地下通路の怪
青髪の賞金稼ぎ・レザーチェは図書館裏から西の森へ進んでいた。時刻は午後11時、太陽が真上に昇っていた。灌木を突き進んだあと、ボルガンの足跡をたどってきたのだ。学園の煉瓦塀が壊れている箇所があった。ここからボルガンは大学内に潜りこんだのだろう。
そして、インゴルド湖のほとりにでる。ボート遊びに興じる市民や露天商が多く見えた。レザーチェの麗容に陶然とする男女がいた。中年夫婦に聞いてみる。
「はぁぁぁ……なんて麗しい顔をした殿方でしょうねえ……」
「まったくだ……半端な色男なら、俺も嫉妬しちまうがここまで元が違うと、そんなもん超越しちまうわい。あんた首都のオペラ歌手かサーカスの花形スターさんなのかい?」
「いや、違う……賞金稼ぎだ。少し前に、襤褸を着た不審人物がこの辺りにいなかったか……」
「不審人物? さてねえ……見なかったねえ……」
「俺もだ。しかし、賞金稼ぎだなんて、荒くれ男ばかりだと思ったが、あんたみたいな騎士か貴公子みたいな男がいるとはねえ……」
他にも観光客や露天商人に聞くが、芳しくない。それに混じって、修道士の姿が多く垣間見えた。黒褐色の修道服を着て、フードを目深に被って顔の見えない男達だ。宗教者にしては剣呑な雰囲気を醸し出し、何かを探しているようだ。
「さては、修道士に身をやつした『結社』の構成員か……」
魔道士ズィーガーから、レザーチェの事が知れ渡っているかもしれないと、彼は木陰に身を隠した。そして、少し進むと、草原にシートとバスケットが散乱して、サンドイッチとグリューンワインが転がっている場所にたどり着いた。
「足跡が乱れている……何者かたちが争ったあと、何かを複数で運んだ痕のようだ……」
草原に片膝ついたレザーチェが警察の鑑識係のように検証する。ここはヨルダンとメラニーが、生ける死者ボルガンに鉄鎖で無惨に絞殺された現場だ。複数の足跡をたどり、針葉樹の奥にある廃教会へ続いていた。横には小さな墓地がある。その先を進むと、二つの担架で若者の死体を運ぶ一団が見えた。全員、修道士姿の男たちだ。おそらく、学園キャンパスに潜りこんだボルガンの行方はつかめず、彼が殺害した男女を隠し、物的証拠を隠匿しようというのであろうか。
「いや……死人兵士の材料にでもする気か……」
レザーチェは廃教会を見張っていたが、しばらくして、人の気配がまったくしなくなった。不審に思い、青髪の賞金稼ぎは廃教会の窓から中を伺う。扉を開けると、半地下の無人の講堂が見えた。梁や柱が朽ちて、今にも崩れ落ちそうな気配だ。埃が床に溜まっていて、男たちの足跡が見えた。積み重なった石の段を降りる。足跡の群れは正面の光の神バルドル像の右横の壁で消えている。
「隠し通路か……隠すなら、床の埃を消すべきであろうに……どこかに開く仕掛けがあるはず……」
簡単に見つかった。壁にある燭台も埃が溜まっていたが、手の痕がある。燭台を傾けると、歯車が軋む音がして、右横の壁が上に押し上げられ、金属の枠のついた木製の昇降機が見えた。中に入り、桿を引くと、昇降機がゆっくりと、上昇してきた。乗り込んで下降させる。地下三階ほどの深さだ。昇降機の物陰に身を隠して窺ったが、地下は真っ暗で、誰もいなかった。
「魔力『照明掌』……」
レザーチェの掌から人魂のような青白い光が浮かび、手をかざす。これは初歩の魔術で灯りがわりになる。闇の中に人影が多数見えた。
「!」
いや、人影だったものが……それは石壁に並ぶ無数のミイラであった。ここは地下墳墓であったのだ。百年以上前と思われる死体は乾燥してミイラ化し、肉や髪の毛が朽ち落ちて白骨になって散乱しているものもある。床にうずくまる埃やゴミはそのなれの果てであろう。レザーチェは構わず、先を進んだ。カサカサとした砂の感触がする。ミイラの朽ち果てた肉片だ。途中で保存状態のよいミイラもあった。宮葉みぞれがいたら悲鳴をあげて気絶したろう。
地下墳墓は五十メートルほど続き、その先は単調な石壁が続く。途中で左右に別れ道があるが、真新しい足跡を追跡するので迷うことはない。百メートルほど進むと、暗闇の通路の先に光が見えた。多くの燭台が照らす部屋だ。レザーチェは照明掌を消す。
いよいよ、『結社』の地下秘密アジトだ。二階建てくらいの広間にローブを着た男たちが見えた。彼等の頭上の壁に奇怪なレリーフが見えた。三角形のピラミッドの中央に一つ目の紋章――秘密結社『イルミナティ』のマークだ。修道士姿に変装した結社の構成員たちが、上司らしき者から叱責される声が聞こえた。
「まだ、逃走したボルガンは見つからないのか!」
「はっ、仲間が探しているので、おそらくは近いうちに……」
「以前にも実験動物が逃げだして騒ぎになった……そして、ついに人間の実験体まで逃走を許すとは……」
「………………」
「牢の警備をもっと、厳重にせねば……ともかく、その男女の死体を本部に運べ……」
彼等は話し合い、とにかく死体となったヨルダンとメラニーを担架でさらに別の地下通路から本部とやらに運んで行った。気配が消え、レザーチェが広間に躍り出る。広間には椅子やテーブル、衣装箪笥に木箱などがあり、何か結社と魔道士の手がかりとなる、目ぼしい書類などがないか調べ始めた。
すると、足元が水に覆われる感覚がした。青髪の賞金稼ぎが床下を見ると、5センチほどの水が床を覆っているのが見えた。地下室なので、地下水が湧き出てくるのは当然ではあるが、イルミナティが使用している以上、何らかの排水システムがあるはずだ。
レザーチェは怪しい気配を感じ、広間の真ん中に視線を向けた。水面に何か半円形の物体が見えた。半円は上昇し、人間の頭部となった。ローブの頭巾を被った中年男で、鼻が上を向き、大きな口、たるんだ頬の、ガマガエルのような男の生首だ。しかし、それにしても床に5センチしかない水面にどうやって首だけが存在するのであろうか?
「貴様はイルミナティに所属する魔道士か……」
「ぶほほほほほほ……左様。儂の名は魔道士クヴェレという……青い髪のお主はレザーチェとかいう賞金稼ぎだな……話に聞くより美しい男よなあ……」
「我が名を知るとは……ズィーガーの仲間だな」
「仲間というか、同じくイルミナティに雇われた同僚というところよ……お前のようなクンクン嗅ぎまわる犬を駆逐するためにな……」
生首が水を滴らせて上昇し、それに続いて、樽のように肥満した胴体も出現した。青膨れの水死体のような肌である。もしかして、床に舞台の『迫り出し』のような装置が隠されているのだろうか。魔道士の全面に水柱が三本あがり、水柱は奇怪にねじくれ、体積を増し、水蛇の形になっていった。
「儂は水を操る能力を持つ……喰らうがよい……魔力『暗闇水』!」
水柱は三つ首の水蛇と化し、水飛沫をあげてレザーチェを襲う。




