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日常  作者: さき太
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第一章 こじらせた初恋の結末

 「春李(しゅんり)。お前が箱運んでたのか。お前が小さすぎて前から見たら箱が歩いてるように見えたぞ。そんなでかい箱もって何処行くんだよ?」

 そう声を掛けられて、春李は、愁也(しゅうや)には関係ないでしょと答えた。

 「お前つぶれちまいそうだし、俺が運んでやろうか?」

 「余計なお世話。邪魔だからどいて。」

 「それじゃ前が見えなくて危ないだろ。いいからかせよ。」

 そう言って愁也が箱をとろうとしてきて、春李は彼を蹴飛ばした。

 「本当に余計なお世話。ちゃんと見えてるし、これくらい運べるから。人のことバカにするのもいいかげんにしてくれない?わたしがこれくらいの荷物運べないわけがないでしょ。だてに第一主要部隊の隊長してないんだけど。本当、邪魔だからどいて。どいてくれないと、今度は本気で蹴り飛ばすから。」

 不機嫌そうにそう言う春李に愁也は、なんだよ人が気を遣ってやってるのにと悪態を吐いて、春李の横に並んで歩いた。

 「そんな可愛くない態度ばっかとってるから恋人の一人もできないんだろ。まぁ、お前みたいなドチビ、ガキにしか見えないからそういう対象として相手されないのかもしれないけど。お前と似合うのなんて俺くらいだろうし、俺がもらってやろうか?」

 そう言われて春李はイラッとして愁也を思いっきり蹴り飛ばした。手に持っていた箱を足下に置いて、倒れている愁也を見下ろしながら腕を鳴らす。

 「とりあえず、しばらく顔合わせなくて済むように医療部隊送りにしていい?」

 そんなことを言いながら春李は愁也に殴りかかって、愁也がそれを避けながら軽口を叩いてきて、春李はさらに苛々した。

 「そもそも、なんであんたがこっちにいるのよ。あんたの部隊の詰所は第二管理棟でしょ?ここは第一管理棟だから。」

 「お前を遊びに誘おうかと思って。今度の非番の日、俺と遊びに行こうぜ。」

 「なんでわたしがあんたと遊びに行かなきゃいけないのよ。あんたとなんか職場以外の場所で顔合わせたくないから。」

 「そんな意地張らないで遊びに行こうって。昔はよく一緒に遊んだじゃん。」

 「それは子供の頃の話しでしょ。今はもう絶対に嫌。あんたといると周りからもからかわれるし、本当迷惑。」

 「からかわれるって、俺たちがお似合いだからだろ?」

 「そう思われるのが本当に迷惑なの。」

 そう言って、ようやく春李は愁也を捕まえて背負い投げで床に叩き付けた。

 「自分がチビで他の女に相手してもらえないからって、身長だけでわたしに寄ってくるのやめてくれない?わたし、愁也みたいなの全然好きじゃないから。と言うか、大っ嫌いだから付きまとわないで。」

 伸びている愁也にそう吐き捨てて、春李は箱を持ち直してその場を後にした。


         ○                      ○


 「沙依(さより)にこうしてるときが一番癒やされるな。本当、かわいい。今、もっとかわいくしてあげるからじっとしててね。」

 春李はそんなことを言いながら沙依の髪を梳いて、今日はどんな髪型にしようかななんて口にしながら楽しそうに彼女の髪の毛をいじっていた。

 「本当、沙依の髪って綺麗だよね。あぁ、もう本当に迷うな。沙依はどんな格好させても似合うんだもん。本当、普段おしゃれしないのもったいないよ。非番の日に訓練所ばっか行ってないでもっとちゃんとしたらさ、沙依ならきっとモテモテだよ。」

 いつものようにそんなことを言いながら、いつもと違って溜め息をつく春李の様子に沙依は疑問符を浮かべた。

 「どうかしたの?」

 「愁也がうざくてさ。最近ヒマだからってやたらと絡んできてやんなっちゃう。同じ低身長でも、せめてわたしも沙依くらい身長があったら良かったのにな。そうすればあいつにあんなこと言われないで済むのに。」

