしも7歳のころ兄弟や友人が天然痘で亡くなったのよ……あたしも兄弟たちの後を追うかもと思っていたけど、中域から扶桑へ来た医師たちの種痘法で救われたの……扶桑の医学校でシュヴァイツァー先生に学び、もっと勉強したいと思って、海外派遣留学生になって、インゴルシュミッツまで来たのよ……私もここで学んだことを故郷に広めてたくさんの人達を……子供達を救いたいわぁ……」


「平和活動家のシュヴァイツァー医師が扶桑に……そうかぁ……実は私たち似た動機でこの大学に来ていたのね……」


 みぞれとアンネリーゼが互いの境遇を話して意気投合し、和気あいあいと笑顔をみせた。それをクララが少しふくれ面で見ていた。


「あによ、クララ……仲良しのみぞれをアンネリーゼに取られて焼きモチやいちゃった?」


「なっ……そんなんじゃないわよっ!」


 マルゴットがウリウリとからかい、クララがフンッと首をそらした。


「ところでアンネリーゼ……前から気になっていたんだけど、劇のお話の、『ミルク飲み人形とねずみ小僧』って、どんなお話なの?」


「ミルク飲み人形じゃなくて、『くるみ割り人形とねずみの王様』よっ! あのね……」 


 アンネリーゼ・ローエは演劇部で脚本を執筆していて、今回はホフマンの童話『くるみ割り人形とねずみの王様』をアレンジした劇だ。この話はクリスマスの日、シュタールバウム家の三人の子供がプレゼントを貰う。一番下の七歳のマリーはその中でもくるみ割り人形を見つけ、不格好な姿だが気に入った。だが、兄フリッツが大きなクルミを無理矢理口に入れて割ろうとして故障してしまう……可哀想に思ったマリーは人形やオモチャの部屋にクルミ割り人形を寝かせておく。


 すると、夜中に地下から七つの首を持つネズミの王様が軍隊を率いてやってきた。すると不思議な事にクルミ割り人形が意思を持って動きだし、他の人形やオモチャたちと戦争になった。そしてマリーは気を失い、気がつくと、手に包帯をして目覚めた。心配して看病していた母の話では、夜遅くまで人形遊びをしていたマリーがガラス戸に腕をぶつけて怪我をしてしまったようなのだ。すべては夢だったのか?


 だが、夢だと思われたネズミの王様が夜になるとマリーの前に現れるようになる。そして、マリーに動かないクルミ割り人形をガジガジと壊されたくなかったら、お菓子を寄こせと要求する。ネズミの王様の要求はエスカレートしていき、マリーはクルミ割り人形に相談すると、クルミ割り人形は剣が欲しいといい、マリーは兄フリッツの兵隊人形から剣を借りて渡す。クルミ割り人形はネズミの王様と一騎打ちをして勝利した。クルミ割り人形はお礼として、マリーを素晴らしい人形の国へと招待した。


 翌朝、ベッドで目覚めたマリーは夢で見た人形の国の話を家族に話すが、誰も信じてくれない。そして、シュタールバウム家に名付け親の小父さんがやってきて、行方不明だった甥の青年を紹介する。好青年はマリーと二人きりになると、彼女に自分の正体はクルミ割り人形だと告げる。人形の国の王様となった彼は、マリーを王妃として迎えたのであった――


「へえ……そんな童話がベルデンリンクにはあるのね……」


 ――なんだか、マリーとクルミ割り人形って、クララとレザーチェさんに似ているような……だとしたら、ネズミの王様は黄金仮面の魔道士……はっ! すると、黄金仮面の魔道士の正体はネズミの王様……


「なっ、わけはないか……」


「何を独り言いっているのよ、みぞれ……もう、マジパンは一つしかないわよ……」


「えっ! あまり食べてないのに……食べるぅぅ~~~」


 みぞれが手を伸ばすが、金髪を三つ編みにしたコロコロと太った医学生が最後の一つをつかんで口に放り込んだ。


「ぬぬぬ……おのれ、ネズミの王様め……」


「むひひひひひ……クルミ割り人形よ、世の中とは、早い者勝ちなのよぉぉ……」


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