鉄の暴君
ズィーガーのローブの右長袖の中から両刃の剣が伸びて、レザーチェの左の太腿を貫通していた。刃が瞬時に引き抜かれ、血飛沫が飛ぶ。長大な両刃剣は縮んでいき、瞬時に人間の右腕に戻った。
「それが奥の手か……さては、手の内を見るために、無法者どもを雇ったか……」
「ご名答! 屑みたいな野良犬どもも俺様のために役立ったわけだ……ぐひひひひひひひっ!」
「外道め……」
「なんとでも言え! それより見ろよ、俺様の魔力『鉄の暴君』をっ! すげえだろっ、肉体を自在に鋼鉄化させ、刀剣などの武器に変化させることもできる魔力よ……こんな風になっ!」
ズィーガーが左腕を振ると、瞬時に槍穂と長柄に変化して、青髪の賞金稼ぎの脾腹を串刺しにせんと伸びる。レザーチェは長柄を回転させて槍穂腕に刀剣を叩きこむ。
「莫迦な奴め……俺様の鋼の腕でグレイブがへし折れるぞ……」
「秘剣・兜割り!」
レザーチェが八双の構えから振り下ろしたグレイブの刀剣がズィーガーの槍穂腕を切断してのけた。槍穂腕が空中に回転して、地面に突き刺さる。
「いでえええええええっ!」
魔道士ズィーガーがバランスを崩し派手に地面にひっくり返った。悲鳴をあげて泣き喚く魔道士を、眠り男は冷ややかに見つめた。
「……見え透いた芝居をするな……」
レザーチェが左手甲を魔道士に向けた。発条仕掛けで半円型の鉄の弓ができ、弓弦が引かれ、鉄矢が装填された。鏃が魔道士に狙いをつけている。
「……なんだ、ばれてたか……しかも、妙な隠し武器をもってやがる……」
魔道士ズィーガーが腹筋で起き上がり、冷めた表情になる。トドメを刺しにきたレザーチェを刃と化した手で貫く肚だったのだ。右手が鋼の鞭に変化して伸び、斬られた槍穂の左腕を回収する。レザーチェは素早く左の太腿に布を巻いて止血した。
「誰だっ、何をしている!」
「決闘禁止令を知らんのかっ!」
堤防の向こうから夜回りの警官たちが角灯を持って、こちらに向けて走ってきた。鉄道橋で複数の人間たちが戦っているのを見かけた地域住民が通報したのだ。
「ちぇっ……水入りか……」
魔道士ズィーガーがレザーチェを見れば、彼は左腕を頭上に上げ、弓矢を橋桁に命中させた。矢羽根と右手甲は一本の線で結ばれている。ワイヤーだ。手甲に内蔵されたウインチが作動し、レザーチェを頭上に勢いよく引き上げた。レザーチェは鉄道橋の線路に乗り上げ、さっきと反対側からきた貨物列車が通過し、その後には誰もいなかった。列車に飛び乗って去ったのであろう。
「ほおおお……敵ながらやるじゃねえか……見とれちまったぜ。おっと、俺様も遅れちゃなんめえ……」
ズィーガーは呪文詠唱をして、地面に光輝く魔法陣を出現させた。警官たちが堤防を降りてくると、ズィーガーの姿は半透明になって、消えてしまった。空間移動魔法である。これはかなり高度な魔法で、失敗すれば原子分解されてしまう危険なものだ。
「なにっ……怪しい奴が消えてしまったぞ……」
「先輩、あっちに倒れた人たちがいます……」
旧市街の駐在警官たちが無法者たちの死骸を見て騒ぎ出した頃、魔道士ズィーガーは煉瓦の壁に囲まれた部屋にいた。緊急脱出用の召喚魔法陣の避難室だ。
「ぐひひひひ……やるなあ、あの青い男……奴は足に怪我をした。そして、俺は左手を斬られた。本来なら引き分けだが、腕はすぐに元通りになるから、俺様の一勝だな……」
床に胡坐をかいて、右手に持った槍穂の左腕を切断面にくっつける。『鉄の暴君』となった肉体は、後から接着する事も可能なのだ。ピタリと合わせた切断面が光り輝き、左腕が本体にくっついた。だが、すぐに落下してしまう。唖然とした表情でズィーガーは落ちた左腕と切断面を見較べる。何度も接着させてみるが、同じ結果だ。
「おいおいおいおいおいおい……元に戻らねえじゃないかっ! ドチキショオォォォ! 俺の左腕がよおおおおっ!」
魔道士ズィーガーがどす黒い顔で怒り狂った。煉瓦の壁に槍穂腕を叩きつけた。
「くそぉぉぉぉ……どういう事だ、あの青髪のスカシた野郎!!」
ズィーガーは集中して、呪文詠唱し、魔力を左腕にこめた。すると、左腕の切断面から新たな槍穂が突き出し、鉄の腕と化していく。だが、骨に針金が何本も巻きついたような不完全なものだ。完全に戻すには時間がかかりそうだった。
「ふぅぅぅ……腕を新しく作るのは可能か。だが、かなりの魔力量を消費してしまうぜ……しかしよぉ、おもしれえ奴もいたもんだ。青髪の賞金稼ぎ、眠り男レザーチェか……次こそは俺様の『鉄の暴君』で八つ裂きにしてやるぜえ……そして、あの綺麗な首だけは残すぜ。剥製にして、部屋に飾ってやるんだ……酒を呑むツマミにうってつけに違いねえ。インテリアには最高の首じゃねえか、ぐひひひひひひひひ……」
魔道士ズィーガーは血走った目で、狂気の哄笑をあげた。