催眠魔眼
「魔力『催眠魔眼』!」
クレールヒェン・カリガルチュアの双眸が、金色に光り輝きだした。警備員たちはその光に捕らわれ、身動きが止まる。八人とみぞれの両眼がクララの瞳を映して、同じく金色に反射して光る。
「あなたたちは……今の出来事を忘れるのです……繰り返しなさい……『私達は何も見なかった』……」
「……私達は何も見なかった……」
警備員、司書、学生たちが壊れた蓄音機のように、クララの言葉を繰り返す。うまく催眠状態になり、暗示にかかった。
「元の場所に戻る……」
「……元の場所に戻る……」
金髪少女の瞳の輝きがやみ、元の碧眼に戻る。彼女の魔眼を反射していた者たちの光も元に戻った。警備員たちは虚ろな表情で、夢遊病者のように元いた場所へノロノロと帰っていった。何事もなかったかのように。
「……クララ…………」
「さあ、みぞれも寮へ帰ってね……さて、レザーチェ。突然、ボルガン・ゲーエンの出現で驚いたけど、どう思う?」
「……おそらく、人造魔獣オルトロスと同じく、研究所施設から逃げだしたものであろう。さっき、魔眼で見たが、ボルガンには効かない」
「えっ、レザーチェの魔眼が効かないなんてことあるの?」
「……ある……『魂』無き者には通用しない……」
「『魂』がない……ならば、あれは『生』だけで動く、『生ける死者』というところかしら?」
「おそらくは……だが、死霊術師のつくった『生ける死者』ならば、呼び出した死者の霊や悪霊が封じ込められているはず。それも無かった……」
「つまり、禁忌の黒魔術による方式とは別の……たとえば、科学方面からの死者再生なのかも……」
「なるほど……ならば、『魂』がなく、『生』だけはある『生ける死者』――『人造人間』を製造できるかもしれん……」
「『結社』はあんな『人造人間』をたくさんつくって、自分たちの兵力にする気かしら?」
「人造人間兵団か……だとすれば、厄介な相手だ……なかなか、死なん……あんなのが徒党をくみ、軍隊となれば手に負えぬ……」
レザーチェが冷静に『生ける死者』――『人造人間』の脅威を推し量る。凄腕の賞金稼ぎレザーチェが、ボルガン一体で苦戦を強いられたのだ。数十人、数百人の軍団ともなれば手に負えなくなる。まして、普通の人間たちではなすすべなく蹂躙されてしまうだろう……
「それにしても、ボルガンは殺人衝動しかないような危ない奴だったわね……」
「……人間は、誰しも危険な攻撃性を持っている。怒りや悲しみ、欲望など暗黒面での感情だ。しかし、これは人間が獣だった頃から受け継がれてきた生きるための本能だ。普通は人の良心や理性の力が危険な本能を抑え込んでいる。だが、時に自分の本能を理性で制御できない人間がいる。ささいな切っ掛けで人を攻撃し、排除し、殺害する……ボルガン・ゲーエンはストレス発散に殺人をしていた男。もともと『心の箍』が外れやすい奴だ。魂の無い生ける死者となった時に、本能が暴走して研究施設から逃走したのだろう……」
「なるほど……心理学の面でも、人間の意識はおよそ九割が非論理的な潜在意識であり、目覚めたときに論理的に考えることができる顕在意識が抑え込んでいると言われているわ……だとすると、『魂』とは、良心、もしくは、理性ということかもね……」
「……クララ…………ねえ、クララ……」
「なによ、みぞれ。今、大事な話の途中よ……てっ、えええええええええええええっ!!!」
「……いやいや……難しい話の最中で悪いけれど、さっきの事情を話してよ!」
クララがギョッとして、宮葉みぞれを見返した。催眠魔眼にかかっていない様子だ。
「催眠魔眼が効いてないですって……術が浅かったのかしら? もう一度、魔力『催眠魔眼』!」
威力をこめた催眠魔眼が発動。金色の双眸が怪しく輝く。だが、宮葉みぞれは催眠状態にならなった。クララは魔力量を浪費し、肩で息をつく。
「はぁはぁ……ちょっと、あなた、『魂』がないんじゃないでしょうね!」
「ええええええっ!! 魂はあるよ、たぶん……それより、クララって、瞳が金色に光るのねえ~~」
「マスター・クララ……催眠魔眼は千人に一人か二人の割合でかからない者がいると聞いたことがあるぞ」
「ぐぬぬぬぬ……すると、みぞれはその千人に一人か二人の……よりによって、みぞれとは……」
額に手を当て黙りこくるクララ。
「それより、敵が証拠を消す前に、我はボルガンが来た方向を探索する……クララは医学部解剖科と遺体安置所を探れ……」
青い疾風が森の中に消えてしまった。取り残された二人は呆然としている。
「ちょっと! 指示を出すのは、マスターである私の役目よ! この寝ぼけ眼の気取り屋!」




