表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
日常  作者: さき太
3/5

第二章 児島成得の引っ越し

 「ここがお前の実家か、本当にでかいな。」

 家を見上げて感心したようにそう言う隆生(たかなり)成得(なるとく)は、だから無駄に広いって言ったろと言った。

 「昔はかなりの大所帯で暮らしてたしな。しかもどんどん人が増えてくから増改築繰り返してだいぶ広げてたから。」

 「そんなとこに一人で住むのか?掃除だけでも毎日大変そうだな。」

 隆生のその言葉に成得は使わない部屋はとりあえず封印しておくから大丈夫と答えた。

 「使ってない間封印してたんだよね?ならそんなに掃除とかしなくても良いんじゃない?」

 そう言う沙依(さより)に成得はそうでもないんだよと言った。

 「色々あって帰らなくなって、うちの連中が気を利かして封じてくれてただけで、住人がいなくなって軍預かりなった空き家と違って綺麗にして封じたわけじゃないからさ。正直、中がどんな風になってるか解んないんだよね。」

 「うわっ、それは、恐ろしいな。」

 「とりあえず一日がかりで綺麗にして使わないとこは封印してまでできたらいいけど、作業が一日で済むかどうかは出たとこ勝負だな。」

 そう言って、成得は家にかかっていた封印を解いた。扉に手を掛け一瞬止まる成得に、沙依が小さな声で大丈夫?と訊いた。それに笑顔で応えて一気に開ける。そして目の前に広がった景色が一瞬、大所帯で暮らしていたときの情景に見えて、成得は小さくただいまと言った。

 「本当、広いな。どこから手をつけるんだ?ってか、お前の部屋どこだよ。」

 そう言う隆生に成得は、どこだったっけなと言って本当に迷っている様子で首を傾げた。

 「いくら広いからって自分の部屋が解らなくなるとかないだろ。」

 「いや、なんつうか、ここに住んでた頃はほぼガキ共に付きっきりで自分の部屋なんて自分がガキの頃にしか使ってなかったからさ。もしかすると物置になってるかもしれない。」

 「え?お前、結婚してたことあるの?で、子供いんの?」

 本気で訊いてきている調の隆生を見て、成得は溜め息を吐いた。

 「結婚してたこともないし、実子も養子も一人もいないよ。でも、自分の子供みたいな奴らは沢山いたんだ。大昔の話しだけどな。だいたいの奴は死んだか音信不通。ここで一緒に暮らしてた奴で今でも俺の傍にいるのは裕次郎(ゆうじろう)くらいだ。」

 それを聞いて隆生は目を細めて成得を見た。

 「大昔さ、お前等が生まれるずっと昔。俺がコーリャン狩りから逃げ延びてこの国に着いた頃は、コーリャンの受け入れをしてたこの国でも差別が酷かったんだ。殺されないで済むだけで人権なんてあったもんじゃなかった。本当、殺されないだけありがたいと思えって感じでさ、殺しさえしなけりゃ何したっていいと思われてる感じだった。」

 その成得の話しを聞いて、隆生が顔を顰めてひでー話しだなと呟いた。

 「お前はこの国で生まれたコーリャンだからな。お前も生まれるのがもうちょい早かったら、そういう目に遭ってたってことだぞ。まぁ、差別を無くすことはできなかったが、お前が生まれる頃にはコーリャンであるお前が普通に生活できるくらいにはできて良かったとは思うよ。今じゃコーリャン狩りの発端となった真実が解明されたことで、どの国でも狩りは廃止されたし、偏見が完全になくなったわけじゃないが、めでたしめでたしだな。」

 そう言って成得は一つ呼吸を置いた。

 「この家は酷い差別を受けた奴等の避難所だったんだよ。逃げ込んでくる奴もいれば、俺が千里眼で見つけ出して連れてきた奴もいた。俺の父さんはこの国の差別解消運動の中心人物で、俺もずっと一緒にやってた。だからさ、この家にいた頃はそんなガキ共の面倒見るのに手一杯で、自分の部屋でのんびりするヒマもなにもあったもんじゃなかったの。」

 そう言って一つ伸びをすると、成得はじゃあ掃除始めるぞと言った。

 「この広さだと、とりあえず使うとこだけ片付けて、最悪使わないとこは放置かな?」

 「使うとこって言うと、とりあえず風呂、トイレ、炊事場と自室ってところか?住んでたのそのままってだけあって結構物もあるし、傷とか痛みもあるしな。手分けして片付けながら直した方がいいところ印つけといて、必要な材料調達してきて修理するか。」

