第三章 対決そして
沙依と隆生の調理対決が大衆を巻き込んで大々的に行われ、それぞれが作った料理が投票制で評価された結果、対決は沙依の大敗に終わった。そして負けた方が一つ相手の言うことをきくという約束が実行され、沙依は一日隆生の恋人として過ごすこととなり、二人は出国許可を得て一日人間社会に観光をしに出掛けたのだった。
「からかい半分でこいつに一日俺の恋人やれって言ってみたけど、これが案外しっくりきてな。実際に俺たち付き合うことにしたわ。」
国内に帰ってきた隆生にそう言われて、成得は一瞬思考停止し、反射的に沙依の方を見て少し申し訳なさそうな顔をする彼女と目が合って固まった。
「この間ナルに言われたこと考えてさ、わたしも他の選択肢に目を向けて見ようかと思って。それで、わたしも今日楽しかったし、隆生となら気心も知れてるし、趣味とかも合うし、いいかなって。」
そう言いながらだんだん恥ずかしそうに目を伏せていってもじもじしながら隆生の後ろに隠れる沙依を見て、成得は気が遠くなった。嘘だろ。いや、嘘だろ。この一日でいったい何があったの?昔からあれだけ一緒にいるのに今まで何もなかったのにさ、何で急にそうなるの?え?ちょっと待って。まじでちょっと待って。ってかさ、お前、俺のこと好きだったんじゃないの?確かに俺の都合の良い女やろうとするなとは言った。お前の好意につけ込んで甘えるのはもう止めるって言ったけどさ。それはお前と対等な立場になりたいって意味なだけで、そもそも俺がお前に伝えたかったのはそういうことじゃ・・・。頭の中をそんなことがぐるぐるまわりながら、成得は仲良さげに腕を組んで去って行く二人の後ろただ姿を呆然と見送った。
そしてふと目が覚めて、成得は胸をなで下ろした。
「夢か。まじでしゃれになんない。本当、やめて。」
そんなことをぼやきながら成得は一つ息を吐いた。こんな夢を見たのも、沙依が口車に乗せられて隆生と調理対決なんてするとか言い出した挙げ句、負けた方が一つ相手の言うことをきくとかいう訳のわからない条件のんだりするからだ。その挙げ句、実際隆生から二人の出国許可が提出されて受理されてるし、絶対そのせい。でも二人の出国許可はさ、それはデートとかそんな色っぽい物じゃないから。娯楽の少ない龍籠で国民が楽しめる事を増やすために、娯楽の多い人間社会に偵察に行くだけ。ようは仕事。あいつらは仕事しに行くだけだから。そう考えながら、でも仕事とはいえ実際観光みたいなもんだし、隆生の奴ならノリでそういうことやりかねないと考えて成得は頭を抑えた。
「沙依は背の高さも髪や目の色もまんま人間だし、俺くらい背丈ある奴も、これくらいの髪や目の色の奴も人間でそこそこいるからな。俺一人だとちょっと目立つが、沙依と二人で行きゃそんなに違和感なく人間社会に紛れ込めるだろ。娯楽なんて実際楽しんでみないと解らねーし、二人でちょっと偵察行ってくるわ。」
そんな隆生の発言で二人が人間社会に偵察しに行くことになった。それも三人でお茶をしながら龍籠には娯楽が少ないという話しになり、なら人間社会にどんな娯楽があるのか偵察してみりゃいいんじゃねとか隆生が言い出して、そのままの軽いノリで申請を出しそのまま受理されてという流れ。
龍籠があるこの島含め、ターチェが分布する東の大陸語圏の人間は黄色人種で髪や目の色は黒だ。千里眼で地上の全てを覗くことができる成得はともかく、龍籠のほとんどの国民も、まだ大海を渡る術を持っていない人間達も、この地上に存在する人間には様々な人種がいて、髪や目の色、肌の色、体格等の見た目の違いはもちろん使用する言語さえも違う人間達が存在することを知らない。だから、大抵の者はターチェの明るい髪の色も色素の薄い目も神の血を引く証だと思っている。そしてターチェと比べて東の大陸語圏の人間は小柄だ。龍籠の男性の平均的な身長である隆生も人間の中に入ると高身長になってしまうし、逆に龍籠だと背の低い部類に入る成得は人間なら平均的な身長だ。身長的にはな、俺の方が人間に近いんだけどな。俺は髪の色が派手で目の色も薄いからな。染めたりなんだりすればいけるけど、やっぱ違和感出るし。自然に溶け込むにはまだ隆生の方がいけるのは解るけど。でもさ。でもよ。仕事とはいえ、二人で遊びに、しかも国外に出掛けるとかさ・・・。そんなことを考えて成得は突っ伏した。
そもそもさ、あんなタイミングで高英が来なけりゃ、沙依にちゃんと俺の気持ち伝えられてたの。そうすりゃ、こんなやきもきしないで済んだのに。本当、タイミングが悪い。あれ以来ちゃんと落ち着いて話せる機会ができてないし。そもそもあいつらの調理対決を大々的にやることになったせいでその準備で忙しいし、ってか何で俺が前座に第二部特殊部隊の連中と序列決定戦しなきゃいけないんだよ。うちの連中、絶対俺で遊んでんだろ。一線退いてるとはいえ諜報員が大衆の面前で自分の実力晒すとかありえないし、かといってわざと負けて後でとやかく言われるのも面倒臭いし。本当、嫌だ。そんなことを考えて自分のことを快く思っていない第二部特殊部隊の隊員達に絡まれた時のことを思い出して成得は苛々した。
○ ○
調理大会当日早朝、会場となる第三公共訓練場の食堂の調理場に沙依達は実行委員の助力のもと材料の搬入をしていた。大会の勝敗は二百食限定提供で一般投票のみで決められる。米と汁物は実行委員が用意し、おかずも食べ比べセットとして提供されるため、二人が作るのは中皿一つに盛りきれるだけの主菜副菜だけだとはいえ、二百食分の材料というと相当なものだった。
「何を作る気か知らないけど、君の材料は本当にこれだけで良いの?何か足りない物があるんじゃない?」
並べられた材料を眺めていた裕次郎にそう訊かれて沙依は首を傾げながら、これで揃ってると思うんだけどなと呟いた。そんな沙依を見て裕次郎は興味なさげに、君が揃ってるって言うなら揃ってるんでしょと言った。
「この対決までに全然練習してなかったみたいだけど本当に大丈夫なの?君には正蔵沙衣や山邉春李といった料理上手な友達がいるんだから、教えてもらえば良かったのに。」
そう言う裕次郎に沙依は、そんなことしたら元々わたしが料理できないって認めるようなものじゃんと言って難しい顔をした。
「元々この勝負はわたしがちゃんと料理できるって証明するためのものなんだから、沙衣やシュンちゃんに手を貸してもらったら意味が無いんだよ。」
「で?本当にちゃんとできるの?実家じゃ家事禁止されてて、悲惨な軍隊飯作ることで有名な君がまともなものが作れるとは思えないし、もしできないなら素直に認めてもらえないとこれだけの量の食材が全部ゴミになることになるから止めてほしいんだけど。」
そんな裕次郎の言葉を聞いて沙依は少し自信なさげに多分できるから大丈夫と呟いた。
「多分って何?本当に大量の生ゴミ作るのは止めてよ。」
「いや、大丈夫。できる。できるって。できる自信はあるんだけどさ、実際に作るのは初めてだからちょっとだけちゃんとできるか不安なだけで・・・。」
「はぁ?何それ。」
呆れたようにそう呟く裕次郎に沙依は少し考える素振りをして、ユウちゃんはわたしの秘密だいたい知ってるからいいかと言って事情を話し始めた。
