決意
「クララ……起きて……」
呼吸困難な状態におちいったクララ・カリガルチュアを看病していた宮葉みぞれは、心配して彼女を揺り動かし、目覚めさせた。天上の天使が人界に舞い下りたかのような美しさだ。
「やああああああああっ!!!」
小さな体で暴れまくるクララをみぞれはなんとか言い聞かせ、ワインを飲ませて寝かしつけた。クララは全身が嫌な汗でべっとり濡れている。
「こんなに汗をかいて……着替えを……」
「……あなたは……みぞれ……ここは……」
「ここはあなたが借りた風車小屋よ……レザーチェさんとイミルが暮らす家……二人とも怪我をしたけど、応急手当をしたわ……特にイミルは酷い傷だったけど、もう瘡蓋ができて、治りかけているみたい……」
「ふぅぅ……」
金髪碧眼の少女は長い息を吐いた。みぞれは彼女の異様な憔悴をみて、胸がつまり、言葉も詰まる。
「なにか悪夢を見たのね……」
「……ええ…………」
そこにノックがして、レザーチェが扉から顔を出した。
「マスターは目覚めたのか……」
月の精霊のような美貌が主人に近づいてくる。だが、その青白い顔を見て、クララがパニック状態になり、手近にある枕や水差しなどを彼に投げつけた。
「いやあああああああああああああっ!!」
レザーチェが水差しを受け止め、扉から退散した。みぞれは再びクララを、赤子をあやすように優しい言葉をかけて落ちつかせた。今度は静かな寝息をたてて眠りにつく……
安静になった友をおき、部屋から出たみぞれは安堵の息をつく。
「苦労をかけるな……みぞれ……」
「レザーチェさん! ……いいのよ……そんな……クララは友達だし……でも、怖い夢を見たみたいで心配……」
「……マスターはときどき……悪夢を見る……五年前にカリガルチュア家を襲った悲劇の夢を……」
「えっ!!!」
「……辛い記憶だろう……我はマスターが安息の眠りにつけるよう……魔道士スヴェンガルドを討ち果たす……」
「レザーチェさん……」
以前、クララから訊いた話を思い出す。悪い魔道士に催眠術で操られていたとはいえ、クララの父を殺害したのはレザーチェであったことを……
「そして……スヴェンガルドを倒したあとは、我も自刃するつもりだ……」
「そんな……レザーチェさん……だって、それは貴方が操られていたからであって……」
「……我はスヴェンガルドに操られた自我をもたない殺人人形であった……だが、その忌まわしい軛を新しいマスターである、クララ・カリガルチュアに解いてもらった……そして、己でものを考えることを許された……記憶は戻らぬが、自我を取り戻したのだ……その礼をするためにも、クララの望むことは、すべて成し遂げる所存だ……」
「でも、だからって……」
「マスターの父……そして、大事な家族ともいうべき使用人たちを手にかけたのは、我の血塗られた手だ……その事実だけは覆せない……我の罪業を購うには、スヴェンガルドを倒し、自らに決着をつける……」
「決着って……」
宮葉みぞれは血の気がひいた。それは自決することではないのか?
(……クララだってレザーチェさんを最初は憎んでいただろうけど……きっと、今はクララも貴方のことを大事に……)
そう、言いたかった。だが、咽喉がヒリヒリと渇いて声が出ない。ここで彼女は青髪の男は別の世界に棲む人間だと思い知ったのだ。平和な世界に生まれ、生き続ける彼女には、修羅の世界を生きる男の生き方に口出しが出来なかった――
「……我が決めたことだ……一度決めたことは、何があろうと完遂してみせる……」
レザーコートを翻し、外へ去っていった青髪のグレイブ遣いに、みぞれは何もいうことが出来なかった。青い闇の化身のごときレザーチェから、どんな困難があってもやりとげるという、鋼より固い意志と闘志を感じとったのだ……