 「それなら片付け後回しにしてとりあえず修理が必要なところを洗い出すのを先がいいかな。修理だけは必要なら全部やっておきたい。」

 成得のその言葉で、持ち場を決めて三人はそれぞれ手分けして家の状態を確認に入った。

 「こうやって見るとけっこう酷いもんだな。」

 壁の傷や染みを目にして、それを手でなぞって成得はそう呟いた。あいつらだいぶ暴れてくれたからな。そういや修理なんて追いつかないから、応急処置だけして放置してたっけ。そんなことを考えて胸が締め付けられる。ここは失った者達との思い出が多すぎて、一人で帰ってくるのが怖くて、誰かが一緒なら普通を繕っていられるかとも思って二人に引っ越しを名目に一緒に来てもらったが、一人の方が良かったのかもしれない。二人に来てもらってるのに今更なしなんていえない。二人がいるから逃げ出せない。思い出と向き合うのは自分にはまだ早かったのかもしれない。そう思って、成得は目を瞑った。

 「ナル、大丈夫?」

 声がして、目を開けると、心配そうに自分の顔をのぞき込んでくる沙依と目が合って成得は小さく笑った。

 「大丈夫。ただちょっとさ。久しぶりの実家だから浸っちまうものが多いだけだよ。」

 そう言いながら沙依の頭を撫でて、成得は俯いた。

 「いや、大丈夫じゃないかもしれない。ダメだな。向き合うって決めたのに。だからいいかげん、寄宿舎にこもってないで戻ってこようと思ったのにさ。あいつらの顔が浮かんで辛いんだ。ここにいた時はあいつら笑ってたんだよ。大家族みたいでさ、古参の奴が新しい奴の面倒見て、普通に喧嘩したりなんだり。でもいくら増築したって入居の限界はあるし、日常生活が自立して成人もした奴をいつまでもここにいさせるわけもいかなくて。いつまでもここで面倒は見られないから、いつかは出て行かせなきゃならなくて。でもさ、ここで平気になってもあの頃は、あの頃のこの国は、俺たちコーリャンが普通に生活できるような所じゃなかった。できる限りのことはしたつもりだけど、耐えられない奴の方が多かった。いや、ここで普通の生活を知ってしまったから、よけい耐えられなくさせちまったんだ。ここでは笑ってたのに、笑えるようになっちまったから、あいつらは外の生活に耐えられなかったんだ。」

 そう言って成得は自嘲気味に笑った。

 「ダメだよナル。自分を責めちゃ。」

 「解ってる。もう止めようと思ってる。だからさ、ここに戻ってきた。戻ってきたけど、俺にはまだ早かったのかもな。正直まじでしんどい。どうしよう?」

 「なら、泣けば良いんじゃね?何なら肩でも胸でもかしてやろうか?」

 急に隆生の声が割り込んできて、成得は心臓が止まるかと思った。

 「あ、どうせ胸借りるなら俺のより沙依の方がいいか。男の胸よかやっぱこっちの方がいいだろ。無駄にでかいし。」

 さらっとそう言ってくる隆生に、成得はバカじゃないのと言った。

 「お前、こいつにはそうやって素直に吐き出してたんだな。俺には何も吐かなかったくせに。」

 ニヤニヤしながらそう言ってくる隆生に、お前は無神経だから話したくないんだよと成得は怒鳴った。

 「お前になんか言ったら大抵大笑いされて終わるだろうが。本当、いつも何でもかんでも笑い話にしやがって、お前には繊細さってもんが足りないんだよ。」

 「お前が気にしすぎるだけだろ。そりゃたまにはとっくの昔に終わったこと考えて気がふさぐこともあるけど、いちいち気にしてたら身が持たねーぞ。こんな壁の傷一つでそんな感傷にに浸ってたら、どんだけ時間があったって片付けが終わんねーだろうが。こんなもん全部塗り替えて、綺麗にして、何もかも全部まっさらにしちまえよ。お前の感傷とかどうでも良いんだよ。こっちはわざわざ非番の日を潰して手伝いに来てやってんだから、ちゃっちゃとやってとっとと終わらせるぞ。」

 そう言って隆生は笑いながら成得の背中を叩いた。

 「ここにあるもん全部ずっと使ってなかったんだから無くてもいい物だけだろ?もったいないとか言わず全部捨てるぞ。その方が早い。」

 そう言って隆生は片っ端からそこら辺にある物を袋に詰め始めていった。

 「ほら、お前等もとっとと袋に詰めて全部外に出せ。貴重品とかあからさまに捨てちゃまずぞうなもん以外は全部捨てるぞ。あ、沙依。やっぱお前は外に出てこのゴミなんとかしろ。お前が術式使ってぶっ壊せば元も子もなく消せるだろ。こんな量まともにゴミに出しても迷惑だし、どんどん運び出すから片っ端からぶっ壊していけ。」

