二人で探索を
「とにかく、危険が伴うわ……みぞれはここでの事を忘れて、医者を目指す勉強をしなさい」
クララは瓶底眼鏡をかけて、スタスタと医学部解剖科へ向かって突き進む。安置所のボルガンの遺体の行方を調べ、フランケンフェルド教授、ノックス教授などの解剖学教員を洗うつもりだ。みぞれがスタスタと追いかける。
「ちょっと、ついてこないで!」
「さっき、首を絞められたダメージを回復させてもらった恩義があるわ。扶桑女子は恩義を返す主義なのよ」
「はあっ? 恩義だなんて古臭い……いいわよ、そんなの気にしないで。図書館で医者の勉強をしなさい」
「クララも医者を目指しているんでしょ?」
「いいえ……私は偽学生よ。ある事情を探るために、大学に潜りこんだの。みぞれ、このことは黙っていてね……もっとも、教師たちにチクっても、私がそいつらを記憶操作しちゃうけどね」
「うわああああ……可愛い顔して恐ろしいことを言うのね……さっきの催眠術で? クララは〈魔力者〉なの?」
「そうよ……私は〈魔力者〉……『魔眼』の力で人を強制的に催眠状態にして操るわ。もっとも、ここに術にかからなかった人もいるけど……」
「きっと、それは天命だよ!」
「はっ? テンメイ?」
「きっと、神様がクララを助けるべくあたしに術をかけられなくしたんだよ!」
宮葉みぞれが黒真珠のような瞳を輝かせてクララに話す。金髪碧眼の少女はあきれ顔だ。
「なに、カルト教団の自己啓発セミナーみたいな事いってんのよ……偶然よ偶然」
「いやいや、天命だってば……こんな小っちゃくて、超可愛いクララを守らなきゃ……扶桑女子としての名がすたるわ!」
「……だから、小っちゃいは余計よ! それに私は〈魔力者〉よ、たいての事は切り抜けるわ……」
「でもでも……あたしみたいに、催眠術にかからない人もいるんでしょ? あたしはレザーチェさんほどじゃないけど、武術の腕には自信があるんだから!」
「ぐぬぬぬぬ……千人に一人か二人の話よ……」
などと言い合う内に、二人の女学生は医学部と大学病院の間にある、安置所へ向かった。受付係に詰問されるが、クララの催眠魔眼によって、あっさり通してくれた。壁に三段の棚があり、金属蓋の中に棺がある。
解剖学実習用の検体に使われたボルガン・ゲーエンの番号の棺を開けてみる。やはり、空だった。催眠状態にかけた事務係に問い質すと、ボルガンの遺体はすでに共同墓地へ埋葬するために、業者が葬儀馬車で運んだという。
「おかしいわよ、クララ……解剖用検体は一週間から十日ぐらいかけて、解剖教材につかうはず……」
「事務係さん、ボルガンの棺を運んだ責任者は?」
宮葉みぞれの脳裏に人種差別者のノックス教授の顔が浮かんだ。
――あの人なら死者蘇生の恐ろしい実験も平気でするのではと。
「……ヴィクトール・フランケンフェルド教授……です」
宮葉みぞれに衝撃が走った。あの優しく接してくれたロマンスグレーの教授が、おぞましい『生ける死者』を作り出したのであろうか? にわかには信じられなかった。
「さてね……人間には建て前と本音がある。表の顔があれば、裏の顔もあるものよ。好人物に見える大学教授でも、裏の顔は、死者蘇生の研究に取り憑かれたマッド・サイエンティストかもしれないわ」
「まさか、あの教授に限って……」
「人は見かけによらぬものよ……私みたいにね……もしくは、『結社』に利用され、洗脳されたかも……いずれにしても、解剖学者は手術の名手でもあり、当事者の可能性は高い……」
「ぐっ……ねえ……さっきから、ちょいちょい、『結社』という単語がでるけど、なんの事?」
「……『結社』は秘密結社の略語よ。私たちが探索しているのは『イルミナティ』……死者の兵士を使って、世界を混沌に陥れようとする組織よ……」
「世界を混沌に……やばそうな団体なのね……クララとレザーチェさんは何故、そんな組織を相手に探っているの?」
「イルミナティに私の探している魔道士がいるという情報を得たからよ。名前はわからないけど、黄金の仮面をつけた魔道士……」
「黄金の仮面をつけた魔道士……」
「そいつは私の父を殺害した憎き仇なのよ……」
「えっ!!!」
宮葉みぞれは、扶桑では平和が続き、今では物語でしか聞かない仇討ちの当事者を目の当たりにした。この小柄で可憐な、絶世の美しさを持つ少女が怖ろしげな『結社』に属する魔道士に復讐するために、ここインゴルシュミッツ大学に潜入していたとは……




