ネズミの王様
古着屋通りの殺人鬼事件から一週間が過ぎた。その間、クララたちはイルミナティの手がかりを探ったが、何もつかめなかったに等しい。
夕方、クララはみぞれと女子寮の自室に戻り、ベッドに倒れた。インゴルシュミッツの新市街・旧市街のあちこちを調べ回ってきたが、徒労に終わったためだ。レザーチェも調査していたが、有益な情報は得られなかった。
部屋で医学書のノートをとっていた宮葉みぞれは、クララのために温かいココアをいれてもってきた。
「ありがとう……みぞれ……」
「いいえ、どういたしまして……」
他愛の無い話から、レザーチェの独自魔法で見た未来の手がかりの話となった。未来のカードのうち、『夜霧の中の旧市街』は半月前の古着屋通りの殺人鬼事件であった。すると、次のカードの示す未来幻像図は『時計塔』のはず。
「時計塔はインゴルシュミッツの街のどこかにあるはずよね……」
「……ああ、それならもう、分かっているわ……ここ、インゴルシュミッツ大学旧校舎の正面にある時計塔よ……」
「えっ!! あれが……」
授業で旧校舎に行くことがあり、何度も見かけたものだ。
「すると、次の事件はこの大学で?」
「の、はずだけど……あれから半月も経つわ……あれから色々とこちらに有利になったら、未来が変わってしまった……という可能性もあるわ……」
「じゃあ……黄金の仮面をつけた魔道士と再会する最後のカードも……」
「そのカードだけは当たって欲しいわ……」
インゴルシュミッツ大学医学部の学生たちは学業のほかに、創立200周年記念祭の準備に追われるようになっていった。これは城塞都市であったインゴルシュミッツ市が世界的な大学町へと変わるきっかけとなったルートヴィヒ9世の偉業とインゴルシュミッツ大学と教師陣、卒業生たちを記念する盛大な行事である。
5月8日の土曜日から9日の日曜日まで大学校の構内で行われる、同校の学生が主体で開催され、学部ごとに研究展示、日曜日には催しやバザーを行う。みぞれたちのいる医学部は、二年生が実行委員となっていろいろと準備中だ。
放課後の教室で、あちこちの大学生たちが催しの準備をしていた。男子学生は大工道具などを使ってベニヤ板や角材で大道具などを作り、女子学生たちは帆布や安手の布地をつかって針仕事をしていた。みぞれとクララは教室の喫茶店の催しの他に、旧校舎にある演劇部の部室でせっせとお裁縫をしていた。演劇部員のアンネリーゼ・ローエとマルゴット・フンボルトの手伝いで衣装や暗幕などを作っているのだ。
「……なんで私がこんなことを……」
「まあまあ、いいじゃないのよ、クララ……たまには気分転換になっていいと思うわ……」
ちなみに劇はホフマンの童話を元にした『くるみ割り人形とねずみの王様』だ。主役のマリー役はドワーフ族のルイーズ、クルミ割り人形役はエルフ族のセロンが演じる。妖精族ともいわれる亜人種だけあって、エキゾチックな美貌の役者たちだ。
「みぞれ、クララ……御苦労さま……休憩にしましょう」
演劇部のアンネリーゼがお菓子と紅茶を持ってきて、小休止となった。ロンネフェルトの紅茶とお皿に直径2センチくらいの焼き菓子がある。
「あら、小さくて可愛いパンねえ……素朴で扶桑の和菓子に似ているわ……」
ポリポリ食べると口のなかに素朴な味が広がり、疲れが癒される。
「そうなの? これはマジパンといって、ベルデンリンクの一般的なお菓子よ。アーモンドと砂糖を練り合わせて作ったもので、いろんなアレンジがあるわ。これはマジパン玉にココアとシナモンのパウダーをかけたものよ」
ポリポリと美味しく食べるみぞれは紅茶も飲んでみる。
「この紅茶、酸味があってスパイシーね……なんていうの?」
「ホルシュタイナーグリュッツェという干しブドウから作ったデザートティーよ」
「へぇ~~~… 国が違うとお菓子の味も違うのねえ……」
みぞれがクララを見ると、機嫌の良い表情になっていた。女子に甘味の力は絶大ねえ、とみぞれは思った。
「ヂュヂュヂュのヂュ~~~! 美味しそうな匂いがするわい! マリーよ、クルミ割り人形を壊されたくなければ、お菓子を寄こせぇぇぇ~~~~!!!」
灰色の毛皮にネズミの顔が七つもある被り物をしたマルゴットがノリノリでやってきた。
「ひえええっ!!! マルゴット、なにそのお化けの格好は……」
「むひひひ……あたいが『七つ首のネズミの王様』なのよぉぉ~~~」
マルゴットが被り物をとって、どかっと胡坐をかいて、ポリポリとマジパンを味わって食べている。
「むふふっ……おやつと食事の時間が人生最大の楽しみなのよぉ~~」
アンネリーゼはマジパンを食べる瓶底眼鏡のクララを見て、ほっこりとした。
「うふふふ……クララも夢中で食べているわねえ……やっぱり可愛いわあ……劇の主役に出てもらいたいわあ……『くるみ割り人形とねずみの王様』のマリーにぴったりだと思うの……」