 そう言って、よし決めたと口にして春李は沙依の髪の毛を結い始める。

 「また愁也に身長のこと言われたの?」

 「そう。酷いんだよ。子供にしか見えないから誰にも相手にされないとかさ。あいつくらいしか似合う男はいないだとか。挙げ句の果てにもらってやろうか?とか何様のつもりなのあいつ。世界に男があいつしかいなくなっても、愁也とだけは絶対付き合いたくない。絶対あいつチビでモテないからわたしのとこ来てるだけだよ。本当、最悪。」

 本当に不機嫌そうにそういう春李に沙依は、愁也がモテないの身長のせいじゃないと思うと言った。

 「わたしも愁也好きじゃない。基本うちの部隊のこと馬鹿にしてるしさ。今は偏見が払拭されてあまり色々言われなくなったけど、わたしのこの黒い髪や目のことも散々に言われたし。行徳(みちとく)さんやコーエーのことも酷いこと言うし。同じ酷いこと言うでも、透子(とうこ)さんや奈津秀(なつひで)さんと違って愁也は周りに流されてるだけだからね。周りに流されて酷いこと言う人とかわたし嫌い。基本わたし、シュンちゃん以外の主要部隊の人って苦手だけど、愁也は断トツで嫌い。」

 沙依のその言葉を聞いて、春李はクスクス笑った。

 「なんていうか、主要部隊の人たちは元々偏見意識強いし、誇りが高くて頭でっかちな人が多いから。透子さんや奈津秀さんも悪い人じゃないんだけど、偏見持ってるの隠さずはっきり言うからね。でも透子さんは、本当は面倒見良くて優しいんだけどな。偏見意識の強い主要部隊の中でも中立というか、わたしは小さい頃からかわいがってもらってるし、いつも助けてもらってるんだけど。なんでか昔から沙依には当たりが強いよね。透子さんが沙依に対してこの厄災の御子がとか、偏見バリバリの暴言吐いてるの見たときちょっとショックだった。」

 そう言う春李に沙依は透子さんのあれは本音じゃないから大丈夫と言った。

 「透子さんはわたしを個人的に嫌ってるだけで差別主義者じゃないよ。なんだろ、透子さんのあれはわたし見るとつい言っちゃうって感じ。あれは自分でも止められないんだと思うよ。しかも、わたしが透子さんに嫌われてる理由は、多分、隆生(たかなり)のせいだからね。大昔の話しだけど隆生がさ、透子さんとわたし見比べてお前も第二部特殊部隊でやってくならこんくらいの体格ないときついんじゃないかとかなんとか、わたしが小さいのバカにして色々言ってからかってきたことがあってさ。それ以来だもん、透子さんがわたしに当たりきつくなったの。透子さんとの間で何かあった時、隆生が間に入ると必ずこじれるし、絶対わたしが透子さんに嫌われてるの隆生のせいだと思うんだ。」

 それを聞いて疑問符を浮かべつつ、春李は、はいできたと言って沙依に鏡を見せた。

 「我ながら傑作。本当、かわいい。ちょっと化粧もしていい?」

 そう言いつつ春李は返事を聞く前に化粧を施していく。

 「本当、沙依は美人だな。最近嫌がらずにおめかしさせてくれるから本当嬉しい。おめかしするの嫌じゃなくなったなら普段からすればいいのに。」

 「実はこの間ちょっと頑張ってみたんだけど、自分じゃうまくできなかったんだ。シュンちゃんがやってくれるみたいに自分でできたらなって思うけどさ、わたし不器用だし、自分でやるのは諦めた。」

 そう言う沙依を見て春李は微笑んだ。

 「沙依かわいい。あれだけ女の子らしい格好するの嫌がってた沙依が自分でやってみようと努力するとか、そのいじらしさが本当かわいいんだけど。何かあったの?好きな人でもできた?」

 そう言われて沙依は渋い顔をした。

 「いや、なんていうかさ。実は昔から沙衣(しょうい)と比べられて色々言われるの気にしてたって言うのもあるんだけど。この間、隆生に女捨ててるだとか、女として終わってるだとか散々バカにされたから、言われっぱなしも悔しいし、わたしもやればできるって事を見せようかと思って。」

 「うわっ、あいつそんなこと言ったの?本当、隆生って無神経だよね。みんな隆生のこと格好いいってキャーキャー言ってるけどさ、何であいつがモテるのかわたし理解できないんだけど。」

