クララとみぞれ
そして、朝。カーテンが引かれて陽光が差し込む。早めにおきて庭で木刀の素振りを終えた宮葉みぞれは自室に戻り、用意支度を始めた。同室のクララはまだ寝ていた。
「さあ、起きてクララ。食堂にいくわよ……」
「んん……もう、少しだけ……」
(はわわわわわ……天使がおる……クララったら、天使のように可愛いらしい……)
金髪の乱れ髪に金色の睫毛、ふっくらとした頬は童女のようだ。中域美術図版で見た天使画を思わせる愛らしさがあった。同性でも妙な気分になる。
宮葉みぞれは頭をふって、彼女を揺り動かす。
「なにいってんのクララ、転校生ははじめが肝心よ」
「ふみゅう~~-…」
みぞれはすでにインゴルシュタットの学生服に着替えていた。白いブラウスに深緑のブレザーの上着、ギンガムチェックのスカートにベレー帽をかぶっている。みぞれはクララの着替えを手伝い、寝間着を脱がせ、シュミーズ姿で洗顔をさせ、制服に着替えさせ、髪を櫛でといて、食堂舎へ向かった。部屋を出る前に、クララは例の瓶底メガネをつける。みぞれはスカートの布地をおさえてモゾモゾする。
「う~~ん、このスカートっていう着物、膝がスースーする……落ち着かないなあ……」
「そのうち、慣れるわよ……ふわああああ……」
食堂はバイキング形式で、お好みでクロワッサンにコーンポタージュ、野菜サラダとポークと牛乳をトレイにもって空いた席を探す。すると、昨日、お化けを見たというアンネリーゼとマルゴットがいた。
「こっち、こっち……この席が空いているわよお!」
マルゴットが手を振って招いた。細身のアンネリーゼが野菜ジュースとクロワッサンだけなのに比べ、ぽっちゃりしたマルゴットは大盛り三人前だ。
「あなた達、転校生ね。あたいはマルゴット・フンボルトよ……」
「私はアンネリーゼ・ローエよ……よろしくね」
「あたしは扶桑から海外留学生としてきた宮葉みぞれよ、よろしくね」
「扶桑国って、確か東域の外れにあるという、黄金の国ね……ずいぶんと遠くから来たものねえ……」
アンネリーゼが目を見開いて驚く。
「扶桑国っていうと、スモウ・レスラーの国ね! あたい、万国博覧会で興業を観てから大好きになったのよねえ……」
マルゴットが席から通路に出て、足を開き、張り手のポーズをする。中域人なのに、実に様になっていた。それに貫禄がある。
「こっちは同じ転校生の……」
「……クレールヒェン・カリガルチュアよ……クララでいいわ……」
「はぅ~~ん……パルデティア人形みたいに小柄で可愛い子ねえ……」
「ほんとにねえ……クララぁ、その瓶底メガネをとってみてよぉ……」
「これがないと何も見えないの……お断りします」
「無理強いしちゃダメよ、マルゴット……ところで、クララは飛び級で大学に入ったの? 本当は何歳なの?」
「……いいえ……今年で18歳です!」
不機嫌にジト目で答えたクララに、マルゴットとアンネリーゼが目を点にする。宮葉みぞれと同じような反応だ。話してみると、マルゴットとアンネリーゼも同じ一年生であった。ただし、昨年9月から入学しているから、7ヶ月もたっている。転入生が勉強で追いつくのは大変なことだ。
「よければ、去年からのノートを貸してあげるわ……」
「あたいも、あたいも……」
宮葉みぞれは始めてくる海外の学生生活に、クララに続いて親切な二人の学友を得て、心強くもあり、ホッとする自分を感じた。女子寮で鞄に教科書、筆記具、ノートをつめ、学舎に向かう。中世からある城館を改築した校舎は趣きがある。
一時限目は医学概論、二時限目は社会科学であった。そして、三時限目に人体解剖学だ。四人が教室に移動する途中、みそれがふと、廊下の窓からと外を見ると、森と湖を隔てて、切り立った崖の上に古城が見えた。石造りのゴシック建築の城塞である。
「あんなところにお城があるのね……」
「むひひひ……あれは呪われた城なのよぉ……」
マルゴットが意味ありげに教えてくれた。
「呪われた城ぉぉ?」