怪物の暴走
「なんでこっちに来るのよ!」
みぞれとクララが雨で水たまりが出来た田舎道を、飛沫をあげてひた走る。振り向くと、青い肌をした怪物イミルがこちらに向けて走ってくる。腹部から黒い血を流し、怖ろしい姿だ。
「クララ、こうなったら、催眠魔眼で操るのよ!」
「……ボルガンの時を思い出しなさい。死人兵士は『生』はるけど、『魂』がないから催眠魔眼にかからないのよ……」
「あああああっ……そっか、そうだったわぁぁ~~……」
額に手を当て嘆いた宮葉みぞれは、すぐに己がクララの守護者にならねばと決意。立ち止まって、水飛沫をあげて、後ろを振り向く。
「よぉ~~し、かくなる上はこの私がクララを守るわ!」
「えっ……ちょっと、みぞれ……」
曇天で小雨が降るなか、宮葉みぞれは木刀を青眼に構えて、人造巨人に対峙した。だが、戦闘ロボット・ディオニュソスを素手と怪力で倒した人造巨人に、18歳の少女が敵うのであろうか!?
「影山神伝流剣術――宮葉みぞれ、参ります!」
2.7メートルもある人造怪物に対して抱く恐怖で、両足が震えそうだ。だが、ゆっくりと呼吸を整えて、禅の修行で得た精神修養で心を平静につとめる。木刀を構えた黒髪の少女の姿に、巨人イミルがギョッとしたように歩みを止めて、立ち止まる。
「アウゥゥゥゥ……」
巨人は不思議な生き物を見るようにみぞれを見る。みぞれは体格差のある人造怪物に対して、チャンスは一度だけと考えた。
「みぞれ、援護するわっ!」
クララ・カリガルチュアが四大精霊魔法の火精の呪文詠唱をおこない、両手の前に火の玉をつくる。
「火焔烈矢!」
炎のマジックミサイルが人造怪物に向けて発射された。
「ウガアアアアッ!!」
赤く燃え上がる炎に、怯えたような声をあげる巨人。
「でええええええええええええいっ!」
その隙に宮葉みぞれが木刀を下段に構え直し、巨人イミルの向こう脛に叩きつける。扶桑国では『弁慶の泣き所』といって、膝から足首までの全面を『向こう脛』といって、人体の急所と呼んでいる。この部位は筋のガードが無いため、衝撃がじかに脛骨に伝わり、大男の弁慶でも涙を流すほど痛い部分である。
みぞれが、大男との戦いで弁慶を連想し、一か八か、攻撃を賭けたのだ。ちなみに初手で脛を狙う技など影山流にはない、どちらかというと柳剛流の技だ。
「グワゥゥゥウゥゥゥッ!」
大声をあげる巨人。だが、痛みを感じていないようだ。ディオニュソスの大剣で腹部を刺されても攻撃していた。痛覚が遮断されているのかもしれない。急いで後方に下がったみぞれは、クララを見る。
「しまったわ……木刀で攻撃しても通じない相手みたい……逃げて、クララ……私が足止めするから……」
「何言ってんの、怒るわよ!」
「クララ……」
そのとき、背後から車輪が水飛沫をあげて近づいてくる姿が見えた。二頭立て馬車がこちらに向けて疾走してきた。二頭の黒馬の背中には黒塗りの垂れ布がかかり、十文字の紋章が染め抜かれている。なんと馬車は、黒塗りの葬儀馬車だった。痩せた男が手綱をとっていた。
「おうおうおう……嬢ちゃんたち、道の真ん中に立っていると危ないぜ!」
「危ないわ……引き返すのよ!」
「そうよ、この巨人姿が見えないの!」
「けっ、こちとら強盗や怪物の出没する街道を駆け抜けてきた駅馬車稼業よ。トロールやオークなんぞ怖かねえやい!」
この馭者は大型亜人種よりも脅威であろう、人造巨人の強さを知らない。
「さあ、クララさんにみぞれさん、馬車に乗りなっ!」
クララとみぞれはギョッとした。この痩せた馭者を二人とも知らない。が、この男は二人を知っている。
「俺はイーヴォってんだ。レザーチェの旦那には恩義があってな、助けにきやしたぜっ!」




