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眠り男レザーチェ 魔城兵団  作者: 辻風一
青髪の殺人鬼
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クルーグハルト警部

 夜霧の立ち込める旧市街の古着屋通り。

 ガス灯があちこちを朧に照らしている。今夜は夜霧が深く、5メートル先も見えない。


 ここで過日、通り魔による殺傷事件が発生した。インゴルシュミッツ市民は昨年の絞殺魔事件が解決して、ホッと安堵した日々を打ち破る衝撃の事件であった。


 ボルガン・ゲーエンは普段は何気なく市民に紛れ込んでいる木工所の事務員が犯人であった。だが、今回の古着屋通りの通り魔は青い髪をした異形の殺人鬼だ。昼間は旧市街の廃屋にでも隠れ住み、夜な夜な街に躍り出て血を求めているのであろうか……と、市民は恐怖した。


 インゴルシュミッツ市警は総員をあげて、旧市街の古着屋通りに現れた『青髪の通り魔』事件の解決に向けて調査をしていた。市警の署長は、犯人に賞金をかけて、民間の賞金稼ぎバウンティ・ハンターや情報屋にも協力を呼びかけた。


 クルーグハルト警部は壮年の働き盛り。下駄げたのように四角い顔に、鋭い目、高い鼻のハンサムで、筋肉質の背の高い男である。そして、南北戦争では国境警備隊の中尉として名誉の負傷をした。つまり、左腕を失い、今は義手を装着していた。


 警部は犯罪心理学者のE博士が推察したように、一般人が青髪のカツラを被って犯行に及んだとみている。が、思いもよらぬ情報が市警に入ってきた。近隣の村々に出没した謎の魔獣事件を退治するために集められた賞金稼ぎたちの中に、青い髪の男がいたという事実だ。名前はレザーチェといい、ハンバーホ市では名の知られた賞金稼ぎであったという。警部の瞳がギラリと光る。


 ――賞金稼ぎなど、無法者と一緒だ……なにをやらかすか分かったもんじゃない……


 クルーグハルト警部は賞金稼ぎ制度について反対の意見を持っていた。捜査の邪魔になったことは何度もある。署長に賞金制度廃止と抗議をしたが、事件の早期解決に役立つからと、この制度は続いている。


 警部はこのレザーチェという男が通り魔殺人の真犯人の可能性である可能性が高いと考え、ハンバーホ市警にレザーチェについての資料を要求した。賞金稼ぎのレザーチェが犯人だったなら、バウンティ・ハンター制度は、少なくともこの市内では廃止となるはずだ。


 そして、二度あることは三度ある……古着屋通りを変装した警官たちが見張り、青髪の通り魔を捕えるべく張り込みをしていた。クルーグハルト警部も古着商の一室を借りて、署員たちと張り込みをしていた。


「青髪の殺人鬼め……きさまを現行犯で取り押さえてやるわい……」


 だが、古着屋通りに限らず、旧市街や新市街での夜間の出入りは減っている。怪しげな奴を捕まえたと思ったら、顔見知りの賞金稼ぎ達であった。青髪の殺人鬼には市役所から生死を問わず200万ゼインの賞金がかけられている。


警部は「俺の前に今度、その顔を見せたら、公務執行妨害で留置所送りだっ!」と、八つ当たりし、賞金稼ぎ達はほうほうのていで逃げ去った。


「警部……怪しい奴が外に……」


 ガス灯の点灯夫に変装したコリント刑事が古着商の張り込み部屋へ駆けこんできた。


「なにっ……今度こそ奴かっ!」


 コリント刑事に案内されて、クルーグハルト警部が駆けつけると、夜霧の立ち込めるなかに、異様な男が路傍に立っているのが見えた。良く見れば、ベレー帽をかぶり、モジャモジャの金髪を長く背中まで垂らし、ゆったりとした上着ルパシカを着た三十歳手前くらいの男だ。