「ほら、わたし前世の記憶と自分の未来視でみた記憶を今の記憶と混在して持ってるじゃん。末姫だった頃は甘ったれでさ、姉様から教わり始めてたとはいえ手伝い程度でほとんど何もしてなかったからあれだけど、もう来ることのない未来の方ではさ、この国が一度滅びて国を離れてる間に過ごしてた場所で、修行の一環として家事全般きっちり叩き込まれたから、わたしちゃんとできたんだよ。だから記憶としてはやってた記憶はあるんだけど、実際はしたことがなくてさ。感覚的に言うと、料理するの凄く久しぶりだけど大丈夫かな?って感じかな。」
神妙な顔で声を落としてそう言う沙依に裕次郎は心底呆れたような視線を向けて、よくそれで勝負しようだなんて思えたねと呟いた。
「元来負けず嫌いって事もあるんだけどさ。正直、何て言うかな。もう来るはずがない未来への未練が断ち切れなくて、その記憶を忘れたくなくてしがみついてる感じなのかな。」
困ったような顔をして沙依はそう言った。
「もう出会うことができない友達にさ、遠い未来で言われたんだ。わたしはちゃんと自分のことも解ってない子供だって。自分が何をしたいのか、自分がなにを思っているのか、自分の気持ちから目をそらさないで感情を大切にして、ちゃんと自分の生を生きろって言われた。その人だけじゃない。他にも沢山、もう来ない遠い未来にはもう出会うことができない大切な人たちがいたんだ。それをさ、只の夢だったことにしたくない。もう出会うことができなくても、現実ではなかったことでも、ちゃんと確かにあったことだったって、皆ちゃんといたんだって思ってたい。皆に出会って自分が変わったこと、できるようになったこと、それを今の自分ができるなら、わたしが実体験したように鮮明に視たあの未来が只の夢じゃなくて、ちゃんとした思い出になる気がしてさ。」
そう言って沙依は寂しそうに笑った。
「本当はそんなこと意味が無いことも解ってる。もう来ない未来なんてさ、わたしがいくら何て思おうと只の夢で、他人からしたらわたしの只の妄想だよ。でもさ、解ってても未練ってなかなか抜けないものだね。ナルのこともそう。解ってるんだ。ここにいるナルがもう来ることのない遠い未来でわたしと一緒にいたナルじゃないって。でもさ、今のナルにそれを求めてしまう自分がいて、それを押しつけそうになる自分がいて辛い。ナルも前に進もうとしてるし、わたしもちゃんと現実を見て前に進まなきゃいけないってことも解ってる。ナルにも指摘されちゃったし、このままじゃダメだって解ってる。わたしも頑張らなきゃいけないって解ってるんだけどさ・・・。」
そう言って泣きそうになって沙依は顔を伏せた。
「あのさ、君の視た未来での君とうちの隊長の関係ってさ・・・。」
「恋人だった。わたしが結婚渋ってたせいで未婚だっただけで、子供もいたんだ。」
それを聞いて裕次郎はそれでねと呟いた。
「あの人が誰かと添おうとして子供まで持つなんて、正直僕には想像もつかないけど、君がその未来を視たって言うなら、そういう未来が存在してたんだろうね。」
そう言って裕次郎は優しく笑った。
「君も気づいてるだろ?君の様子が少し変だったから、少し前から僕達の様子が外に漏れないように術式を施しておいたよ。材料の搬入も終わってるし、少しの間なら大丈夫だから、ちょっと休んで気を落ちつかせなよ。」
そう言って裕次郎は沙依から視線を逸らした。
「ある意味でその葛藤は情報収集系の能力を持つ者の宿命みたいなものだよね。僕は忘れるということができないから、記憶にいちいち感情を囚われてたらとても正気を保てない。でも、やっぱり記憶って只の記録として割り切れるものばかりじゃなくてさ。正直きついよ。でも、長く生きてると折り合いの付け方を覚えていくし、嬉しかったこととか楽しかったこととか、そういうことも全部覚えてるからなんとかなってる。君はまだ若いからそれと向き合って消化することが難しいんだろうけど、そのうちちゃんとできるようになるよ。だから焦らなくたっていいし、無理に決別しようとなんてしなくていい。それにさ、あの人なら君が間違った何かを押しつけてしまったとしてもちゃんと受け止めて、正しい方に導いてくれるよ。あの人はそういう人だから。そうやって僕や楓はあの人に助けてもらったんだから。それにもうあの人は大丈夫だから、我慢しないで甘えてみたら?」
そう言う裕次郎に沙依は笑ってありがとうと言った。
「ユウちゃんって何か大人だね。」
「こう見えて、この国で僕より年が上な人は数えるほどしかいない程度には年食ってるからね。あの人のことを父親のように慕ってるって言っておきながら、僕の方が実年齢は上だし。」
そう言っていたずらっぽく笑う裕次郎を見て、沙依は小さく声を立てて笑った。そんな沙依に暖かい眼差しを向けて裕次郎は彼女の頭を優しく撫でた。
「ほら、そろそろ術解くからちゃんとしな。僕もヒマじゃないんだ。あまり君のお守りに時間を割いてる余裕はないからね。」
そう言う裕次郎に沙依はまた笑ってありがとうと言った。
「ユウちゃんは優しいね。」
「優しいのは君が僕らにとって害にならないうちだけだよ。」
「解ってる。」
「なら、僕らの敵にならないように気をつけてね。もしそんな事態になったら僕は君を許さない。」
さっきまでとは打って変わって刺すように冷たい視線を向けてそう言われ、沙依は笑った。
「ナルの場合は脅しだけど、ユウちゃんのそれは本気なんだね。いや、二人とも本気か。ナルのは懇願がユウちゃんのは警告の色が濃いだけで、二人とも意味は同じだね。」
そんな沙依の呟きを聞き流して裕次郎は小さく笑うと、術式を解いて自分の仕事に戻っていった。
「お前、この食材でいったい何作る気だ?」
自分の持ち場から離れてのぞき込んできた隆生にそう問われて、沙依は内緒と答えた。
「内緒でも何でも良いけど、俺の勝ちは決定だな。」
材料を眺めながら隆生にそう言われて、沙依は眉根を寄せ、まだ解んないじゃんと不服そうに呟いた。
「そうだな。俺の料理に余程の何かがあればお前にも勝機があるかもしれないもんな。」
からかうように笑いながら隆生にそう言われ、沙依は不機嫌に顔を顰めた。
「にしても、どっちが何作ったか解らないように勝負が終わるまで俺たちはここから出られないとか、退屈だな。お前の部隊と成得の勝負生で見たかったけどな、残念だ。」
それには沙依も同意した。
「でも、技術開発部隊が発明した映像転送装置で試合の様子を中継してくれるからまだ良いかな。ここにも小型だけどモニター置いてくれるっていうし。ナルのことだから、本気出さないで適当にあしらって適当なところで負けて終わりにするんだろうけどさ、わたしも見たかったな。」
そうぼやく沙依に、案外あいつ今回は本気だすかもよと隆生が言った。疑問符を浮かべる沙依に、あいつ面倒くさいとかなんとか文句言いながら、お前の部隊の訓練観察して研究してたからなと隆生は付け加えた。
「あいつ案外負けず嫌いだよな。実力を全部発揮するかは別として、本気で勝ちには行くつもりなんじゃねーか。」
「単純に場をしらけさせないように盛り上げるためにどうすればいいか考えてたのかもよ。」
そう言う沙依に隆生は、あれはそういう感じじゃなかったと呟いた。
「あいつもそんなこと言ってたし、口調はいつも通りだったけど、あの目はマジだったぞ。あれはマジで一馬まで倒す気でいるんじゃないか?」
