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眠り男レザーチェ 魔城兵団  作者: 辻風一
妖術ハザード
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回天世界の決闘

 地面が100度を超えて傾むき、丸まっていく世界で、逆さまに近い姿の青い軌跡がはしり抜ける姿があった。青髪のレザーチェである。神速移動体術「迅速通フリュー・ヴィント」により、重力に逆らい、青い影は幾つもの残像を残して重装甲甲冑の魔道士に迫った。イミルの捨て身の攻撃で、動揺したズィーガーはレザーチェを緊縛した鉄条網を外してしまっていたのだ。


「邪魔だっ!」


 ズィーガーが馬上槍をイミルの脾腹に突き刺し、巨人は組みついた手を放してしまった。巨体が100度にねじまがった世界の、はるか下方、霧の雲海へ落下していった。鎧騎士姿のズィーガーは不敵な笑みを浮かべて立ちはだかった。


「ぐひひひひ……俺の『鉄の暴君アイゼン・テュルン』はタリスマンで魔力増幅されている……前のように剣技では斬れぬぞ……」


「これで最期だ、ズィーガー!!!」


「最期は貴様だ、レザーチェ!!!」


 逆さまになった世界で、鋼の魔道士と青髪の賞金稼ぎすれ違った。


 レザーチェの脾腹から血汐がほとばしり、イミルの後を追って、霧の雲海へ落下していく。


「やったぜっ! やっぱり、勝ったのは勝利者ズィーガーだっ!!」


 邪悪な歓喜に打ち震える魔道士の視界が斜めになっていく。


「んああああああああああっ!?」


 ズィーガーの左の肩口から右脇にかけて、朱線が奔り、斜めにずれていったのだ。魔道士が両手で押さえようとするが、血が溢れて海となり、臓腑ぞうふがぶちまかれ、斜めの上半身が石畳に叩きつけられ、下半身が後を追った。


「……莫迦……な…………」


 魔道士の命の灯が消えた時、丸まっていく世界は、急速に元に戻っていった。クララとみぞれの活躍で、魔道士クビーンの魔力「歪んだ真珠バロック・ペルレ」が破られたのである。


「マスターとみぞれのお陰か……」


 レザーチェがトンボをきり、激変する世界の地面に華麗に降り立った。遠くに、イミルや警官隊の姿がある。


「魔道士ズィーガー……勝利に固執し、偽りの実力を過信した哀れな男よ……」


 青髪の賞金稼ぎが霧の中で朧に霞んでいった。




「レザーチェさんとイミルは無事みたいよ……」


 栄光の手亭で、魔法水晶を見ていたみぞれがクララに報告した途端、映像がブツリと消えてしまった。デリンジャーを持ったクララと、仕込み刀を持ったみぞれが魔道士クビーンを取り囲んでいた。怪画家は渾身の傑作が溶剤で駄目になり、壁に背をもたれ、悄然とへたり込んでいた。膨大な魔力をつぎ込み、やせ細ってしまったようだ。


「嗚呼……吾輩の傑作が……」


「魔道士クビーン……あなたに訊きたいことがあるわ」


「……吾輩の魔力『歪んだ真珠バロック・ペルレ』のネタが割れては、もう中域で魔道士稼業もできん……遠国で画業に専念するか……」


 クビーンはクララの質問を無視して、ブツブツとつぶやき、フラフラと立ち上がって、背中を壁にピタリとつけた。すると突如、クビーンの体が薄くなっていき、油絵で描かれた壁画となってしまった。


「きゃあああっ!! 絵になっちゃった……」


「しまった……まだこんな魔力が……底知れぬ力を持つ奴……」


 クララが魔眼を発動し、絵となったクビーンを金色こんじきの催眠魔眼で見つめるが、効果はなかった。


「あなたの仲間に黄金仮面をかぶった魔道士がいるはずよ……どこにいるか教えてちょうだい……」


「……黄金仮面……スヴェンガルドのことか……奴は一度あったきりで、何処にいるかまでは知らん……」


 やはり、スヴェンガルドはイルミナティにいた。二人に緊張が走る。


「じゃあ、イルミナティの本部を教えて……そこで探すわ……」


「ふははははは……」


 それには答えず、クビーンの絵は薄くかすれていき、とうとう消えてしまった。


「消えちゃった……あの魔道士、死んじゃったのかな!?」


「いえ……口ぶりからすると、逃げたみたいね……手がかりが消えたわ……」


「諦めないでクララっ! この下宿屋に手がかりが無いか、探してみようよ」


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