 そして、三脚の画架イーゼルを石畳に立たせ、画版には木枠に張った帆布キャンバスが掲げられている。男は左手にパレット、右手の筆をふるい、帆布に油絵具を滑らせていた。鋭い眼光でキャンバスを睨み、口をへの字に曲げ、エラのはった、頑固そうな画家のようだ。


 昼間なら画家など珍しくもない。が、こんな夜中に……しかも、通り魔殺人で人が外出をさける古着屋通りに……怪しすぎる。警部は青髪の斬り裂き魔ではないかと、職務質問を始めた。


「もしもし……私は市警のクルーグハルト警部だが……あなたは何者かね? 所持品を検査させてもらう……」


「……検査とは我が輩が古着屋通りの斬り裂き魔と疑っているからかね?」


「そうだ……武器となるものは持っていないか?」


「武器ならここにある!」


 怪画家が右手を警部に差し出した。思わず後退あとずさりする警部と署員たち。クルーグハルト警部がコートの中のガンホルスターに手をかけた。が、画家の右手の先には絵筆しかなかった。


「……筆?」


「そうだ……これが我が輩の武器だ。これを武器に我が輩は魑魅魍魎うずまく美術界の荒波を渡っておる!」


「失礼ですが……あなたのお名前をお聞かせ願えるか?」


「……なに? 我が輩を知らんというのか?」


「いや……誰か知っているか?」


 画家の自信に溢れた態度に押され、警部は署員たちに一応尋ねる。もしかして、有名な画伯なのかと……この時代の画家の多くは王侯貴族や大商人をパトロンに持つ者が多い。問題があれば事だ。だが、刑事や警官たちは首を振る。


「……やれやれ……新進画家として売り出し中の我が輩も、こんな田舎では知る者もいないとは……我が身が情けない……」


 モジャモジャの金髪を振って、画家が大仰に溜め息をついた。そして、休憩のためか、パイプを取り出して、紫煙をくゆらしはじめた。


「我が輩は画家のクビーンという……ミュンガ・アカデミーで芸術を学び、幻想と超現実の作風を得意としておる……見てみい」


 画家クビーンが顎で示したキャンバスにはなんとも奇怪な絵画が描かれていた。クルーグハルト警部とコリント刑事は目を見開き、首を左に曲げ、上体を左に傾けていって、よろけた。その絵は、夜霧が立ち込める煉瓦の建物が立ち、石畳で埋め尽くされた通り。警部たちには見慣れた夜の古着屋通りの風景である。


 だが、その建物はどれも輪郭が歪んで、ねじくれていた。三角形や四辺形の窓、台形を湾曲させたような煉瓦の建物、イビツに尖った家の屋根が乱杭歯のようにアチコチと伸び、見る者を不安にさせ、三半規管狂わせるような、怪奇と狂気に満ちた絵であった。


「偶然にも滞在したインゴルシュミッツ市で青髪の殺人鬼が出没するという……幻想画家にとって、格好の題材ではないか……題して、『古着屋通りの斬り裂き魔』だよ!」


「むっ……これは、もしかして……想像で描いたのかね?」


 画家がうなずく。奇怪な絵の右側には、白い夜霧にまぎれて、黒い革コートに三角帽トリコーンを被った、青い髪の男の姿が見えた。握った大剣には血が滴っている。他にも霧の中に小さな鳥のような顔をした異形の怪物たちが描かれていた。左端にある建物の窓にいる人物をよく見ると、クビーン画伯にそっくりであった。


「これかね……我が輩のサインのようなものだよ……かのベラスケスも自身作の群像の中には、自画像を描き加えておるからな……むふふふふふ……この絵は我が輩の代表作の一つになるであろうよ……」


 実に猟奇的な絵を描く男だが、斬り裂き魔ではないようだ。クルーグハルト警部は警官を一人同行させて、画家の抗議をはねのけ、無理矢理、宿に帰らせた。


「やれやれ……この騒ぎで真犯人も警戒してしまったかもしれん……」


 夜霧がふたたび通りを静寂の世界に包みこんでいく。そのとき、石畳をガタゴトと馬車がやってくる気配がした……


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