青髪のグレイブ遣い
髭面の武闘士が怒りにまかせた一撃をレザーコートの青年の肩に叩きつける。それは膂力に頼っただけでなく、腰のはいった会心の打撃であった。
「なにぃぃぃっ!」
青いレザーコートが陽炎のようにゆらめいて見えた。その瞬間、美しい金属音がして、両手の大剣が空中に回転しながら飛んでいた。レザーチェはいつのまにか右手にグレイブを持っていた。
グレイブとは槍の長柄に刀剣の刃を付けた武器だ。槍と刀剣の長所をあわせもつハイブリットである。そのグレイブが上段から斬り落とされた大剣を斜め下から薙ぎ払い、大剣を撥ね上げたのだ。一連の動作が速すぎて、髭面の武闘士には陽炎のゆらめきに見えたのだ。
「……いってえええええぇぇ!」
両手の武器を撥ね上げられ、信じられない面持ちの髭面男は、遅れて両手首が腫れあがったことを知り、苦鳴を上げた。憎しみと恨みの念をこめて青衣の賞金稼ぎを睨みつけた。が、レザーチェの蒼い双眸と視線があい、その美貌を見ると怒り狂っていたはずの精神が軟化し、頬が上気してしまう。
「なにやってんだ!」
三段腹の男が呆然と突っ立っている髭面の武闘士の代わりに立ち塞がった。青衣の男の顔を見ないように胸元に視線を向け、戦斧を左の胴へ横薙ぎに叩きつけた。だが、青髪のグレイブ遣いの姿が朧に霞んで見え、大きく戦斧は空振りした。三段腹武闘士の武器の軌道を瞬時に読み取り、後ろに摺り足で下がったのだ。高速移動のため、霞んで見える。
「ぐおおおっ!!」
三段腹の武闘士はそれを見越して、前進し、左に大きく振った戦斧を今度は右側に横薙ぎにする。一の横薙ぎが失敗しても、二の横薙ぎが相手を仕留めるという秘技だ。金属斧は重量があるので軌道がそれやすい欠点があるが、それを自在に操る三段腹男は、かなり手練れであった。戦斧遣いはレザーチェの脇腹に戦斧の峰を殴打して、手痛い洗礼をしてやる心算である。が、またしても青髪の賞金稼ぎの姿が朧に霞む。
――まさか、俺の奥の手を……考えを読んでいたのか!!
まずいと思った瞬間、横腹に重い衝撃が走った。レザーチェの石突側の長柄が三段腹の右脇から叩きつけられたのだ。
「ぐえええっ!!」
蟇蛙のような悲鳴をあげて、戦斧遣いが横倒しに吹っ飛んだ。
「まさか……レザーチェとやら……貴様、吸血鬼か?」
ドレッドヘアの褐色肌の武闘士がレザーチェとカリガルチュアを問い質す。
「なっ……なんだって……そういや、棺桶みたいなのに入っていたし……妙に青白い奴だ……」
「それに……それに……人間は離れした技倆と美貌だ……」
残りの、のっぽと短躯の武闘士たちがなるほどと相槌をうつ。吸血鬼――それは人の血を飲むことで不死の命をえた闇の住人であり、人間とは相いれないモンスター種族である。
「そんな……契約書にはそんなことは書いてなかったぞ……」
村長が助役にくってかかる。
「いえ、レザーチェは吸血鬼ではないわ……その証拠に……」
黒いベールの女・カリガルチュアが懐から十字型護符を取りだして、レザーチェに放り投げた。十字型護符を右手で受け止め、額に張りつけるレザーチェ。吸血鬼ならば、光の神バルドルの象徴である十字型護符を握ることはおろか、目にするのも忌避するはずだ。
「なんだ……まぎらわしい……てめえら、喧嘩はやめだ!」
ドレッドヘアの武闘士が地面に唾を吐いた。リーダー格らしき男の声に他の者は従った。とにかく喧嘩騒動が治まり、五人の武闘士に、レザーチェとカリガルチュアを含めた賞金稼ぎが屍肉喰らいの双頭犬退治に待伏せることとなった。
双頭の怪物は知恵があるようで、篝火はおろか、松明も燃やさずに納骨堂に隠れて待つ事になった。そこから10メートルほど離れた十文字の墓標に夕方、埋められたばかりの棺桶がある。村祭りの大食い大会で喉を詰まらせて窒息死した水車小屋の男だ。これが餌である。村長、助役、墓守は馬車で町へ戻った。戦いの素人がいては危険だし、邪魔である。
納骨堂のなかで五人の武闘士とレザーチェ、カリガルチュアは左右離れて待機していた。ドレッドヘアの武闘士が青髪の若者に近づいて小声で囁いてきた。
「……あんた……かなりの腕だな……俺の名はグリートってんだ。あんたは俺たちと同じ武闘士か……いや、元はどこかの城の騎士じゃねえのかい?」
「……多分、な……」
「多分?」
「我には……以前の記憶がないのだ……」