探偵ベッケンバッハ
警察病院の一室に、ソフト帽にトレンチコートの年配の男が花束をもってやってきた。頭頂が禿げ上がり、モップのような白髪まじりの口髭を生やした小太りの男だ。ベッドで新聞を読んでいた顔の四角い男は体中を包帯と絆創膏で覆っていが、来客に懐かしい眼差しを年配の男に向けた。
「おお……無事か、ゲオルク……」
「おひさしぶりです、叔父貴……インゴルシュミッツへまでわざわざ見舞いに来てくれるとは……」
「なに、ちょうど医学生の行方不明事件の依頼があってなあ……それにしても、相変わらずお前の顔は電話帳のように四角いのう……」
「そういう叔父貴の顔は満月のようにまん丸ですなあ……」
「で、怪我の具合は?」
「なあに、一週間ほどで退院できます」
四角い顔の男はゲオルク・クルーグハルト警部。先日の古着屋通りの殺人鬼騒動で負傷し、警察病院で厄介になっている。もう一人の男は彼の叔父で、ザムエル・ベッケンバッハという。元ベルデンリンク警視庁の殺人課捜査一課長で、鬼警部と呼ばれた。
若い頃は荒々しい行動力から、犯罪者たちに『血まみれザムエル』と呼ばれて怖れられている。引退後は首都ブランデンブルク市で私立探偵事務所を開く。甥が怪我で入院したと聞き、蒸気機関車で見舞いにきたのだ。家族親戚の話をしたあと、さっそく事件の話になったのは刑事一家らしい。
「どうやら青髪の殺人鬼の正体は、はぐれ魔道士のズィーガーという男でして、イルミナティという秘密結社にいたことまでは分かっているのですが……」
「イルミナティ? 聞かぬ名じゃな……魔術ギルド関係で調べてみるか……」
「どうやら、ヴァイアルン州駐屯軍ではイルミナティについて、独自に捜査しているようですが……市警には、つかんだ情報を教えてくれなくて、困っているのですよ……」
「ふふん……警察と軍隊はそれぞれ秘密をかかえて渡そうとせんからなあ……だが、儂が来たからにはまかせておけ。軍には、かつて弱みをつかんだ士官将校、魔術関係の探偵や情報屋などから情報を探り出してやろうではないか……」
「おお……助かります、さすがは叔父貴。頼りになる……」
「可愛い甥を痛めつけた犯人の黒幕め……秘密結社だか、なんだか知らないが、儂が白日の元にさらしてくれるわい!」
ベッケンバッハ探偵はニヤリと肉食獣のような笑みをみせた。
「して、青髪のレザーチェとかいう賞金稼ぎはどうした? 何かイルミナティに因縁のある様子とにらんだが……」
「おそらくは……しかし、彼のお陰で助かった……」
ぼうっと、少し頬を赤らめてクルーグハルト警部は遠い目をした。
「なんじゃ……バウンティ・ハンターなんぞの肩を持つような物言いは……奴らは追っている賞金首に大金を積まれれば、見逃す。金次第でギャングや密輸団にも雇われるという危険な奴等だぞ……」
「確かにそういうけしからん輩も存在します……しかし、『青髪のレザーチェ』に限っていえば違います。私たち警察と同じく、犯罪者を憎み、筋を通す男と見ました……」
「バッカモ~~ン! 儂は賞金稼ぎなんぞ信用しとらん! お前もそうじゃったではないか……急に宗旨替えなんぞしおって……例の殺人鬼騒動も、ズィーガーとか言う奴に恨みをかっての犯行らしいじゃないかっ! いわば、レザーチェとやらは疫病神じゃっ!」
「……叔父貴……犯罪者に憎まれ、逆恨みを受けるのは我等、警察も同じですぞ……私立探偵となったあなたも、ね」
痛い所をつかれて、ベッケンバッハ探偵はグッとつまった。鬼警部だった彼を憎む犯罪者は多い。ニヤリと例の笑い方をした。
「わははははは……こいつは一本取られたわい。ゲオルクも儂に言うようになったではないか……」
「ですから、もしもレザーチェに会うことがあったら、彼にもイルミナティの情報を……」
「ならんっ!」
「叔父貴……」
「頑固オヤジとののしられようと、儂は賞金稼ぎなんぞ信用せんっ! そのレザーチェとやらも、今頃は秘密結社に大金を積まれて寝返っておるかもしれんて……儂の長年の刑事の勘が言うとるのよ……そいつは信用できんとな……」
「そんな……あってもいないのに……」
溜め息をつくクルーグハルト警部であった。が、同じ警察で飯を食ってきた身として、叔父貴の『刑事の勘』というのは莫迦にできない……ということは肌身にしみていた。