「いくらナルでもさすがに一馬はムリでしょ。一馬は一撃一撃が重いだけじゃなくて、あの体格なのに小回りもきくし本当に隙が無いし。子供の頃からあれだけ手合わせしてきてるのに、わたし今でもまだどうやったら一馬に勝てるのか想像すらできないもん。龍籠最強の軍人って謳われてる癖にまだもっと上を目指し続けてるしさ、真正面からの近接肉弾戦で一馬に勝てる人はいないよ。」
そうどこか自慢げに話す沙依を見て隆生は、お前ガキの頃からあんだけボコボコにされて何回も殺されかけてんのによくそんな脳天気に自慢気にしてられるよなと、呆れたように呟いた。
「一馬はあれでちゃんと手加減してるんだよ。医療部隊送りにはするけど、ちゃんと死なない程度、後遺症が残らない程度に調整してるんだよ。一馬と喧嘩や勝負して医療部隊送りになった人はいても、実際死んだ人や後遺症で生活に支障が出たような人は一人もないでしょ?隆生と違って一馬は手加減しても誰にも負けないくらい強いの。もう、本当、あれで戦場に出たら本当に凄いんだよ。本当、一馬かっこいい。」
目をきらきら輝かせながら一馬の自慢をし始める沙依を見て、隆生は、あぁそれであいつあんなに本気になってんのかと納得したように呟いた。その呟きをきいて疑問符を浮かべて見上げてくる沙依を見て、隆生はお前は鈍感だよなと言って笑った。
「お前さ、こないだの引っ越し作業の後、あいつと何もなかったのか?」
隆生にそう問われると沙依は少し表情を陰らせて、何もなかったよと答えた。
「強いて言うならコーエーが迎えに来て、ちょっと言い合い?になって、少しはコーエーの気持ちを考えろってナルに怒られたかな。それで、帰ってコーエーとちゃんと話し合いして仲直りした。」
そう言う沙依を一瞥して隆生は、そろそろ調理始めないと昼に間に合わなくなるし持ち場に戻るわと言って、自分の調理場に戻っていった。
○ ○
「あいつ思ってたよりずっとマジでやってるな。」
調理場に設置されたモニターに流れる序列決定戦の様子を見ながら隆生がそう呟いた。
「ナルは強いだろうなとは思ってたけど、ここまでうちの連中が瞬殺されてく様子見るとなんか複雑だよ。ちょっとあいつら鍛え直さないとかも。でも何て言うか本当に凄い。多分、今やられた連中のほとんどが何が起きたか解らないで終わってるんじゃないかな。術式使わなくてもこれだけ人の意識の隙間を突けるとかさ、認識できても身体が反応できないタイミングを突く技術とか、まさに神業だね。これ、本当、直接見たかったな。今度手合わせしてって言ったらナル相手してくれるかな?」
沙依が画面を真剣な表情で見ながら、あぁ完全に癖読まれてる、だからいつもここ気をつけろって言ってるのに、等と自分の部隊の隊員達のダメだしをしていて、隆生はお前調理の方は大丈夫なのか?と声を掛けた。
「あんまり画面に見入ってると、昼に間に合わなくなるぞ。」
そう言われて、沙依が後は仕上げだけだから大丈夫と言って、隆生に自分の作った物を見せた。それを一つつまんで、隆生がこれ旨いなと呟く。
「お前、本当にちゃんと料理できたんだな。」
しみじみとそう言う隆生に沙依が自慢げに胸を張ってそうでしょと言って、そんな沙依に隆生が、でも俺の勝ちは揺るがないけどなと言って笑った。
「俺も後は仕上げだけだし、暫くのんびり観戦するか。」
そう言いながらもう一つつまもうとする隆生に、沙依が人の料理観戦のつまみにしようとしいないでよ、足りなくなるじゃんと言って怒った。そう言いつつ、沙依がぱっぱと食材の残骸を使って軽くつまめる物を作って差し出してきて、隆生は感心した。
「お前、案外いい奥さんになりそうだな。正直、本当に戦うしか能が無いのかと思ってた。女として終わってるとか言って悪かったな。」
そう言われて沙依は、わたしだってやればできるんだよと呟いて少し感傷に浸った。実際にちゃんと料理をしたことはなかった。でも、ちゃんとできた。今だって、ぱっと思いついて簡単なつまみを普通に作ることができた。そして隆生に言われた台詞が、もう来ない未来でもう出会うことのない友人に言われた台詞と重なって、沙依は少し苦しくなった。
「ねぇ隆生。未練ってさ、どうやったら断ち切れるのかな?」
そう言う沙依に隆生はさぁなと答えた。
「俺はそんな未練とか感じたことないからな。良く解んねーけど時間が解決すんじゃねーか。」
「わたしさ、正直、隆生が羨ましい。隆生はコーリャンなのにコーリャン狩りにあったこともなくて、普通に両親に大切にされて育って、隆生の周りにはいつも沢山人がいてさ。普通に偏見とか差別とかに怒ることができて、理不尽を憎むことができて。わたしができないこといつだって簡単にやっちゃって。わたしが悩んだり苦しんでることなんて隆生からしたら大したことじゃないみたいでさ・・・。」
そう絞り出すように言う沙依を見て隆生は、お前と俺は違うからなと言った。
「何をどう感じるのかは人それぞれだろ。昔から一緒にいるし、ある一定で俺達は年取らなくなるから普段過ごしてる分には年の差なんてあんま感じないけど、俺はお前よりはるかに永く生きてんだよ。そりゃ、お前より年食ってる分、お前にできないこともできるさ。俺にだって色々悩みや葛藤があって、色々乗り越えて今の俺がある。確かに俺はお前等コーリャン狩りにあって逃げ延びてきた連中の苦しみは解んねーけど、それでも俺も全く苦しんでないわけじゃないんだ。いくら俺の生まれた頃には差別がほとんど無くなってたとはいえ、差別や偏見が全く無かったわけでもなくて俺も普通の連中から色々言われたし。同じコーリャンだからこそ、コーリャン狩りから逃げ延びてきた連中から理不尽に恨まれたこともあるし、この国生まれのコーリャンでも差別が酷かった頃に生まれた連中はやっぱり俺みたいな奴を受け入れられない所もあってさ。どう足掻いたって俺はお前等と同じにはなれないからな。どうしてこんなこと言われなきゃいけないんだとか、何で俺がこんな扱いされなきゃいけないんだとか、でもそんな怒りの矛先をどこに持ってっていいのか解らなくてさ、俺も若い頃は本当に苦しんだんだ。」
そう言って隆生は笑った。
「成得の奴がな、言ったんだ。気にすんなって。俺みたいなのが普通になるのが理想だから、悩まず胸張ってろって。俺はコーリャンの希望なんだってさ。俺がガキの頃の話しだ。あいつは俺にそんなこと言ったの覚えて無いだろうけど、それでも俺はあいつの言葉に救われた。だから、俺もお前等みたいな奴らが理不尽に誰かを恨まなくても良いようにできたらなと思ってな。表だって差別は悪いだとか差別を無くせとかは言わねーけど、お前等みたいなのが普通に皆と一緒に笑って一緒に生きていけるようにできたらなとは思ってきた。」
「だから隆生はわたしに声を掛けてくれたの?」
「お前は余りにも浮いてたからな。」
「今もずっと友達でいてくれるのも?」
「それは別だ。最初に声を掛けたのはそうでも、その後友達になってこうして今でもつるんでるのは、お前といるのが楽しいからだろ。俺はお前と手合わせするのも、甘味処でだらだら過ごすのも結構好きだぞ?そもそも友達なんてそんな深く考えてなるもんでも続けるもんでもないだろ。全く、お前も成得も余計なこと考えすぎなんだよ。もっと気楽にいけ。俺はそんなごちゃごちゃ考えて生きちゃいねーよ。ただ自分がどうしたいか、どうしてるのが楽かそれだけだ。考えても栓のないことを考えるのはガキの頃でやめたんだ。人生なるようにしかならない。なら、好きなようにするに超したことはない。だろ?」