 そう言って隆生は有無を言わせず二人に行動させた。話す暇も無くどんどん運び出してどんどん破壊し塵にして処分していく。ひたすら黙々そんな作業を繰り返し、気が付けば家の中の物が空っぽになり一息吐いた頃、すぐ隆生が次の指示を出した。

 「おっし、次は買い出し行くぞ。俺は修理に必要な道具を調達してくるから、お前等二人は塗料とか、必要な家財道具とか買ってこい。どうせ今は大した仕事してないだろうから、買い物終わったら陽陰(よういん)に声かけて空間転移でここに運ばせろ。」

 「空間転移ならわざわざ陽陰に頼まなくてもわたしも術式でできるよ。運び入れたい場所に術式で目印つけておけば、正確性も問題ないし。」

 そう言う沙依に、隆生が感心したような呆れたような顔で、あれだけ術式使っておいてまだ余裕なのかよと呟いた。

 「次の作業に進むのは良いんだけどさ、まだ修復箇所の洗い出し終わってないよね?」

 そう言う沙依に隆生はしれっと、とっくに終わってると答えた。

 「荷物運び出しながら建物の状態の確認しといた。これくらいなら大したことからないから、うちの部隊の詰所に道具とりに行くついでに手が空いてる奴捕まえて手伝わせて、お前等が買い出しから戻ってくるまでには終わらせておいてやる。」

 そう言う隆生に沙依が、さすが第一部特殊部隊隊長と感心したように呟いた。

 「第一部特殊部隊は見回りしながら城壁の確認して何かあったら修復するのも仕事だもんね。」

 そう言われて隆生は満更でもないような顔をした。

 「そうだ沙依。塗料も家財もお前が選んでこい。それでいいかの確認はしても、最初からこいつに選ばせるなよ。」

 「なんで?」

 「お前がちゃんと色合いとか考えて選べるのか見てやろうかと思ってな。だから最後はちゃんと成得に大丈夫か確認してもらえよ。お前が全部決めたらとんでもないことになりそうだからな。」

 そう言って笑う隆生に、沙依はそんなとんでもない感性はしてないよと怒った。

 「隆生はさ、いつもそうやって人のことバカにして。わたしそんな酷い感性してない。最初からナルに大丈夫って言ってもらえるものちゃんと選んで見せるから。」

 そう言って沙依は成得を促して去って行き、隆生は、塗料だけは先に送れよ、余裕があったらやっとくから、と二人の背中に声を掛けて目を細めて見送った。


         ○                      ○


 「ねぇナル。なんかさ、勢いであんなこと言っちゃったけどさ、本当にわたしが選んで良かったの?」

 そう言う沙依に成得は呆れたように、それ全部選び終わった後に言う?と呟いた。それを聞いた沙依が焦ったように謝ってきて成得は笑った。

 「いや、本当いまさらなんだけどさ。塗料以外はまだ送ってないし、今からでもナルの好きなのにした方が良くない?本当、ごめん。全部選び終わって、やりきった感に浸ったら急にナルの使う物なのにって思いがふつふつと湧いてきて・・・。」

 そう言い訳を繰り返す沙依に成得は、気にしなくていいよと言った。

 「お前が選んでくれたのでいい。っていうか、お前が選んでくれたのがいい。」

 そう言う成得に沙依がそんなに気に入ったの?と首を傾げ、ナルが気に入ったならいいやと言って笑った。その笑顔を見て、成得は微笑んで沙依の頭を撫でる。撫でられた沙依の顔が陰ったように見えて成得が手をどけると、沙依が笑顔を向けてお腹減ったねと言ってきて、成得はさっきのは自分の勘違いだったのかと疑問符を浮かべた。

 「じゃあ、適当になんか買ってくか。」

 「とりあえず甘い物は必須だよね。隆生頑張ってるし。」

 「まだ残ってるか解んないけどあいつの部隊の奴も手伝わされてるんだもんな。適当に手土産になりそうなもの買ってくか。」

 そんな話をしながら適当に昼食と甘味を購入し、二人は成得の家に戻った。

 戻ると隆生が一人でいて、ニヤニヤしながらお前等遅かったな等と言ってきて、成得は不愉快そうに顔を顰めながら買ってきた甘味の袋を渡した。それを受け取った隆生が上機嫌になっているのを見て成得は、お前一人で全部食うなよと溜め息を吐いた。