 そう憤慨する春李を見て、悪い奴じゃないんだよと言いつつ沙依は心の中で、自分の好きな人について掘り下げられないよう話しを逸らすのに利用したことを隆生に謝った。

 化粧も終わり完成した沙依を見て満足そうにしている春李に、沙依はシュンちゃんはおめかししないの?と訊いた。

 「お化粧すると大人っぽくなるっているし、子供にしか見えないとか言われなくなるかもよ?」

 そう言われて春李は黙り込み、その様子に疑問符を浮かべる沙依に泣きそうな顔を向けた。

 「実はさ、昔、愁也に馬鹿にされたんだ。成人した時のことなんだけど。わたし大人っぽくしようと思ってさ、着物も小物も凄く選んで、陽陰(よういん)にも子供っぽくないかなとか、似合ってるかなとか色々聞きながらさ、張り切って支度してお化粧も頑張って、自分でも満足できるできに仕上げたつもりだったの。でも、成人の儀を終えて帰る途中で愁也に会ってさ、子供が背伸びしてるみたいだって、ムリして大人ぶってるとか言われてさ。言い返したら他にも色々言われて。陽陰は似合ってるって、綺麗だって褒めてくれたけど、本当は口に出さないだけで皆そう思ってるんじゃないかなって怖くなってさ。わたしちんちくりんだし、やっぱ大人っぽい格好は似合わないんじゃないかなってさ。あれ以来おしゃれするの怖くなって・・・。」

 そう言いながら春李がポロポロ泣き出して、沙依はそっと彼女を抱きしめた。

 「本当、愁也なんて嫌い。愁也だってさ、ドチビのくせに。女の平均身長にも全然届かないくらいしか身長ないくせに。わたしだって好きでこんなちんちくりんな訳じゃないもん。なのにさ、子供にしか見えないとか、普通の男の人相手じゃわたしは恋愛対象にならないとかさ。愁也なんて大っ嫌い。あいつと顔会わせたくない。なのに、毎日毎日付きまとってきて、人のことチビチビ言ってきてさ、殴っても蹴っても投げ飛ばしても効果ないし、もう嫌だ。」

 そう言って泣き続ける春李の背中をさすりながら沙依は、シュンちゃんにもう近づかないようにわたしが愁也半殺しにしてきてあげようか?と言った。

 「愁也に言われたことなんて気にしなくても大丈夫だよ。シュンちゃんしっかりしてるし、料理も裁縫も上手だし、かわいいし。シュンちゃんを好きになってくれる人は絶対いるって。」

 そう言いながら沙依はふと何か思いついたような顔をした。

 「そうだシュンちゃん。シュンちゃんに恋人ができれば良いんだ。」

 その脳天気な沙依の声に春李は顔を上げぽかんとした。

 「だってシュンちゃんに恋人ができれば、愁也も何も言えなくなるでしょ?愁也からシュンちゃんを護ってくれるような恋人を作ればいいんだよ。」

 「そんなムリだよ。」

 「いや、本当の恋人じゃなくて。とりあえず愁也追っ払うのに必要な恋人役してくれる人を探すとかどうかなって。シュンちゃんが嫌じゃなければだけど。」

 その沙依の提案に春李は暫く黙り込んで考え、それで愁也が追っ払えるならと言った。


         ○                      ○


 「で?何で僕の所に来たの?僕が君に協力しなきゃいけない理由が解らないんだけど。」

 そう言う裕次郎(ゆうじろう)に沙依がそこをなんとかと手を合わせた。

 「前に大人の男になれるって言ってたじゃん。下手に身近な人に頼むより、普段子供姿のユウちゃんが大人になった姿なら嘘がばれにくいかなって。あと、情報司令部隊の人なら演技力はお墨付きだしさ。お願い。このままじゃ本当にシュンちゃん参っちゃうから、助けて。」

 そう懇願する沙依を見て裕次郎は大きな溜め息を吐いた。

 「ユウちゃんって、何その馴れ馴れしい呼び方。しかも大して親しいわけでもないのにそんな頼み事をしてくるとか、本当に君は図々しいね。それをして僕になんの利益があるの?そんなことをしたら僕が故意に子供の姿をしてるって周囲にバレる可能性もあるのにさ。そもそも山邉春李(やまなべしゅんり)長田愁也(ながたしゅうや)を引き離したいなら、そんな面倒なことをしなくても、山邉春李が退役して接点を無くしてしまえば良いんじゃないの?」

