無限階段
みぞれとクララが後ろを振り返ると、昇ってきたはずの階段が無く、壁になっていた……
「ここは一体……」
「おそらく……魔道士クビーンが造り出した迷宮結界だと思うわ……古着屋通りにかけた魔法の邪魔をされないために造った異次元の擬似空間ね……」
「迷宮結界? この騙し絵の迷路みたいなのが?」
「そう……古代の人は疫病をもたらす魔物を恐れ、迷路や迷宮を築いて魔物除けとしたというわ……古代の民は、魔物が真っ直ぐにしか移動できないと考えていたから、迷路みたいに複雑な道を通ることができないのよ。今でも大きな館や城の玄関では迷路模様の装飾をし、迷宮の絵が飾られる風習があるのよ」
「あ……なんか聞いたことある……扶桑国や中原国でも城壁都市の壁を二重三重にして、門の位置をずらして立てるのは、敵兵の襲撃をまどわすためと言われているけど、もともとは鬼や悪霊を迷わせて屋敷に入れないためだって……って、あたし達は悪霊や魔物じゃないわよ!」
二人が廻廊の中心にある深い穴を覗く。まるで地の底……地軸にまで届くかと思われるほど深い穴であった。ここから落ちたら一巻の終わりであろう。あまり見つめると眩暈がして落ちそうになる……下から冷たい風が吹き上げてきて、二人は身震いした。
「でも、どこかに魔道士のいる部屋があるはずよ……こうなったら、手当たり次第に扉を開けて見つけてやるわっ!」
「ちょっと、待ちなさい……みぞれ……」
宮葉みぞれは鼻息荒く、手前の扉を開けてみる。中は空っぽの部屋だった。
「次っ!」
その隣の扉を開けると、剥き出しの煉瓦の壁で行き止まりだった。それでも、みぞれはめげずに次々とドアを開けて確かめた。
「……迷路、迷宮から脱出するには、数学者が考え出した右手法、トレモー・アルゴリズム法などがあるわ……でも、どれも膨大な時間がかかってしまう……なんとか短時間で部屋を見つけないとレザーチェが危ない……」
宮葉みぞれ四十枚目の扉を開けても、煉瓦の壁でハズレであった。廻廊にある扉はすべて試し、顎に手を当てて考え込んでいるクララに出会った。一周したのだ。
「この廻廊に部屋がないのなら……階段を昇った先の部屋に魔道士がいるのかしら……いや、エッシャーの絵にある無限階段なら、出口はない……」
「ほげえええ……そんなあぁぁ……」
遠くて見えないが、今までの数百倍の時間がかかりそうだ。がっくりとして、みぞれは足を投げ出して廊下の床にしゃがみこんだ。すると、さっき開けたばかりの扉がギィ~~~~っと、少しだけ開いた。しっかりと閉めなかったのであろう。みぞれとクララも見向きもしなかった。だが、その扉の隙間から大きな半月のような刃物がソロソロと出てきて、ギラリと光った……みぞれの背後に黒い影の何者かが、足音もたてずに出てきた。
「ちょっと、女の子がそんなだらしない格好でしゃがみこまないで……」
クララが苛立ったように、みぞれに顔を向けた。喪服を着た黒髪の少女の背後に大きな影が立っているのが見えた。頭部は角の生えた、牛の頭をしていた……
「危ない、みぞれっ!」
「えっ!」
クララがみぞれの足を引っ張った。スカートから太腿が露わになり、上半身が床に触れそうになって手前に移動する。
「いやん、クララのエッチ……」
「なに莫迦な事いってんのよっ!」
みぞれの頭部があった位置に斧刃が水平に空振りした。仰向けに天井を見ているみぞれが、至近距離で目撃して驚愕した。
「きゃああああああああっ!!!」
牛の首をした等身大の人間が、斧を持って二人の前に歩み寄ってくる。
「なにあれ!?」
「古代テナエキア神話に登場する牛頭人身の怪物ミノタウロスのようね……迷路結界の番人かしら……に、しては妙だけど……」
後退りする二人の喪服の娘たち。背後の壁から、蝶番の軋む音がした。嫌な予感がして二人が振り向くと、扉の影から豚の顔をした人間が出てきた。手にチェーンソーを持っている。
「あれは……何タウロス?」
「さあ……豚の顔をした怪物ならオークだけど……頭でっかちで、白衣を着ているわね……さては……」
「なにかわかったの?」
「牛と豚の怪物の正体がわかったわ……」