 「あいつらには俺が晩飯奢る約束してるから必要ねーよ。」

 「俺んち直させたんだから、俺から何か礼をしないとおかしいだろ。お前が食べたいからって全部食ったら承知しないからな。」

 そう言われて不承不承と言った様子で了承する隆生の様子を見て成得は呆れたように、お前には今度甘味処で好きなもん奢ってやるからと言った。それを聞いて機嫌を良くしている隆生を見て溜め息を吐いて、成得は隣にいた沙依に目を向けてお前にも何か奢ってやるからなと言った。ありがとうと言って笑う沙依の言葉に被せて隆生が、こいつへの礼は甘味以外が良いんじゃないかと言ってきて、それを聞いた二人が疑問符を浮かべた。

 「好きな奴ができたみたいだし、男の誑し込み方でも指導してもらった方がいいんじゃないか?情報司令部隊で活躍してる女どもを指導したのこいつだからな。こいつに仕込んでもらえばお前も少しぐらい色気が身に付くんじゃね。」

 「おい、ふざけるな。頼まれても指導しないからな。ってか、沙依に色気とか必要ないから。男を誑し込む技術とか必要ないから。沙依はそんなもの覚えないでずっとこのままでいいの。そもそも下手にそんなこと覚えさせたら高英(たかひで)の怒り買うだろ。うちの姪っ子に何覚えさせてくれたんだって怒られるくらいならいいけど、殺されかねないから。」

 間髪入れずにそう言い返す成得を見て隆生はあいつ過保護だからなと言って声を立てて笑った。

 「高英の子離れは進んでるのか?」

 そう問われて沙依は難しい顔をして多分進んでないと言った。

 「行徳(みちとく)さんに邪魔されてコーエーがわたしの記憶とか頭のなか読めなくなったのをきっかけに昔より会話は増えたんだけど、小言言われるのが増えた感じだからね。無断外泊で怒られたのはまだしかたないと思ってるけどさ。子供でもないのに外出するのにいちいち誰とどこ行って何時頃戻ってくる予定だとか伝えとかないと怒られるし、ちょっとでも遅くなるとどこで何してたんだって怒られるし、仕事帰りにちょっと皆でご飯とか行って遅い時間になっちゃったら迎えに来られてやっぱり怒られるし。なんていうか、本当、わたし子供じゃないんだからやめてほしい。っていうか今までは放任主義でそんなこと言われたりされることなかったのに。コーエーの過干渉のせいでうちの連中にもからかわれるし、いい年して保護者にこれだけでしゃばられると本当に恥ずかし、本当にやめてほしい。でもやめてって言ってもコーエー聞き入れてくれないんだもん。わたし見張ってないとなにしでかすか解らないと思われてるの?どんだけわたし信用無いのさ。」

 そう頭を抱える沙依を見て隆生が、あいつの子離れはまだまだかかりそうだなと言って笑った。

 「お前は気づいてなかったのかもしれないけど、あいつのそれ、自分の能力の精神支配でやってたか本人が出しゃばってくるようになったかの違いなだけで、大昔からずっと変わってないからな。あいつも能力封じられたからって今更お前への過干渉を止めるのは難しいんだろ。もうお前、実家出たらどうだ?その方がきっとお互いのためだぞ。」