そう言われて沙依は少し考え込むような素振りを見せた。
「隆生。ありがとう。わたしも隆生と遊ぶの好き。子供の頃、訓練場で隆生が声を掛けてくれて、それからずっと隆生の休日の過ごし方がわたしの休日の過ごし方になってたけど。それしか休日の過ごし方が解らなかったのもあるけど。わたし、それが好きだったから続けてたんだと思う。隆生のおかげで訓練所で知り合いもできて、隆生がいなくても他の人と手合わせしたりとかできて、甘味処の女将さんにもよくしてもらって、気にかけてもらって。そういうの全部、隆生のおかげなんだって思う。わたし、ずっと隆生に助けてもらってたんだね。」
そう言って笑う沙依に、隆生は別に俺は助けてなんかいねーよと言った。
「お、勝負が終局になったぞ。」
隆生の声に促されて画面に視線を向けると、成得と一馬が向き合っていた。
「とうとうナル、一馬まで辿り着いちゃったね。」
「この勝負見たいとこだが、俺たちもそろそろ仕上げしないとこれが終わったら客がこっちに流れてくるぞ。」
隆生にそう促されて沙依も自分の調理場に戻った。調理の仕上げをしていると画面の中から歓声が聞こえてきて勝負が付いたことが伝わってくる。
「あいつ、マジで一馬倒しやがった。」
驚嘆した隆生の呟きが聞こえてきて、沙依も驚いた。
「嘘。ナル、一馬に勝ったの?」
そう言いながら見上げた画面に地面に倒れた一馬と立っている成得の姿が映っていて、沙依は息を呑んだ。あの一馬が負けるなんて、何が起きたんだろ?一馬に限ってわざと負けるなんてありえないし、こういう勝負でナルがズルするなんて事もありえない。沙依がそう思った時、画面の中で怒声が上がって、第二部特殊部隊の隊員達が成得にくってかかる姿が映った。その瞬間、一馬の怒声が響く。
「俺の負けだ。お前等がとやかく言うんじゃねぇ。」
そう言って立ち上がった一馬が成得に手を差し出す。
「お前もこんなにマジになれるんだな。」
そう言う一馬の手を取って成得がいつもの薄ら笑いを浮かべた。
「お前等倒すためだけに特化して用意した戦法だから、今後の訓練の参考にでもしろ。いくら研究して作戦立ててたとはいえ、勝ち抜き戦で最後がお前とか、まじでしんどかった。もう二度とこんな勝負しないからな。そもそも俺は戦闘要員じゃないんだよ。こんなん俺の領分じゃないから。」
そう言ってその場に座り込む成得に一馬が、うちの連中が悪かったな後でしめとくと言って笑った。
そんな二人の様子を画面越しに見て、沙依は胸をなで下ろした。
「ナルの評判が悪いのは知ってたけど、まさかあいつらあそこで暴動起こしかけるとか。まぁ、一馬がしめるって言ってるし任せておけばいいか。」
そうぼやく沙依を横目に隆生が、ほらとっとと完成させないと間に合わなくなるぞと声を掛けてきて、沙依は慌てて作業に戻った。
○ ○
「ほら、俺の言った通り俺の勝ちだったろ。」
投票結果を前にしてうなだれる沙依に隆生がそう声を掛けた。
「どうして?わたし頑張ったのに。この票差おかしい。」
「いや、俺的には思ったよりお前に票入ってるけどな。正直、俺の圧勝だと思ってた。」
そう言う隆生に沙依が心底解らないと言った顔でどうして?と訪ねた。
「だってお前の料理、肉入ってないじゃん。ここ訓練所の食堂な。んでもって、序列決定戦なんて男臭い勝負観戦して流れてくる客層がどんなんか想像付くだろ?だいたいが普段からここ利用してるような、軍人男だぞ。あいつら、味より量だから。んでもって主食は肉だから。肉がないとか論外だからな。」
本当に解ってなかったのか?と呆れたように隆生に言われて沙依は頭を抑えた。
「お前、なんで勝負飯に精進料理なんて作ってんだよ。お前、別に菜食主義者じゃねーだろ。」
そう言われて沙依は言葉を詰まらせた。だって、自信持って作れる料理が精進料理しかなかったから、なんて言ったらどんな突っ込みが入るか解らない。
「あー、やっぱり隆生が勝ったか。」
そんな声がして声の方を向くと成得が立っていた。
「お疲れ様。」
「お前、一馬に勝つとかすげーな。何したんだよ?」
それぞれにそう声を掛けられて成得は、別に何もしてないと言って座り込んだ。
「まじで疲れた。こんなこと本当にもうしない。」
そうぼやく成得に隆生がなんであんなにマジに勝負してたんだ?と訪ねた。
「ちょっと前に第二部特殊部隊の連中に喧嘩売られたけど適当に受け流したから、手抜いて負けたらなんか因縁つけられんじゃないかと思ってさ。一馬に関しては倒せるかどうか正直賭けだったけどなんとかなったな。そのせいで違う因縁つけられたけど、一馬がしめるって言ってたし、俺的には満足。これで一馬が味方に付いたから、あいつらもう俺に余計な因縁突けて絡んでこないだろ。この件でこれ以上俺にいちゃもんつけてきたら、一馬と沙依に説教食らうだけだからな。」
そう言いながら成得は沙依を見た。そして、何かを言おうとして、横にいる隆生の存在を認識して言葉を飲み込んで、別の言葉を口にした。
「あのさ、この勝負で負けた方が勝った方の言うこと一つきくとか言ってたけど。隆生、お前、沙依に何させる気だ?」
そう話しをふられて隆生はそうだなと言ってにやっと笑った。
「今度、一緒に人間社会に偵察に行くだろ?その時、俺の妻役でもしてもらうか。新婚旅行で観光にきた体にすれば、人間の観光地を二人でふらふらしててもおかしくないしな。」
その隆生の発言を聞いて成得は反射的にダメと言っていた。
「お前、またそういう軽いノリでさ。ダメだから。フリでも夫婦とかダメだからね。恋人役もダメだから。」
「お前は沙依の保護者かよ。なんか問題でもあるのか?」
隆生にそう言われて成得は言葉を詰まらせた。
「別にわたしは隆生と夫婦のフリするのいいよ。設定が夫婦ってだけで、別に特別何かする必要は無いんでしょ?」
そんな沙依の言葉を聞いて成得は固まった。
「いや、刀置いてちゃんと女らしい格好してこいよ。人間社会の女で、そんな格好して腰から刀さげてる奴いないから。あと、ちゃんと化粧してこい。」
そう言われて沙依は少し考えて解ったと答えた。そんな沙依を見て、隆生は成得に視線を向けた。
「本人が了承してんだから別に良いだろ?」
そう言う隆生は存外に真剣な目をしていて、成得は視線を逸らした。そんな成得を見て隆生は何か考えるように視線を浮かせて、面倒くさそうに頭を掻いて、俺は先に帰らせてもらうわ、じゃあまたなと言ってその場を去って行った。
完全に隆生の姿が見えなくなって、成得は沙依に視線を向けた。
「お前さ、隆生と夫婦するのフリとはいえ嫌じゃないの?」
そう言われて沙依は、困ったような顔で嫌じゃないよと答えた。
「隆生となら自然体でいられる気がするし。余計なこと考えずにすみそうだし。それにフリだし、何かするわけじゃないし。多分いつも通りでいれば良いだけだからさ。」
その答えを聞いて成得は暫く黙り込んだ。
「ちょっと無神経なとこあるけど、あいつは良い奴だしな。お前等ずっと昔から付き合ってないのが不思議なくらい自然に一緒にいたし。本当にあいつとそういう関係になるって選択肢も悪くないんじゃないか?」
