来訪者
クビーンの部屋から出ると、そこは無限階段の絵画世界ではなく、普通の下宿屋になっていた。無限階段は吹き抜けのホールを囲んだ廻り廊下になっていた。ホール下にはバークとヘアの凸凹コンビが気絶して倒れていた。二人を縛り上げ、水をかけて目を覚まさせる。
「くそぉぉ……こんな小娘どもに惨敗するなんて……」
「俺たち、みじめじゃね?」
「単刀直入に訊くわ……イルミナティの本部はどこ?」
「おいおい……俺たちみたいな下請け中小企業が、イルミナティみたいな大組織の本部まで教えてもらえるわけねえだろ?」
「じゃあ、あなたたちを仲介している者は? 連絡先は?」
「へへへ……誰が言うかってんだ」
「そうそう……俺たち口が固いんで有名よ。いくら拷問しようと無駄じゃね?」
クララがデリンジャーをバークの額に向け、みぞれが仕込み刀をヘアに向けた。
「わあああああああっ!! やめろぉぉぉ……」
「言うから、武器をどけろよ……イゴールの旦那に魔法通信機で連絡をとってんだ……」
「イゴールって……」
「フランケンフェルド教授の助手だっ……死体売買はイゴールの旦那と取引している……」
クララとみぞれが顔を見合わせた。イミル誕生の館で見かけた、猫背で落ち武者のような風貌の男だ。
「フランケンフェルド教授は生きているのね?」
「そう、生きていたんだよ……クララ君」
突然、第三者の声が二人の女学生の背後から聞こえた。ハッと振り向くと、そこには背の高いロマンスグレーのヴィクトール・フランケンフェルド教授と、猫背の助手・イゴールが立っている。
「フランケンフェルド教授……無事だったんですか……」
「ちょうど、いいわ。聞きたいことがあるのよ……」
クララ・カリガルチュアが催眠魔眼を発動しようとした瞬間、イゴールが持っていた円筒型の銃のノズルが開き、麻酔ガスが噴き出され、ガスを吸ってしまった二人は床に崩れ落ちた。イゴールはバークとヘアの結び目をほどきにかかる。
「これはこれは……教授にイゴールの旦那……助けていただいて、ありがたき幸せ……」
「一生恩にきます! お礼に、感謝のタップダンスをお見せいたしましょうか?」
「いや……いい……」
縄がほどけ、立ち上がったバークとヘアは、「コンチキショウ!」とばかりに、床に倒れているクララとみぞれを蹴りつけようと右足を後ろに引いた。
「二人は私の生徒だ……手荒な真似は許さん!」
教授の強い口調に、バークとヘアはビクッと飛びあがり、足を戻して、照れ隠しに口笛を吹いた。
「そういや、教授の造ったとおぼしき大きな人造人間がレザーチェと一緒にいたとか……」
「そうそう、クビーン先生が魔法の水晶で見たといってやしたぜ……」
「イミルか……私の失敗作……だが、今は良い……それより、バーク&ヘア商会に、さっそくだが仕事だ。下宿屋を引き払い、通りにあるズィーガーの遺体を運ぶ仕事をしてもらおう……」
教授がさらりといった言葉に、二人の死体調達人は耳を疑った。
「アイアイサー!! えっ……あの恐ろしいズィーガー先生が死んじまったんですかい!?」
「まさか、あの最恐最悪の魔道士が倒されたとは……」
「彼は生前、もしも倒された場合、私に最強の人造人間に脳を移植して欲しいと頼まれたのだ……まだ、魔力者の脳を使った人造人間は誕生していない。面白いことになりそうだ……」
「はあ……あのズィーガー先生が……そんな約束を……」
「おっそろしい執念じゃね!?」
バークとヘアが顔を見合わせ、身震いする。
「それにしても、レザーチェとかいう賞金稼ぎはよっぽどの腕前ですなあ……」
「ふふふふふ……レザーチェ……私のつくった人造人間三体を倒し、魔道士の技も破った男……だが、私の造りあげる次なる人造人間には敵うまいて……」
四人の男が栄光の手亭から引き払って霧に消えてから、下宿屋に応急手当を終えたレザーチェとイミルがかけつけた。この二人がもう少し早く駆けつけていれば……あるいは、この先の悲劇は免れたかもしれない。だが、運命の女神は皮肉屋である。