 隆生にそう言われて沙依は、考えてみると呟いた。

 「あ、でもお前実家出ても一人暮らしとかムリか、家事全般できないんだもんな。」

 ふと思い出したかのようにそう言う隆生に沙依が間髪入れずできるよと突っ込んだ。

 「だから、わたし一通りできるから。勝手に人のこと何もできない人にしないで。」

 「家で何もやってない奴にそんなこと言われても本当に信憑性ないからな。あ、そうそうお前との調理対決いつにするか?できないの認めて逃げてもいいぞ。」

 からかうようにそう言う隆生に沙依は絶対逃げないと言った。

 「じゃあ、どうせなら大々的にやるか?皆に判定してもらえばお前が調理できないって噂払拭できるぞ。実際できるならだけどな。」

 「いいよ。じゃあ、大々的にやろうよ。大々的にやって、その不名誉な噂が嘘だって皆に証明してみせるから。」

 そう言い合う二人を呆れたように眺めていた成得に隆生が、じゃあお前設定よろしくなと言ってきて、成得ははぁ?と声を上げた。

 「お前なら俺たちの勤務調整すんのもできるし、場所抑えて準備して宣伝したりとかも得意だろ?なんならお前も一緒に参加しても良いぞ。」

 そう言われて、誰がするかと言いつつ、一つ溜め息を吐いて、しかたがないなと成得は二人の調理対決の日取りの調整等の係を了承した。

 それから、庭で買ってきた弁当を広げ昼食にし、暫くのんびりしてから作業を再開するために三人は室内に入った。

 「さすがにまだ乾かないか。」

 塗り替えをした壁を確認しながら隆生がそう言って二人に気をつけるように促す。

 「壁の色が変わるだけでなんか雰囲気が違うね。」

 そう言う沙依に隆生がそりゃなと相づちを打った。

 「同じ場所でも壁の色変えて家財一式入れ替えれば全く別の場所みたいだろ。これで気分も切り替えて新しい門出を迎えられるってもんだ。そうだ、ここだだっ広いしついでにお前もここに住み着けばいいんじゃね?お前が家事できなくてもこいつができるから問題ないぞ。」

 成得を指さしながら沙依にそう言う隆生に、即座に成得がお前バカじゃねと突っ込みを入れた。

 「いくらナルがわたしのこと妹扱いしてても実際は兄妹じゃないし、家族じゃないし、一緒に住むのはダメだよ。」

 成得の突っ込みに続けて沙依が言ったとんちんかんな言葉に隆生が疑問符を浮かべる。

 「お前、こいつがお前のこと妹扱いしてると思ってたのか?」

 「だって今のナル、次兄様(つぐにいさま)にそっくり。次兄様だったときの記憶戻ってからは、やっぱわたしのこと妹感覚でいるんじゃないかなって思うこと多いよ。次兄様もよく末姫(すえひめ)ちゃんはずっとそのままでいてとか言ってきたし、頭撫でてきたりとか、色々さ。ナルがわたしを妹扱いしないようにしてるのは感じてるけど、ナルが無意識にしてくる行動が次兄様と重なって、妹だって思われてるんだなっていつも思う。」

 真面目な顔でそう言う沙依を見て、隆生がそういやお前等前世で兄妹だったんだっけと呟いた。

 「前世の記憶があるって言うのもややこしいもんだな。俺たちターチェの始祖になった最初の兄弟は何度肉体が変わっても記憶が継続するとか、お前等最初の兄弟は難儀だな。正直、俺には関係ないし、普段生活してる分にはそんなこと忘れちまうけど、当人同士はそうもいかないって訳か。にしてもずっと行徳の奴に記憶封じられてて今の身体に生まれてからつい最近までずっと赤の他人として過ごしてたのに、記憶戻ったとたんそれを意識せざるを得ないとか、面倒臭いな。ずっと赤の他人だったんだから変に意識しないで赤の他人のままでいりゃいいのに。」

 隆生のその言葉を聞いて、気にしないでいられたら苦労しないよと沙依は小さな声で呟いた。聞き取れなかった様子で聞き返してくる隆生に沙依は何でもないと言って、作業に入ろうと促した。

 「って言ってもうちの連中に手伝わして掃除もしちまったからな。壁が乾かないことには家具も移動できないし。今日はこれ以上やることないんじゃないか?」

 隆生のその言葉を聞いて成得が少し考える素振りをして、それもそうだなと言って二人に礼を言った。それを聞いた隆生がじゃあ俺はもう帰るわと言って玄関に向かう。

 「そんな慌てて帰る必要もないだろ。」

 そう言う成得に隆生は、案外俺は忙しいんだよと言って笑った。

 「お前が俺の好物を礼に寄越したくせに一人で食うなとか言うからさ、これに手をつけるためにはあいつらに持ってかなきゃいけないだろ。」

 そう言って甘味の入った袋を掲げて見せる隆生に、呆れたような視線を向けて成得はどんだけだよと呟いた。じゃあなと言って玄関を出ようとする所を成得が呼び止めると、隆生が疑問符を浮かべて振り向いた。