成得のその言葉を聞いて沙依は、一瞬目を見開いて、泣きそうな顔で笑いながらそうだねと言った。
「あのさ、ナル。ナルはなんでさっき隆生と夫婦や恋人のフリするのダメって言ったの?」
そう訊かれて成得は小さく笑った。
「隆生の言うとおりお前の保護者気分だったからかもな。次郎の時の記憶に引っ張られてるんだよ。ほら、次郎は末姫のこと溺愛してたから。嫁に行かせたくないとか思ってたし、ついさ。」
その言葉を聞いて沙依は下を向いてぐっと拳を握った。
「ナル、わたしはさ。わたしは・・・。」
そう言って沙依は成得の胸に額をつけた。
「ナルはわたしのことやっぱり妹だと思ってるの?」
沙依のその問いに成得は彼女から視線を逸らして、そうだな、と答えた。それを聞いた沙依は一瞬固まって、成得から離れて彼に笑顔を向けた。
「次兄様、大好き。」
そう言って沙依は、わたしも帰るねと言って踵を返した。そんな沙依の後ろ姿を見送って成得はその場にしゃがみ込むと頭を抱えた。
「俺、何やってんだろ。何で今あんなこと言ったの。」
そうぼやいて成得は。くそっと吐き捨てた。結局、ちゃんと自分の気持ちを伝えることができなかった。それどころか他の男の所に行くように促すようなこと言って、本当なにしてんだよ。そう心の中で悪態を吐いて成得は胸が苦しくなった。結局怖いのだ。自分が人から良く思われていないことも、恨まれていることも解ってるから。自分と一緒になったって良い事なんてないと思ってるから。自分と一緒になるよりも、きっと他の奴と一緒になった方が幸せになれる。自分のせいで彼女を傷つけたくない。いや、結局自分が傷つきたくない。自分が傷つくのが怖いだけなんだ。だから踏み出せない。そのくせ彼女を失うのも嫌だとか、俺はどんだけだよ。あいつの気持ち踏みにじるようなことして、傷つけて、そのくせそれでも傍にいて欲しいとか、バカじゃねーの。
「さすがにこんだけしたらあいつも今度こそ俺のこと諦めるかな。あいつ今、俺に次兄様大好きって言ってたもんな。つまり、それって俺のこと男として見るのやめるってことだろ。俺とどうこうなろうとするの諦めるってことだろ。」
そうぼやいて成得は自分の膝に顔を埋めた。
○ ○
「隆生、何か凄く見られてる気がするんだけど、わたし変な格好してる?一応、シュンちゃんに見てもらったから大丈夫だと思うんだけど。普段こんな格好しないからやっぱ自信なくてさ。それとも格好じゃなくて何かおかしいことしてる?」
落ち着かない様子でそう言う沙依に隆生はしれっとお前が美人だから見られてんだろと言った。
「お前、自覚無いみたいだけど結構な美人だからな。そりゃ皆振り向きもするさ。」
そう言いながら隆生は通りがかった簪屋をのぞき込んだ。
「お前、今日は髪下ろしてるけど、せっかくめかしこんでるんだからこういうのしたらどうだ?」
そんなことを言いながら隆生がどれか買ってやろうか?なんて言ってきて、沙依はいいよと断った。そう言いつつ並んでいる簪を眺めてその彩りの鮮やかさや、細工の繊細さに目を奪われる。
「何だ、断っといてやっぱり欲しいのか?」
そうからかうように言われて沙依はそうじゃないけどと呟いた。
「こういうのシュンちゃん好きそうだなって思って。シュンちゃんこういうの見るのも好きだし、本当はつけたいのに、愁也に昔からかわれたせいでおめかしするのが怖くなっちゃってできなくなったって。もったいないよね。こういうのとかシュンちゃん似合いそう。」
そう言って沙依が手に取った簪を見て、隆生は春李ならこっちの色だなと言って沙依が持っていた簪と同じ形の色違いの簪をとった。
「それも悪くないが、あいつ見た目が幼いの気にしてるだろ?その色だと幼さが際立つから、こういう色の方が大人びてていいんじゃないか。それにこれくらい濃い色の方があいつの髪に良く映える。で、お前にはこっちだな。」
そう言って隆生は同じ簪の色違いをとって、店主に声を掛けると二つとも購入し、沙依に包みを渡した。包みを受け取って疑問符を浮かべる彼女に隆生は、春李への土産にしてやれと言った。
「どうしてわたしにも?」
「お前とおそろいだって言って、お前が一緒につけようって言えばあいつもつけやすいだろ。あくまでお前からの土産だからな。俺が買ったって言うなよ。俺が買ったって言ったらあいつ絶対つけないから。」
そう言われて沙依はなるほどと呟いて、隆生に満面の笑みを浮かべてお礼を言った。
「さて、何するか?あっちになんか芝居小屋があったから観劇でもするか?あと向こうでなんか芸もやってたな。あとは、甘味の食べ歩きは欠かせないよな。適当に見て回りながら色々買い込んで、持ち込みできる茶屋でのんびり食べるか。」
そんなことを言う隆生に沙依は任せると言って、二人は色々と見て回りながら、娯楽の参考になりそうな物や甘味を買い込んで歩いた。暫くそうやって観光してがら、茶屋に入って休憩にした。
「ねぇ、隆生。何でこのお茶屋さん布団がひいてあるの?」
適当に甘味を食べながら沙依が部屋の奥に敷いてある布団を眺めて不思議そうに呟いた。
「店員さんとも顔合わせないし、お茶もご自由にお飲みください形式だし、持ち込み可というか、持ち込み以外で食べ物注文できないし、変なお茶屋さんだね。」
そう本当に不思議そうに言う沙依に、隆生は何でも無いことのように、ここはそういうことする場所だからなと言った。
「そういうこと?」
「密会所って事だ。お前少しは事前学習して来いよ。一応、仕事だろ?」
そう言われて沙依はごめんと小さく謝った。
「人と顔合わせないですむから、人に聞かれたくない話ししたり、重要な話し合いするときにも使われてるらしいぞ。」
「で、隆生はわたしと何か話がしたいから店先で食べるんじゃなくて持ち帰りにしてここに連れてきたんだ?」
そう言う沙依に隆生はそうだなと呟いた。
「外より、ここの方がお前も話しやすいだろ。ここなら知り合いに見られることも聞かれることも無いし、他人のことも気にしないですむ。」
そう言って隆生は少し間を置いてから、お前の好きな奴って成得だろ、と言った。それを聞いて沙依が固まる。
「最近のお前は本当に感情豊かになって普通のガキみたいだけど、あいつの前だと感情押し殺してるだろ。昔と違って普通に笑ったり何だりしてるけどさ、俺はお前がガキの頃から一緒にいるし、お前のことはずっと気にかけてきたからな、流石に気づく。」
そう言いながら向けられた視線が存外に真剣で、沙依は目を逸らした。
「本当、お前等似てるし面倒臭いな。どうせお前等両思いなんだから、良く解らない遠回りしてないでくっついちまえよ。あいつは本当へたれだからあいつからの告白なんか待ってても関係は変わらないぞ。お前が告白した方が早い。」
そう言われて沙依は深く俯いた。
「ここんとこお前様子変だし、よく解んねーことやたら聞いてくるし、思い詰めてんだろ。告白ってのが存外勇気のいるものらしいってことは知ってるけどさ、無駄に気持ち押し殺して我慢しててもいいことないと思うぞ。」
どうでもよさそうにそう言うと隆生は甘味を口にしながら、深く俯いたままの沙依を眺めていた。
「フラれたんだ。」
暫くたって絞り出されたその言葉に隆生は眉根を寄せた。
