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クララの危機

 午後は単位をとる科目がない。宮葉みぞれは西にある森に囲まれた図書館へ向かい、自習をすることにした。同じく単位のないクララ・カリガルチュアを誘うが、断わらわれた。


「私は用事があるの……またね……」


 思いつめた様子で、早足に何処かへ去っていくクララ・カリガルチュア。呆気にとられたみぞれだが、後ろ髪をひかれながらも、大学図書館で窓側の席に座り、勉強をはじめた。みぞれは医学書の学術用語辞典を開いて、ノートに書き写し始めた。


 窓からは昼下がりの温かい陽気が降りそそぎ、睡魔が宮葉みぞれに襲いかかってきた。


「ふぃ~~…… ちょっと、休憩しようか……」


 みぞれは何気なく図書館の窓から庭園を見て、美しく趣向を凝らした花壇のある小路を散策しようとおもいたった。外の新鮮な空気を吸い、樹木や灌木から放出されるフィトンチッドが体の疲れを癒してくれる。


「ん~~ん、いい空気……」


 両手を頭上に伸ばして、手を組み、深呼吸をする。ふと、森の向こうに目をやると、灌木の影に金色こんじきに輝くものが見えた。目を凝らすと、分厚い眼鏡をして、制服を着たハニーブロンドの少女の頭髪だ。


「あれって……もしかして、クララじゃないの?」


 さきほどの思いつめた表情を思い出して、宮葉みぞれは外へ飛び出した。悩みがあるなら、打ち明けて欲しいと思ったのである。アンネリーゼとマルゴットがしてくれた優しさのように……


 クララを目で追うと、森の木陰から突然、黒い影が出現した。襤褸ぼろを身にまとった180センチの筋肉質の男のようだ。子供と大人ほどの身長差がある。背後からなのでクララは気がつかない。不審人物は忍び足で近寄り、両手に鎖を持ち、輪にして広げてクララの首を絞めようと襲いかかる。


「危ない!」


 扶桑女子の宮葉みぞれは、咄嗟とっさに足元の小石を拾い上げて大男に投げつけた。背中に小石のあたった怪人物はみぞれの方角に振り向いた。


「うがああああっ!!」


 みぞれに対して、威嚇してきた。その声にクララも振り向き、驚愕の表情で立ち尽くす。大男がみぞれに向かって走ってくる。小さな濁った屍魚の目に獅子鼻、大きな口をした男――見覚えがある。


「あっ……あなたは……解剖実習で腑分けされた……ボルガン・ゲーエン……」


 扶桑女子は恐怖で足元がすくんだ。


 ――なぜ? なぜ、昼間から殺人鬼ボルガンの幽霊が?


 が、咄嗟に自分がクララを守らねばならない、そういった責任感と覚悟が生まれた。扶桑国で武道を習い、精神修養をしたお陰だと思う。足元から1メートル半ほどの枯れ木の枝を拾い上げた。愛用の木刀ではないが、武器を持ったことが自信につながり、震えが治まる。


「たあああああああああああっ!!」


 乾坤一擲けんこんいってき! 

 木の枝が絞殺魔の頭頂めがけて、上段から叩きつけられた。だが、枯れ木は音高くへし折れ、ボルガンの幽霊は平然として、宮葉みぞれに襲いかかった。左手の鎖が、あっという間にみぞれに巻きついた。


「うううううううっ!!」


「みぞれ!!」


 彼女の頸部が圧迫され、呼吸が困難になる。だが、ふっと、楽になった。鎖がゆるんだのだ。視界に、鎖をもった右手上腕部が見えた。肘で断たれ、血を流している。


「げほっ……げほっ……」


「大丈夫っ! みぞれっ!!」


 咳き込む扶桑女子にクララが駆けつけた。両手をみぞれの首にかざし、呪文詠唱をする。両掌が淡い光で輝き、みぞれの自己回復力を高める。スッと、楽になった。


 みぞれとクララの手前にボルガンの姿は見えず、大きな青い闇が立ち塞がっていた。良く見れば青く染めた革製ロングコートの背中であった。帯と鉄輪が過剰なまでに装飾されている。上を向くと長い髪が見えたが、それは奇妙な事に海碧色コバルトブルーの髪をしていた。


 しかし、大陸広しといえど、青い髪の人間が存在するのであろうか――さらに見上げると青髪の人物は三角帽トリコーンを被っていた。そして、薙刀なぎなたのような長柄の刀剣を持っていた。それはグレイブという中域の長柄武器である。


「……遠い異国から来た少女よ……クララを守ってくれて、礼をいう……」


 その声は低くも透き通った男の声であった。こんな素敵な声の持ち主はどんな人物なのか……こんな状況であるのに、そう思わせる声であった。青髪の人物はレザーコートを翻し、薙刀のような武器を回転させて、絞殺魔を薙ぎ払う。態勢が崩れた敵は慌てたように後退あとずさる。


 すかさず青髪の人物は怪漢の後を追って長柄武器を上段に斬り込んだ。そして、初めて宮葉みぞれは己を救った男の横顔を見た――宮葉みぞれは息を飲み、瞳孔を収縮させた。その青髪の若者は、類い稀なる絶世の美しさを持つ存在であった。


 青白い肌、鼻筋が通り、引き結んだ口元、そしてそのサファイヤブルーの双眸は幻の国の夢を見るように半眼である。物憂げな表情は、冥界と現世の境にある幻の国の夢を見ているようだ。そして、人を寄せ付けない、厭世的な雰囲気を醸しだしていた。


 ――なんて……綺麗な人……


 冥府の花のごとき妖しく美しい青髪の男が二人の少女の危機に駆けつけ、絞殺魔ボルガンの魔手からグレイブで救ったのだ。宮葉みぞれは頬が上気し、呼吸が乱れ、胸が締め付けられるように苦しくなった。


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