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眠り男レザーチェ 魔城兵団  作者: 辻風一
インゴルシュミッツ大学
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日出処の国から来た少女

 晴れ渡った青空に筋雲が行き交っていた。それを縫うように気球や飛行船が宙に浮いている。


 蒸気機関車が地方都市の駅に白煙をあげて停止する。ここはラドラシア大陸の中域にあるベルデンリンク帝国の南部地域にある地方都市・インゴルシュミッツ市だ。ダナウ川沿いにあり、山々に囲まれた広くて平坦なインゴルシュミッツ盆地にある。


「……ここが中域の学問の中心の一つといわれる土地かあ……」


 勝気な瞳にふっくらとした頬、からすの濡れ羽色の長い髪に、耳の上に三つ編みを作り、後ろで石竹色のリボンで結んでいる少女が異国の言葉でうそぶいた。大きなトランクと長い袋を抱えている。


 白と紫の矢絣やがすりの羽織に、提灯袴ちょうちんばかまという姿は、ラドラシア大陸の東域の果てにある島国・扶桑国ふそうこくからの留学生であった。名前を宮葉みやばみぞれという。


「あの、すいません……大学までの道をお聞きしたいのですが……ひええっ!」


 みぞれが声をかけたのは身長3メートルもある大男だった。マッシュルームのような奇妙な髪形をしていて、武骨な顔。しかも服も顔の肌も泥でできている。


「これが噂に聞く中域の人造生命体……ゴーレムなのね……」


 泥製のゴーレムは駅の作業員用のようで、ゆっくりとした動作で、大きなコンテナを運んでいく。しばし、見とれていたが、紺色の制服を着たビヤ樽のような駅員が視界に入り、ハッと我に返る。彼はゴーレムほどではないが、みぞれより頭一つ大きい。


 ――ほへえ……大きい……六尺(180センチ)以上はあるわ……体重は米俵こめだわら二つ以上ありそうね……


 大柄な中年の駅員に、大陸共通語で流暢に話しかけ、インゴルシュミッツ大学への道筋を聞いた。ちなみに米俵一俵で60キログラムだ。


 駅員は慣れているのか、笑顔で大学までの道順を描いた地図の紙片を渡してくれた。朝9時過ぎで会社員や役員などの出勤ラッシュは過ぎ去り、人もまばらだ。むき出した鉄骨の支柱、アーチ型の三階吹き抜けの天井など扶桑国の首都にある新仙台駅よりは小規模だが、洗練された建築様式に見とれてしまう。


 みぞれが南口から出ると、新市街地は中世からの石造りの建築物と近代的な高層建築が混在する新しい街であった。メイン通りには蒸気自動車と馬車が行き交い、街路樹のある歩道には紳士淑女が闊歩し、商店街のショーウィンドウにはさまざまな商品が飾られていた。ベルデンリンクの成人した男女と大勢すれ違った。


 男は平均身長180センチ体重77キロ、女性の平均身長は171センチで68キロだ。子供のうちは花のように美しい娘たちも成人すると、身長が伸びて筋肉質になる。といっても、身長158センチの宮葉みぞれと同じくらいの160センチ台の女性も多く、小柄とみられている。


 この時代の扶桑国は和食中心で開国とともに肉食がはじまったばかりだ。平均身長は男性が160センチ、女性は150センチ台である。扶桑人からみれば巨人の国に舞いこんだようなものだ。扶桑人としては大柄なみぞれも、この国では小柄となる。

みぞれは停車場で煙草を吸っていた辻馬車の御者に声をかけた。


「おっちゃん、インゴルシュミッツ大学までお願い!」


 みぞれの方を向いた御者は、ギョッとしたように背筋を伸ばし、年甲斐もなく頬が紅潮したのが見える。


 ――あらあら、ふふん……異国から来たあたしの美しさに惚れ惚れしちゃったのかしら?


「あいよ! そちらの隣のお嬢ちゃんも一緒かね?」

「えっ、隣?」


 みぞれが右を向くが誰もいない。左を向いても同じ。いや、視線の下方に婦人用パラソルが見えた。身長150センチに満たない小柄な少女がそこにいた。


「はわわわわわっ!!!」


 宮葉みぞれが思わず妙な歓声をあげるほどの美貌の少女であった。黄金に輝く金色こんじきの長い髪、白磁の肌、翠緑石エメラルドの大きな瞳、整った鼻筋、茱萸ぐみのような可憐な唇、ふっくらとした頬――まるでパルデティア王国の名産の白磁人形だ。同性ながら、その美しさ、可愛さに思考回路が吹き飛んで見とれてしまった。白いブラウスに深緑の上着とレースつきのドレスを着たお人形のようであった。


「私もインゴルシュミッツ大学まで行くの……同伴させていただけますか?」

「はっ! はい、それはもちろん、同伴させて……いえいえ、一緒に大学まで参りましょう……」


 頬を赤く染めて宮葉みぞれは背筋を伸ばし、辻馬車の階段を先に登り、金髪碧眼の少女の手を引いて、キャビンの中に引き入れた。小さな手は思いのほか、冷たく感じた。そして、ガタゴト揺れる馬車はメインストリートを南へ進みだした。


「あのぉ……あたしは宮葉みぞれといいます。今年で18歳でね……この春から大学に留学するために、遠くからきたの……」


 扶桑国の大学は四月から始まるが、大陸中域の大学は九月から始まる。宮葉みぞれは半年遅れで留学してきたのだ。


「そう……黒真珠のような神秘的な黒髪に黒瞳、黄色い肌……あなたは東域の果てにある中原ちゅうげん国人かしら?」


「いや、同じ黄色人種だけど、中原国よりさらに東の果てにある扶桑っていう島国から来たのよ。中域の進んだ医療を学ぶために……」

「医療を……ね……扶桑というと、太陽が世界で一番はやく昇る国だとかいう……」

「あらまあ、よく知っているわねえ……扶桑国の古代の書物にあるの、『日出ひいづるところの国』だって……」

「えらそうな割には小さな島国よね……」


 何故か得意気な宮葉みぞれに対して、小柄な少女は冷ややかな対応である。


「まあ、ね……ところであなたは? 大学にお兄さんか、お姉さんがいて尋ねにいくのかしら?」


 ここで金髪碧眼の少女は眉根を寄せて、頬を膨らませた。


「……言っておくけど、私はあなたより年下でもないわ……あなたと同じ18歳よ……」

「…………へっ?」


 みぞれの目が点になる。


「確かにベルデンリンクの成人女性は大柄な女性が多いけど……身長と見た目で年齢を推し量るのは失礼だと思うのよね……」

「あらま……それは失礼しました……ごめんなさい……ええと……」

「私はクレールヒェン・カリガルチュア」

「クレール……ヘン?」

「……東域人には発音が難しいかしら……愛称のクララはどうかしら」

「クララ……こっちの方がいいやすいわ。こっちで呼ぶね……」


挿絵(By みてみん)


イラスト・ヨモギモチ

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