「わたし、ナルにフラれたんだよ。わたし、もうナルに告白してる。ナルのこと男の人として好きだって、わたしナルに伝えたんだ。ナルが辛いの解ってるから、ナルのこと楽にしてあげたいって思うし、ナルが楽になれるなら、わたしナルがして欲しいこと何だってするってナルに言った。ナルが特定の人作らない主義なの知ってるし、昔色々あったから人と一定以上友好関係築くのが怖いって解ってる。だから、わたしのこういう気持ちを押しつけられるのが迷惑だって、わたしの想いはナルの負担にしかならないって解ってた。だから恋人になりたいとかは言わないって、でも、わたしナルのこと嫌いになれないし、これ以上の距離はあけられないって、わたしナルに言ったんだ。わたしが想いを伝えた時はさ、ナルわたしのこと避けてたし、わたしに嫌われようとしてたから。」
そう言って沙依は泣きそうな顔で隆生を見た。
「この間、ナルの引っ越し手伝った後さ。隆生が帰った後、ナルに俺の都合の良い女になろうとするなって言われた。俺はもう大丈夫だからって。ナルもさ、いろんな事と向き合って前に進もうとしてるって解る。でも、なんかな、わたしのこと、もうナルは頼らないようにしようって決めたのかなって思って、ナルにはもうわたしは必要ないのかなって思って、わたし苦しくなった。」
そう言うと少し間を置いて沙依は次の言葉を口にした。
「隆生と調理対決したあの日、ナルに言われた。隆生と本当に一緒になる選択肢も悪くないんじゃないかって。隆生は良い奴だし、昔からわたしと隆生、自然に一緒にいたからってさ。わたし訊いたんだ。ナルはわたしのこと妹だと思ってるの?って。ナル、そうだなって言ってた。わたしへの行動はさ、次兄様だったときの記憶に引っ張られてるんだって。次兄様はわたしのこと溺愛してたから、嫁にやりたくないとか思ってたから、だからわたしにもついそういうあつかいしちゃうんだって。わたしはさ、わたしはナルのこと好きだよ。次兄様じゃなくてナルが好き。ナルのことが男の人として好き。でも、ナルはわたしのこと女の人としてじゃなくてさ、妹として好きなんだよ。だから、どうしようもないじゃん。わたしがどんな想いでいたってさ、どうしようもないじゃん。」
そう言葉にして沙依はポロポロと涙を流した。
「解んないよ。どうしようもないって解ってる。ナルはわたしの気持ちに応える気がないって解ってる。自分がフラれたって解ってる。だからさ、諦めなきゃいけないって解ってる。でもさ、でも、どうしたら良いのか解らないよ。ナルにどう接すれば良いのか解らない。どんな顔で会えばいいのかもさ。だって、わたし、まだ諦め切れてないんだ。ナルの傍にいたいって気持ちに諦めがつかないんだ。ナルに傍にいて欲しいって、わたしのこと好きになって欲しいって、ナルのこと助けてあげたいし、わたしのこと受け止めて欲しいって、まだわたし思っちゃうんだ。ナルと特別な関係になりたいって、わたしまだ思っちゃうんだよ・・・。」
そうやって言葉を溢れ出しながら、沙依はしゃくり上げ、泣き続けた。どんどん言葉は言葉として形をなさなくなり、次第に泣き声の方が大きくなり、沙依は子供のように泣きじゃくっていた。そんな彼女の様子を見て隆生は声を掛けることもなく、そのまま気が済むまで泣かせておいた。そして、彼女の泣き声を聞きながら不機嫌そうに顔を顰めながら遠くに視線を向けていた。
暫くして泣き止むと、沙依は本当に申し訳なさそうに隆生に謝った。
「隆生、何か怒ってる?」
隆生の顔色をうかがうようにそう言う沙依に、隆生は別にお前には怒ってないから安心しろと答えた。
「ほら、水饅頭、最後の一個やるから食っちまえ。お前、好きだろ?」
そうやって水饅頭を差し出されて、沙依は小さくありがとうと言って、それを口にした。涙の後が残る顔で、まだどこか元気なさげに、それでも顔をほころばせておいしいと呟く沙依を見て、隆生は小さく笑った。
「お前さ、あいつに気なんて遣ってやらなくてもいいぞ。都合の良い女しようとすんなって言われたんだろ?なら、あいつの都合なんて無視しちまえ。あいつにとって迷惑だろうが、負担だろうが、お前のその感情全部ぶつけちまえよ。その方がすっきりするぞきっと。」
そう言いながら隆生は次々と沙依に甘味を渡していった。
「ちょっ、隆生。これ、隆生が食べるために買ったんじゃなかったの?ってか、こんなに食べれないから。」
そう言いながらも、自分が欲しいものだけ遠慮なくとっていく沙依を見て、隆生は声を立てて笑った。
「お前はまだガキなんだから、そうやって好きなようにしてりゃいいよ。お前にはその方が似合ってる。」
そう言われて沙依は不機嫌そうにわたしとっくに成人してるんだけどと呟いた。
「そういうとこがガキだって言うんだよ。」
そう言って隆生はからかうように笑った。笑われて不服そうに顔を顰めながらも何も言い返さず、ふて腐れたように甘味を口にして、その瞬間、本当に幸せそうに顔をほころばす沙依を見て、隆生は、昔から甘味食ってる時はお前いい顔するよなと呟いた。
「落ち着いたら、もう少し遊んで帰るか。」
そう声を掛けられて、沙依はうんと答えた。
○ ○
隆生と沙依が龍籠に戻ってくると、門を入ってすぐの所で成得に会った。成得に、お前等今帰ったのか?なんて声を掛けられて、隆生は沙依に荷物を預けると、成得に近づいていった。そして彼の胸ぐらを掴むと思いっきり頭突きを食らわして、腹を殴った。それを見て唖然とする沙依と対照的に、隆生は本当に清々したという様子であぁスッキリしたと声に出した。
「お前の顔見たら苛々したけど、これでちょっと鬱憤晴れたわ。ついでにもう少し殴られとくか?どうして俺に殴られたか心当たりはあるんだろ?面倒くさいから昔みたいに説教はしねーぞ。それとお前さ、おとなしく殴られるとか人つかって自分に罰与えるの止めろよ、本当に面倒臭い。マジでうざい。本当、一回死んでこい。」
そんなことを言いながら隆生は沙依が持っていた荷物をとると、あいつ家に送って手当してやれと彼女に言った。
「俺はこれ持って報告書上げてくるから、そいつのことは任せたぞ。」
そう言って去って行く隆生の後ろ姿を見送って、沙依は成得の方に視線を落とした。
「ナル、大丈夫?」
そう沙依が声を掛けると、地面に倒れていたままでいた成得が身体を起こして、大丈夫と答えた。そして成得は地面に座ったまま暫く地面を見つめていた。そんな彼の様子を見て沙依がまた、大丈夫?と声を掛ける。
「家に行こう。殴られたとこ、ちゃんと見てあげる。」
沙依にそう声を掛けられて、成得は彼女に促されるまま立ち上がり、自宅へと向かった。
「沙依。あのさ。」
「何?」
「色々、ごめん。」
「ナルが謝ること、何もないと思う。」
沙依にそう言われて、成得はまた黙り込んだ。お互い何をどう話せばいいのかわからないままただ連れだって歩いて、そして気が付けば成得の自宅に着いていた。
成得は促されるまま上着を脱いで、おとなしく手当をされていた。黙々と手当する沙依を眺めながら成得は物思いにふけていた。彼女の所作の一つ一つが愛おしいと思う。目に映る彼女の全てが愛おしいと思う。彼女に触れられて、彼女に触れたいと思う。
「ナル?」
戸惑った様子で沙依が成得を呼んだ。
「沙依。好きだ。」
成得は沙依を抱きしめていた。彼女の手を取って、彼女を引き寄せて、自分の腕の中に彼女を収めていた。