 「お前のおかげでちゃんと引っ越しできそうだ。本当、色々ありがとな。」

 そう言う成得に隆生は微笑んだ。

 「なんかあったらまた言えよ。」

 そう言うと隆生は今度呑みに行こうぜと言葉を残して去って行った。

 家に二人残されて、成得は床に座って伸びをした。

 「正直、ほとんどあいつが片付けてくれたようなもんだけど、疲れた。」

 そう言う成得に沙依が、そりゃ疲れるよと言って隣に座った。

 「辛かったらさ、ここに住むの延期したっていいんだよ?」

 そう言う沙依に成得は、もう大丈夫と言った。

 「隆生がだいぶ気使ってくれたからな。もうこの家で昔の思い出に引っ張られるようなことはないよ。」

 それを聞いて疑問符を浮かべる沙依に成得は微笑んだ。

 「お前とあいつでこの家の思い出を塗り替えてくれたから。古い物は捨てて、全部新しくしたからさ。」

 そう言って成得は目を伏せた。

 「ねぇ、沙依。ちょっと抱きしめてもいい?」

 そう言った成得に引き寄せられて沙依はされるがままにされていた。

 「ごめん。ちょっとだけこうさせてて。少しの間で良いから。」

 そう言う成得に沙依は好きなだけこうしてていいよと言った。

 「ナルがここにいた皆のことが本当に大好きだったってわたし知ってるよ。本当に大切だったから辛い思い出になっちゃっただけで、ここであったことが辛かった訳じゃないって解ってる。それとさようならするのはやっぱり辛くて当たり前だと思うんだ。だから我慢しなくていいよ。」

 そう言って沙依が優しく成得の背中を撫でて、成得は沙依を強く抱きしめて泣いた。声を押し殺して泣いていたのに嗚咽はどんどん酷くなって、気が付くと成得は咽び泣いていた。

 成得がふと気が付くと部屋の中がすっかり暗くなっていた。

 「あれ、俺・・・?」

 「起きた?ナル、泣き疲れて寝ちゃったんだよ。起こすのも悪いかなって思って起こさなかったんだけど、よく寝てたね。」

 自分の腕の中にいた沙依にそう呑気に話しかけられて、成得は焦って起き上がった。

 「お前、ずっとこのままだったのか?今何時だよ?ってかお前なにしてんの、帰らないと高英に怒られるだろ。俺の事なんてほっといてさっさと帰れよ。」

 そう言う成得に沙依が大丈夫だよと言って笑う。

 「コーエーに怒られるより、今のナルを一人にしない方が重要。一緒に帰ろう。寄宿舎まで送っていくよ。」

 そう言う沙依に成得はバカじゃないのと言っていた。

 「何言ってんのお前。それ俺の台詞だから。俺がお前を家まで送ってくから。あとこんな時間までお前のこと付き合わせちゃったの高英にちゃんと謝るから。」

 そう言って成得は立ち上がると沙依に手を差し伸べる。その手を取って立ち上がった沙依にありがとなと声を掛けると、顔を上げた沙依と目が合って、成得はあのさと声を掛けていた。

 「お前が甘やかしてくれるからってそれに甘えて、こんなことしたらダメだって解ってんのに俺さ、お前なら絶対受け入れてくれるって思ってこうやってお前のこと抱きしめたりして勝手なことして。俺の都合に振り回して、本当、ごめん。俺、昔から本当自分勝手でさ。自分のことしか考えてなくて。いつもこうやって自分に誰かが向けてくれる愛情に甘えっぱなしで、相手のこと蔑ろにして、苦しめて。そういうことはもう止めるって考えてたのに結局こんなことしちゃって、本当にごめん。でも、本当にありがとう。お前が一緒にいてくれて良かった。お前がこうやって傍にいてくれて、俺、本当に助かった。でも、もうちゃんとするから。もう絶対そんなことしないから。ちゃんと逃げないでいろんなものと向き合っていくから。俺はもう大丈夫だから。だから、俺の都合の良い女になろうだなんて考えないでくれ。俺はお前の気持ちに甘えてお前を苦しめたくなんてない。」

 そう言うと成得は少しの間目を閉じて、何かを決心したように真っ直ぐ沙依を見つめた。そして何かを口にしようとしたとき、玄関の扉を叩く音がして成得は言葉を飲み込んだ。いったい誰だよと不機嫌そうに扉を開けるとそこに高英が普段の仏頂面を更に酷くして立っていて、成得は心臓が止まるかと思った。

 「高英。悪い。こんな時間まで沙依のこと手伝わして。今、送ってこうと思ってたんだけど・・・。」

 「隆生も一緒だったはずだが、どうしてあいつは部下達と呑んでて沙依だけここにいるんだ?」

 高英に険のある声でそう言われ見下ろされて成得は一瞬言葉を詰まらせた。

 「俺が引き留めたんだ。俺がこの家の思い出と決別するのに誰かに傍にいて欲しかった。隆生はとっとと帰っちまったから、沙依だけ残った。沙依は裕次郎や(かえで)から話聞いて俺の過去を知ってるから、俺を置いて帰れなかったんだ。そんなあいつの優しさにつけ込んで、こんな時間まで付き合わせて悪かったと思ってる。ただ、この時間は俺にとって必要な時間だったし、あいつは何も悪くないっていうのは理解して欲しい。だから、怒るならわがままであいつを付き合わせた俺だけにしといてくれ。お前の大事な姪っ子をこんな時間まで引き留めて心配かけさせて悪かった。」

