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眠り男レザーチェ 魔城兵団  作者: 辻風一
フランケンフェルド教授
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フランケンフェルド教授

 宮葉みぞれとクレールヒェン・カリガルチュアが転入してから三日が経った。四人の女生徒が次の教室へ移動していた。アンネリーゼが不安気な顔をしている。


「次の授業はいよいよ、解剖学実習ね……ちょっと、怖ろしいわあ……」


「なに、言ってんのよ、アンネリーゼ……医者が解剖を経験しないでどうするのよ。医者になるには、医学書を読んで、解剖実習を受けないとなれないって、ウチのパパもいってたわよ。それに一学期にカエルの解剖をしていたでしょ?」


「カエルと人間はかなり違うと思うわよ、マルゴット……血がいっぱい出そうで恐ろしいわあ……」


「だはははは……男より女のほうが血になれてんだから。それに基本は同じよ」


 アンネリーゼとマルゴットの会話に、宮葉みぞれが口をはさんだ。


「解剖で血なんて出ないわよ……すでに大きい動脈から血を抜かれて、防腐処置のためのホルマリンを血管に注入して、血をほとんど出しちゃっているからね……」


「あら、みぞれったら予習してたの?」


「それもあるけど、以前、シュバイツァー先生が扶桑の医学生に講義するのを見学したことがあるの。けど、あまり気持ちの良いものではなかったわ……」


 クララがみぞれにふと思った疑問を口にする。


「みぞれの国では解剖学なんてあったの?」


「解剖学……私の国では『腑分ふわけ』というわ……半世紀前に中域医学書が輸入された頃から始まったわ」


「『腑分け』ねえ……確かにそうだけど、面白い表現ねえ……」


「でも、医師を目指すものには解剖学は必要だし、実習試験もあるし、しっかり学ばないと……」


 そこへ、マルゴットが口をはさむ。


「みぞれはしっかりしてそうだから、大丈夫そうだけど、アンネリーゼとクララは血の気がひいて、貧血にでもなりそうね……よっしゃ、そうなったら、あたいが介抱してあげるわよぉ……」


「ううぅぅ……お願いね、マルゴット……」


「あいにくだけど、私は必要ないわ……」


 ふんっ! と、目を閉じて、スタスタと前に進むクララ・カリガルチュア。


「またまた強がっちゃってぇ……」


 インゴルシュミッツ大学医学部のカリキュラムは、学生が卒業したときには、高度の臨床能力を身にそなえていることを目標に六年間の教育がされる。各科目は限られた授業時間の講義や実習で把握することは難しく、自主的な学習が求められる。なので、医者を目指す学生たちは学習室や図書館、セミナーなどで自然科学、社会科学、人文科学、外国語、魔法治療学などの選択必修科目の単位をとるべく必死で勉強している。


 宮葉みぞれたち一年生は医学概論などを修めるほかに、早期体験実習として院内でも患者付添い実習も行っている。一学期は主に生命科学を学習し、春休みあとの二学期からは生化学と解剖学などの科目が始まる。この大学で解剖学を一年生からという早期から学ぶのは、医学生としての自覚を強め、医師としての原点となるべく位置づけているからだ。


 四人の女学生は解剖学講義室に到着した。すでに他の男女の生徒がたくさんいた。円形講義室で、真ん中に木の台がおかれ、遺体にシーツが被さっている。白衣を着た上級生の助手たちが解剖刀メス剪刃ハサミ鉗子かんし開創器かいそうき持針器じしんき、針と糸、鉤、ノコギリ、ピンセットなどの器具と洗面器や薬品を用意していた。


 チャイムが鳴り、人体解剖学実習担当のヴィクトール・フランケンフェルド教授が控室からやってきた。背の高いロマンスグレーの初老の教授で、知性と冷徹がにじみ出た気品ある男性であった。


 ロドニア連立王国でベストセラーとなった推理小説「シャーロック・ホームズの事件簿」の主人公が実在したら、こんな人物ではないだろうか。落ち着いた物腰で、解剖学についての心構えを生徒たちに話し、解剖台上のシーツをとった。検体は小さな目に獅子鼻、大きな口、身長180センチの筋肉質の男であった。


「あっ……あれって、ボルガン・ゲーエンじゃないかしら……」


「数日前に絞首刑になった殺人犯ね……」


 実習室でざわめきが広がる。


「誰? そのボルガン某って……」 


「ああ……みぞれは知らないのね。あのね……昨年の春から夏にかけて、インゴルシュミッツ市で連続殺人事件がこったのよ……」


「そうなのよぉ……人呼んで恐怖の『ネクタイ絞殺魔』……夜道を歩く若い女性を、ネクタイで素早く首を絞めて殺した凶悪犯よ。五人も殺されたけど、婦人警官が囮になってやっと捕まったのよぉ。あたいも何時、絞殺魔に首を絞められるかと気が気でなかったわぁ……」


 マルゴットが丸首をすくめる。みぞれはマルゴットなら、きっと相撲の張り手で返り討ちにしたんじゃないかと思った。


 犯人はボルガン・ゲーエンという33歳男性で、若い頃は高地連隊兵を務め、除隊後は木工所に勤務する真面目な事務員であった。だが、賭博で借金をため、女性関係でトラブルがあり、むしゃくしゃして、ストレスの捌け口として無関係の女性たちを狙ったという、姑息な猟奇殺人鬼であった。


 身勝手な犯行は陪審員の心証が悪く、死刑と解剖の刑になり、数日前に絞首刑が執行されたのだ。遺体解剖にはこうした死刑囚の遺体が合法的に支給される。


「……そんな事件がこの街であったのね。知らなかったわあ……」


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