グレイブ無双
「もうすぐ、夜汽車が来る……いくら銃を撃っても、誰にも気づかれないぜ……俺は今までえらそうな武闘士や高慢な騎士だって、こいつで屠ってきた……覚悟しな、ぐはははは……」
橋桁が震動し、機関車の煙がたちこめだし、轟音をたてて列車が通過してきた。その中で、顎割れ男は青髪の賞金稼ぎにトリガーをひいて初弾を放つ。心臓部に目がけて銃弾が飛ぶ。
「なんだとっ!」
顎割れ男が撃つ瞬間、ビュンッと風が渦巻いた。銃弾は標的から外れ、鬼神の速さで突き進んでくる。顎割れ男は罵声をあげ、トリガーを引いたままで、左手で銃身を扇ぐように往復させた。撃鉄のみを弾いて素早く連射する『ファニングショット』という技法だ。
素人がやっても命中率は悪いが、達人ならば一秒間に六発の弾丸を当てることも可能だ。これではどんな武術の達人でも敵わないだろう――おそらく顎割れ男はその筋では名の知れたガンファイターなのであろう。
二弾目が青髪の賞金稼ぎを射抜く。が、それは残像であった。レザーチェはジグザグに超加速移動することにより、残像をいくつも残して、拳銃遣いに接近してきた。ガンファイターはファニングショットで三発、四発、五発、六発をすべてレザーチェの胸部に命中させた。
しかし、それはすべて残像であった。顎割れ男が左手を往復させるが、弾はもう空だ。長柄の石突が回転式拳銃を薙ぎ払い、河原に飛んでいく。返す石突が臑を叩き、跪かせた。長柄が回転して、グレイブの剣先が拳銃遣いの首にピタリとあたる。死を予兆する冷気が刃先から伝わり、悲鳴をあげた。この間、数秒の出来事であった。早撃ちのガンファイターをグレイブ一本で降参させるとは、このレザーチェという男は武闘士の枠を超えた超戦士であった。勝負が決してから、鉄道橋の汽車が通過していった。
「眠り男ならではの能力『迅速通』だ――次は、その首が飛ぶ!」
「ひいいいいいいいいいいいっ!」
「一度だけ聞く。正直に答えろ」
「わかった、何でもいうから……頼む、命だけは助けてくれえええっ!!」
初対面では凄味を利かせていた無法者の頭目株が、涙と鼻水を垂れ流して情けなく命乞いを始めた。白い月が黒雲の群れに隠れ、周囲が真の闇に包まれた。
「お前たちを雇ったのは誰だ……バルテル商会か、それとも大学医学部か?」
「ちっ、違う……ローブを着て、フードを被って顔は見えなかったが、若い男だ……多分、魔道士だろう……名前は……」
その先を言う前に、顎割れ男は苦鳴をあげてのけ反り、倒れた。背中に短剣が刺さっていた。心臓が一撃で命中している。暗闇から何か飛来するかすかな音が聞こえた。レザーチェはグレイブを回転させて飛来物を弾く。顎割れ男を絶命させた短剣だ。
「仲間の口封じか……」
「そいつらは仲間じゃねえよ……金で雇った野良犬どもよ……」
雲間から月がのぞき、橋脚の影から暗褐色のローブを着た影法師が現れた。目深に被ったフードを背中に下ろす、短く刈り込んだ金髪に酷薄な目つき、そして武骨な顔の若者の顔が見えた。右掌で短剣を回して弄んでいる。魔道士というより、戦士か武闘士といった雰囲気だ。
「……貴様は『結社』の魔道士か……」
「……おいおい、そこまで知っているのかよ、賞金稼ぎのレザーチェとやら……そうだ、俺様は魔道士ズィーガーという」
「ズィーガーよ……魔道士仲間で、黄金の仮面をつけた奴を知らないか?」
「ああぁ? 何だぁ急に……それより、自分の命の心配をした方がいいぜ……ぐひひひひ……」
気怠げな口調の魔道士ズィーガーは、呪文詠唱をした。胸の位置に半円型の魔法陣が浮かび上がり、ルーン文字が輝き、十数本の短剣に変化した。
「魔力『鉄の雨』!」
半円形に並んだ十数本の短剣が一斉に青髪の賞金稼ぎに投擲された。青い影はグレイブを回転させ、短剣の群れを弾く。だが、これは本命ではない、背後で断末魔の声がした。倒れて呻いていた他の無法者たちの急所に命中してトドメを刺すのが目的だったのだ。
「無益な殺生を……彼等にも更生の可能性はあった……」
「はぁん? 偽善者みたいなことをいいやがって」
「偽善者か……よく言われる言葉だ……」
「けっ、とぼけた野郎だ」
レザーチェがグレイブを聖眼・中段の構えにとり、神速移動で魔道士ズィーガーに突進した。ジグザグに方向転換し、残像の群れが後に続き、どれが本体か定かではない。魔道士ズィーガーはすでに半円型の短剣を布陣していて、再び『鉄の雨』を降らせていた。レザーチェがグレイブで弾く。その様子をズィーガーは凝視して観察していた。
「本体はそこだっ!」
「うぐっ!!」
肉を斬り裂く嫌な音が聞こえた。魔道士ズィーガーの右手から長さ5メートル以上の刃が伸びて、レザーチェの左太腿を貫いた! 血の花が咲き、残像が消えゆき、本体だけが残った。ガンファイターを倒した『迅速通』が破られてしまったのだ。
「見たか、俺様の魔力『鉄の暴君』を……」