 そう言う成得を高英はじっと見ていた。そして何故か、何かを諦めたように溜め息を吐く。

 「昔は自分の能力が嫌いだった。人の頭の中なんて知りたくないと思ってた。なのに、こうやって兄貴に能力封じられてみるとどれだけ自分がそれに頼って生きてきたのか実感させられる。」

 そう言って高英は苦笑した。

 「あの子は俺の救いだった。兄貴が養子にしたのに世話を全部押しつけられて、最初は迷惑で邪魔でしかないと思っていた。だけどあの子が俺を怖がらないで、俺の能力を怖れないで受け入れてくれたから、子供の頃からずっと、大人になってもそのまま俺を信頼し続けてくれたから、俺は救われたんだ。沙依はずっと俺にとって特別で大切な存在だった。それは今でも変わらない。」

 そう言って高英は成得の後ろに目を向けた。

 「俺もお前がいつまでも子供じゃないことは理解してる。俺のしていることが度を超していることも理解しているし、いつかはお前を手放さなくてはいけないことくらい解っている。お前に対する過干渉を止めなくてはいけないことは理解しているが、でも、お前は警戒心が足りないというか、本当に戦場以外では抜けているから心配なんだ。俺の過干渉が気に入らないなら、遅くなるのが解ってるのにわざと連絡をいれないとか、そういう反抗期みたいなことしてないでもう少し警戒するって事を覚えてくれ。俺の知らないところでお前にもしものことがあったら、俺は本当に耐えられない。お前がちゃんとしてくれれば俺だってこんなに心配しないで済むし、色々と口うるさく言わなくて済むんだ。」

 そう言って高英は悪かったと呟いた。

 「俺はお前を手放したくなくて、子供のままでいてほしくて、ずっと間違った事をしていた。それを今酷く実感している。本当に悪かった。すまない。だから、お願いだからもうこれ以上わざと俺の言うことに反抗して心配させるのを止めてくれ。」

 そう頭を下げる高英を見て、成得は振り返って自分の後ろにいた沙依になんとも言えない視線を向けた。

 「もしかしてお前、こいつの小言聞き流してちゃんと聞いてないんじゃないか?何でこいつにいつも怒られてるのか解ってんのか?」

 成得がそう言うと、沙依はふて腐れたように聞いてないと呟いた。

 「だって、コーエーいつも頭ごなしに怒ってきて全然人の話しきいてくれないんだもん。やめてって言ってもこうやってお迎え来るの止めてくれないし。だからわたしもコーエーの言いつけ守るの止めようと思って・・・。」

 「バカじゃねーの。こいつはお前のこと心配で怒ってんの。頭ごなしだろうが何だろうが、全部お前に酷い目に遭って欲しくなくて言ってんの。行徳に能力封じられてすぐの頃はそうでもなかったのに、最近お前への過干渉が酷くなってる気がすると思ったら、全部お前のせいじゃねーか。お前がこいつの心労嵩まさせるようなことしてるからここまででしゃばってくるようになたんだろ。しかも、普段自分のことあんま話さないこいつにここまで言わせて頭下げさせるまで追い詰めるとかどんだけだよ。」

 そう成得に怒られて沙依は納得がいかないような顔をしながらも、ごめんなさいと呟いた。

 「だって、これはダメ、あれはダメって言うだけでどうしてダメかとか言ってくれないから、コーエーがそんなにわたしの心配してて辛かったなんて解らなかったんだよ。最初はさ、コーエーのことだからわたしのために言ってくれてるんだって思って怒られないように頑張ろうと思ったけど、頑張っても結局怒られるし。ああ毎日毎日怒られてたら嫌になっちゃうよ。で、だんだんコーエーが行徳さんに能力封じられて苛々してるからわたしに怒ってくるだけなんじゃないかなとか思ってきて・・・。」

 「お前、それ絶対努力の方向性間違えてたから怒られ続けてただけだぞ。嫌になったからって言うこと聞かないとか、本当にお前は反抗期のガキかよ。」

 成得は呆れたようにそう言って溜め息を吐いた。

 「頭ごなしに怒られるのが嫌なのは解るけど、高英はお前のこと大切だと思ってるからきつく言ってるんだってことは理解してやれよ。お前だってこいつのこと大切な家族だと思ってるんだろ?なら、こいつの言葉が足りないのは元々なんだし、誰かに間に入ってもらってでもこいつが何を伝えたいのか理解しようとする努力は必要なんじゃないのか?そういうこと他の奴にはできるのにこいつにはできないのは、家族としてこいつに甘えてるだけなんだろうけどさ、そんなことですれ違っても良いことないぞ。子供扱いが嫌なら、子供みたいに甘えてないでちゃんと大人としてこいつと向き合えよ。お前、高英とさ、俺と姉貴みたいに仲違いしてすれ違ったままになるのは嫌だろ?」