「今更だって解ってる。今更何言ってんだって。お前の気持ち解ってたくせにさ、お前の気持ちを踏みにじるようなことして、お前のこと傷つけて、苦しめて。それで、お前が俺のこと諦めることにしたって解ってる。解ってるけど、俺はさ、俺は、お前に傍にいて欲しいんだ。俺の傍にいて欲しい。他の誰かの所なんかに行って欲しくない。俺は、お前のことが好きなんだ。」
そう言って成得はごめんと呟いた。それを聞いて沙依は固まっていた。しばらくそのままでいて、沙依の目からすっと涙が流れた。
「ナル、わたし。わたし・・・。」
うまく言葉が出てこなくて沙依は成得の胸に顔を埋めた。
「わたしさ、ナルのこと諦めなくてもいいってこと?」
沙依が絞り出したその言葉に成得は、まだ諦めないでいてくれるのか?と問い返し、そして、彼女をそっと引き離してその顔を覗き込んだ。
「腹決めたつもりでもさ、結局自分が傷つくのが怖くて、俺、お前にあんだけ酷いことしたのにさ。お前はまだ俺のこと諦めないでいてくれたの?」
そう問われて沙依は、諦めようと思ったけど諦められなかったんだと答えた。
「わたし、わたしさ。わたしの傍にいてくれる人はナルがいいって、ナルじゃないと嫌だって思うから。」
そう言って沙依は少し困ったように笑った。
「ナル、前、わたしにどうして急にわたしがナルのこと男の人として意識したのか訊いたよね。わたしに惚れられるようなことした覚えないって。わたしね、最初はただ未来の記憶に引っ張られてただけなんだよ。もう来ることのない遠い未来でわたしナルと恋人だった。ナルと一緒にいるのは本当に幸せで、わたしは本当にナルのことが大好きだった。だから最初はナルの事が好きというより、その幸せへの未練でナルに執着してただけなんだよ。だから、今のナルと混合しちゃいけないなって思ってたけど、結局どうしようもなく困ったときにさ、わたしナルの事頼りに行っちゃった。今のナルは遠い未来で恋人だったナルとは違うから、わたしの個人的なことに手を貸してくれるとか思ってなかったのに、助けてくれるとか思ってなかったのに、優しくしてくれるなんてありえないって思ってたのにさ。ナル、わたしのこと助けてくれるんだもん。わたしの不安を受け止めて、わたしの罪を一緒に背負ってくれるって、わたしのこと抱きしめて大丈夫だって頭撫でてさ、優しくしてくれるんだもん。だから、遠い未来への未練がさ、断ち切れるどころか膨らむばっかだった。やっぱナルはナルだなって。でもさ、でもやっぱ違うから。わたしがもう末姫じゃないように、ナルがもう次兄様じゃないように、今のナルとわたしが実体験してきたように視てた未来のナルは違う人だから、重ねちゃダメだって。同じように接して欲しいなんてわがままで、それを求めるなんてダメだって。ダメって思えば思うほど、ナルの事ばっか考えてて、ナルへの気持ちが膨らんでいって、どうしようもなくなった。」
そう言って沙依は成得の頬をそっと撫でた。
「ナルが人を避けるの止めるようになって、友達みたいに一緒にいてさ、そうやって近くにいたらさ、余計ダメだったよ。ナルへの好きな気持ちが膨らむばっかで辛かった。やっぱり未来のナルと今のナルは違うなって思ったけど、でも、ナルへの好きな気持ちは変わらなかった。ナルがわたしに甘えてきてくれて嬉しかった。嬉しかったけど、でもそうやって傍にいたらさ、もっとナルに触れたいなって、こうやってぎゅってするだけじゃなくてさ、もっとナルとって色々欲が出てきちゃって。でもそれはダメだなって思ったから、それ以上はダメだって思ってたから、苦しかった。苦しかったけど、少しでもナルと触れてたくてさ。わたし。ナルの事、本当に心配してたよ。本当にナルを楽にしてあげたいなって思ってた。でもさ、ちょっとだけ、ナルの辛いに寄り添えばナルがわたしに甘えてきてくれるから、ナルが必要としてくれるから、ナルはわたしをぎゅってしてくるから、わたしナルに声を掛けてたところもあるんだ。わたし、自分勝手で悪い奴なんだよ。ナルの辛いも苦しいも解ってて、ナルの不安も怖いも解ってて、それでもわたしは自分の欲が抑えられなかったんだから。それで、そのくせ、ナルのちょっとした言動にショック受けてさ。本当、自分勝手でどうしようもないなって。解ってるのに、抑えられないって、どうしたらいいんだろうって。解らなくてさ。ごめんね。」
そう言って困ったように笑う沙依を見て成得は自分の頬に置かれた彼女の手を取って、笑った。
「お前さ、それ・・・。」
そう呟いて、成得はその先を飲み込んで、沙依にそっと口づけをし、彼女をぎゅっと抱きしめた。
「沙依。ごめんな。本当にごめん。本当は俺はずっとお前が好きだったんだ。きっとお前が俺を好きになってくれるよりずっと前から、俺はお前が好きだった。でも、認められなかった。俺は自分が傷つくのが怖くて、ずっと自分を守ってただけなんだ。そのくせお前のことを諦められなくて、離れられなかった。関わらなきゃいいのに、お前にいつだってちょっかい出してた。」
そう言って少しの間黙り込んで成得は沙依の髪を指で梳いた。
「お前や隆生が余りにも普通に俺を受け入れてくれるから、最近、俺は自分がどんな奴か忘れかけてたんだ。でもな、俺は結局俺だった。お前の部下にお前に関わるなって絡まれてさ、俺、ほっとけって苛ついたけど。でもな、あいつらが言ってることも最もだって思ったんだ。お前は俺が手を出していいような女じゃないって。そう思ったけど、でも、お前を諦めるなんてできなかった。だけど怖くなったんだ。お前を自分の人生にこれ以上巻き込むことが怖くなった。その少し前まで俺さ、お前に告白しようと思ってたんだ。お前に好きだって、傍にいて欲しいって伝えようと思ってた。お前が俺に負担かけないように気を遣ってるって感じてたから、そうじゃなくて、もう我慢しないで素直にして欲しいって。俺のこと気にかけて我慢するんじゃなくてさ、お前も素直に俺に甘えて欲しいって。お前と対等な立場でお互い想い合える関係になりたいって、そう伝えたかったんだ。でも、それを伝えきる前に高英にじゃまされて、ちゃんと伝えられないままお前の部下に絡まれて、苛ついて、怖くなって。自分の感情の持ってく場所が解らなくなって。何か良く解らないうちにうちの連中の悪ノリでお前の部隊の連中相手に序列決定戦やらされる羽目になってさ。それを苛立ちぶつける場所にした。あいつらが自分達全員倒せたら認めてやるとか言うから、ならやってやるってさ。本当に一馬まで倒せるとか思ってなかったけど、本気で一馬まで倒す気で研究して訓練して本番に備えてたんだ。本当に全員倒せたのは、序列決定戦の勝利判定の基準が武器で頭部か胴体に攻撃当てればいいってだけだったからなんとかなった感じだけどな。あとちょっとだけ、昔からお前のヒーローは一馬だったからさ、一回だけで良いからあいつに勝ってあいつからお前のヒーローの座奪ってみたいなとかも思ってた。それで、柄にもなく俺は本気出したんだ。」
愛おしそうに沙依の髪を撫でながら、成得は思いつくままに言葉を紡いでいた。