 成得は優しい声音でそう言って沙依の頭を撫でた。そうされて沙依は目を伏せて少し考えるような素振りを見せ、高英に目を向けた。

 「コーエー、ごめんね。今度からちゃんとコーエーの話し聞くようにする。心配かけたことも。わざと意地悪したことも、ごめんなさい。コーエーがわたしのこと大切にしてくれてるって解ってる。ナルの言う通りわたし、コーエーに甘えてたんだと思う。本当、ごめん。いつもありがとう。」

 本当に申し訳なさそうにそう言う沙依に高英は、俺の方こそ悪かったと返し、成得に視線を向けお礼を言った。それを聞いて驚いたような顔をする成得に、高英は顔を顰め、目をそらした。

 「帰るぞ。」

 そう言って踵を返し歩き出す高英の後を沙依は追いながら、成得にじゃあねと言って去って行った。二人の後ろ姿が見えなくなると、成得は一つ溜め息を吐き、施錠をして自分も帰路についた。

 寄宿舎に戻る途中、成得は第二部特殊部隊の隊員数名に絡まれた。ちょっと顔かせよと言われて、人を小馬鹿にしたような薄ら笑いを浮かべて見下したような視線を彼らに向ける。

 「お前等、暴力は沙依に禁止されてるだろ。こんなことしてていいのか?」

 そう言う成得を隊員の一人が壁に追い詰めて壁に勢いよく手をついた。

 「だから、一方的な暴力にならないように喧嘩売りに来てやったんだろ。」

 顔を近づけそう凄まれて、成得は、何で俺がお前等からの喧嘩買ってやんなきゃいけないんだよと言いながら、壁と隊員の間をするりと抜けてその場を後にしようとした。

 「俺たちはお前がうちの隊長とつるんでるのが気にくわねーんだよ。」

 そう言われて成得は振り返りうんざりした視線を向ける。

 「俺があいつと何しようとお前等には関係ないだろ。」

 「関係あるさ。沙依は俺たちの隊長だ。あいつがお前みたいな女にだらしないろくでなしに弄ばれるなんて許せないんだよ。」

 そう言われて成得は隊員達に冷たい視線を向けた。

 「俺はあいつを弄ぶ気なんて微塵もない。それに俺との付き合いはあいつ自身が決めることだろ。お前等が口出すことじゃない。」

 「じゃあ、お前から隊長に手を出すな。うちの隊長はお前が手を出して良いような相手じゃない。」

 「何でお前等にそんなこと言われなきゃいけないんだよ。」

 「弄ぶ気がないならできるだろ?それともお前、うちの隊長のこと本気で手に入れようとしてるのか?」

 そう言われて成得は黙り込んだ。

 「お前が本気だって言うなら証明してみせろ。俺たちはお前に序列決定戦を申し込む。うちの部隊の全員との勝ち抜き戦。お前が全員倒せたらお前のことを認めてやる。俺たちは二度とお前と隊長の仲に口出ししない。」

 そう言われて成得はそれはお前等の総意か?と訪ねた。

 「ここにいる連中だけがそう言ってんのか、部隊全体がそう言ってんのか、どっちだ?」

 成得の問いに、隊員の一人がうちの部隊でお前のことをよく思ってない奴の総意だと答えた。

 「正直、お前等に認められなくても構わないし、口出しされようが何だろうがどうでも良いが、部下共に友だち付き合いですらあれこれ言われるあいつも大変だな。ってか、お前等、ずっとあいつのこと邪険にしてたくせに、すっかりあいつの親衛隊みたいになってさ、バカじゃねーの。俺があいつと仲良いからって嫉妬するなよ。」

 鼻で笑ってそう言ってから、成得は刺すような視線を隊員達に向けた。

 「序列決定戦ならもしお前等が負けたとしても、最終的には一馬(かずま)がなんとかしてくれるもんな。どうせ喧嘩売るならそんな他力本願じゃなくて、俺のこと気にくわない奴だけで喧嘩売ってこいよ。まぁ、どっちにせよ俺がお前等の喧嘩買ってやる義理はないけどな。」

 そう言うと成得は隊員達に背を向けて手をひらひらさせてその場を後にした。背後から逃げるのかと言った怒声が聞こえるが成得はそれを無視をしてそのまま帰路についた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