「沙依、好きだ。俺はお前が好きだ。お前が他の男にとられるなんて本当は耐えられない。そのくせあんなこと言って、本当ごめん。嘘だから。お前のこと妹だと思ってるとか嘘だから。俺はお前のこと妹だなんて思ったことはない。それに、あんなこと言っときながら、お前等が出掛けてる間に本当に良い感じになって付き合うことにしたらどうしようって、気が気じゃなかった。それ以前にこんなめかしこんで綺麗にしちゃってさ、お前が隆生と新婚夫婦のふりして仲良く観光してるとか、お前等が付き合わなくったって、そんだけで嫉妬で気が狂いそうだった。それで、じっとしてられなくて、あんな所でお前達のこと待ち構えてた。できるだけお前等が二人でいる時間短くしたくてさ。」
好きだ、沙依。そう言って成得はまた沙依に口づけをした。
「もう無理。ごめん。俺、自分を抑えておけない。お前さ、俺と一緒になったって苦労するだけだぞ。俺、お前に辛い思い沢山させるぞ。でも、もう今更やっぱ止めたって言ったって遅いから。もう俺はお前を手放せないから。お前が嫌だって言っても、もうさ、俺はお前を離さないから。だから、ずっと俺の傍にいて。」
そう言う成得の言葉を聞いて沙依は小さく笑った。
「それじゃさ、強制してるんだかお願いしてるんだか解らないよ。」
そう言うと沙依は成得に口づけをした。
「わたしはナルが好き。言ったでしょ?ナルの背中の物をわたしも一緒に背負わせてって。わたし、ナルだけに辛い思いはさせないよ。ナルもわたしだけに辛い思いさせないって信じてる。ナルはそういう人だって信じてる。ナル、不安ならさ、結婚しよ。唯の儀で縛られれば何があったって本当に死が二人を分かつまでわたし達は離れられない。ナルの辛いも苦しいも、嬉しいも楽しいも全部わたしのもの。わたしの全部もナルのもの。お互いの想いも全部通じ合って、離れてたってずっと傍にいられるから。」
そう言う沙依に真っ直ぐ見つめられて、成得は笑った。
「お前さ、嬉しいけど、それはちょっと急ぎすぎだろ。そんな急展開、高英の奴がついてこれないぞ。まずは恋人から少しずつさ。少しずつお互いに寄り添って、準備して、こんな勢い任せじゃなくて、ちゃんと段階踏んで俺と家族になってよ。俺と生涯を共にしても後悔しないって自信がついたら、そしたら俺のとこに嫁に来て。俺もお前がそう思えるように努力するから。俺にもさ、お前と一生一緒にやっていく自信が持てるようになるまでの猶予を頂戴。」
そう言って成得は本当に愛おしそうに沙依の頬を撫でて、彼女に好きだと伝えて口づけをした。何度も唇を重ね、何度もお互いに好きだと伝え合って、二人は互いの想いを確かめ合った。
○ ○
「春李いるか?」
隆生が山邉家を訪ね声を掛けると、中から怪訝そうに顔を顰めて春李が出てきた。
「隆生がわたしに用でわざわざ家に来るなんて珍しいね。どうかしたの?」
そう問われて隆生は春李に包みを渡した。それを受け取って更に怪訝そうな顔をする春李に隆生は、今更だけどこないだ出掛けたときの土産だと言った。
「沙依からならともかくなんで隆生がわたしにお土産くれるの?わたし達そんなに仲が良い訳でもないのに、意味が解らないんだけど。」
そう言いながらお土産を返そうとしてくる春李に隆生は、沙依からだから受け取ってくれと言った。
「沙依がお前への土産に自分とお前とでお揃いで簪を買ったんだけどな。あいつも色々バタバタしてたから渡しそびれてたらしくて、ずっと持ってたみたいでさ。この前それを見つけた成得が俺があいつに買ってやった物だと勘違いして、他の男からの貰い物とかムリだから、絶対つけさせないし持ってるだけでも嫌だからとか言ってきて、押しつけてきたんだよ。俺がこんなもん持っててもしょうがないし、元々お前に渡されるはずのもんだったんだからお前がもらってくれ。」
そう言って隆生は春李の持つ包みから簪を出して交互に彼女の髪にあてると、どっちも似合うなと言って笑った。
「両方とも似合うからお前が両方使えよ。せっかく綺麗な髪してんだし、何もしないで遊ばせとくのもったいないぞ。」
そう言いながら簪を渡されて春李はなんとも言えない顔で隆生を見上げた。
「そのくそ短くしてる前髪も伸ばして、適当に後ろでひとつに纏めてる髪あげてこういうので留めてみたらどうだ?元々沙依よりお前の方が断然大人びてるし、それだけで結構良い女になる気がするけどな。まぁ、お前が使わないって言うなら誰か欲しい奴にでもやってくれ。それをどうするかはお前に任せる。」
隆生にさらっとそう言われて春李は彼から視線を逸らし、今ちょっとだけあんたがモテる理由が解った気がする、と小さな声で呟いた。聞き取れず聞き返す隆生に、なんでもないと伝え、春李は話しを逸らした。
「それにしても沙依が成得なんかと一緒になるなんて、わたし信じられない。最近はなんか仲良くしてたみたいだけど、どうしてよりによってあんなろくでなしを選ぶのよ。小さい頃から胸とかお尻触られて、昔は仕事以外で遭遇したくないとか言って避けてたくらい嫌がってたのに。そんな奴と友達付き合い始めただけでも驚きだったのに、最終的に結婚とか、本当信じられない。」
本当に不機嫌そうにそうぼやく春李に隆生は、もう一緒になっちまったんだから祝ってやれよと言って笑った。
「あいつらどっからどうみてもお互い好き合ってたし、一緒になるのは別に驚きゃしなかったけど、流石にこの急展開は予想外だったな。人間じゃあるまいしデキ婚ってさ。お互いが望まなきゃ子供なんてできないのに、付き合ってすぐ子供作るとか。しかも結婚前に。あいつらどんだけ子供欲しかったんだよ。」
呆れたようにそう言う隆生に春李は顔を顰めて、子供がいなかったら断固反対してたのにと呟いた。
「子供さえいなければあんな奴との交際なんて断固反対して、絶対に許さなかったのに。あんな女遊びが酷くて有名で、平気で嘘つくわ、いつも人を小馬鹿にしてあざ笑ってるような性格悪い男となんか絶対に結婚させなかったのに。沙依があんな男に汚されたって思うと本当ショック。もし沙依を泣かすようなことしたら、あいつただじゃおかないんだから。」
そう言って拳を握る春李を見て隆生はまぁ落ち着けよと言って苦笑した。
「子供できたって事は、沙依が騙されて遊ばれてるんじゃなくてお互いに気持ちがあるって証明にもなるだろ。お前みたいな奴もいるし、周りに交際認めさせるのには良かったのかもな。唯の儀したら浮気もできなくなるんだし、下手に恋人でいるより結婚しちまった方が、あいつに付きまとってる噂に振り回されずにすんで周りも安心かもしれないぞ。」
隆生のその言葉を聞いて、春李は考え込むように黙り込んだ。
「あの高英が認めたんだから心配すんなよ。あいつが青木家に土下座しに行った時、一時的に行徳が高英が能力使えるように戻してたんだからさ。そんな高英が認めたならこれ以上安心できる材料はないだろ。」
そう言って隆生は微笑んで、じゃあなと言って踵を返した。そんな彼を呼び止めて、春李はありがとうと言った。
「沙依に先超されちまったけど、お前もいい年なんだから恋人の一人でも作る努力しろよ。まぁ、すぐ人殴る癖直さないと難しいかもしれないけどな。暴力女はモテないぞ。」
振り向いた隆生にそうからかうように言われて、春李はむっとして、あんたはよけいな言葉が多いのよと言った。そう言われて隆生は、そうか?と首を傾げる。
「お前は所作も綺麗だし女子力高いから、暴力癖があるのがもったいないなと思ったんだけどな。」
真面目な顔で普通にそう言われて春李は言葉を詰まらせた。そんな彼女を横目に隆生はじゃあなと言って今度こそ去って行った。