 「そんなことで愁也が諦めると思う?あれ、本当におかしいよ?シュンちゃんあれだけはっきり大っ嫌いって言って拒絶してるのに、照れてる扱いだからね。素直じゃないだけで本当はお前も俺が好きなんだろくらいの勢いだからね。まだ職場にいれば周りにみんないるからいいけど、退役して一人で家にいるときに押しかけられたらシュンちゃん発狂しちゃうよ。」

 沙依のその言葉を聞いて裕次郎は少し考えるような仕草をして、沙依をまっすぐ見つめた。

 「僕のやり方でやらせてくれるなら協力してもいいよ。でも僕はただ働きはしないから、ちゃんと僕が望む報酬を君が提供できるならね。」

 そう言う裕次郎に沙依は何が欲しいの?と訊いた。

 「僕に弟か妹ちょうだい。」

 その言葉を聞いて沙依は疑問符を浮かべた。

 「本当の兄弟じゃなくてそういう存在ってことね。僕にとってうちの隊長が父親みたいなもんだって言ったでしょ。うちの隊長と結婚して子供作ってよ。」

 そう言われた瞬間、沙依は一気に顔が熱くなって言葉が出てこずあわあわした。それを見て裕次郎が興味なさげに、まだちゃんとうちの隊長のこと好きだったんだと言った。

 「あんなに近くにいるのに大した反応がないから、君はうちの隊長のこと諦めたのかと思ってたよ。」

 「いや、だって、ナルに近づくなって言ったのそっちじゃん。ナルは特定の相手作らない主義だし、わたしの気持ちは負担にしかならないからわたしの気持ち押しつけるなってさ。だから、わたしナルと恋人になろうとかそういうのは諦めようとしてるんじゃん。友達として割り切れるように頑張ってるんじゃん。今も好きだけどさ、好きだけど、負担にしかならないなら諦めるしかないから頑張ってるんでしょ。わたしナルのこと追い詰めたくないし。ナルのことは諦めて他の人好きになれるように、わたしだって頑張ってるんだから。」

 そう言いながら泣きそうな顔をする沙依を見て裕次郎は溜め息を吐いた。

 「君は案外律儀なんだね。律儀というか単純バカなの?あの時と今じゃあからさまに状況が違うっていうのに。まぁ、どうでもいいけど。」

 そう言って、裕次郎は沙依に視線を合わせた。

 「話しを戻すけど、僕に一任してくれるなら、長田愁也をなんとかするのに手を貸しても良いよ。山邉春李は優秀な軍人で支持率も高いから、いくら平和になって現状に対して軍人の数が溢れてるからって彼女を失うのはもったいないし。最近たいした仕事がなくて鈍ってたから、ちょうど良い肩慣らしにもなりそうだしね。」

 しれっとそう言う裕次郎に沙依がありがとうと言って抱きついて、裕次郎は彼女を押し退けて、僕も成人男性なんだからそういうのやめてくれると言った。

 「言っとくけど大人の男の姿もとれるんじゃなくて、今の姿が偽物で大人の姿が本当の姿だからね。僕のこと子供だと思ってると痛い目見るよ。あと長田愁也の排除を手伝うだけで、山邉春李の恋人役はやらないから。」

 そう言う裕次郎に沙依はまた、ありがとうと言って今度は満面の笑顔を向けた。


         ○                      ○


 「今日も春李のとこ行くのか?」

 同僚にそう声を掛けられて愁也は、まあなと返事した。

 「今日こそは遊びに行く約束取り付けてやる。」

 そう意気込む愁也に、同僚はまぁ頑張れよと声を掛けた。

 「あれだけ毎日ぼこぼこにされてんのに、お前もよく懲りないよな。」

 「あれは照れてるだけだって。あいつ素直じゃないから、恥ずかしくてつい手が出ちゃう感じ。そうか、あんな目立つところで誘うからいけないのか。今度は人目に付かないところで誘ってみよう。」

 そんな風に開き直る愁也を見て同僚は、お前は前向きだなと呆れたような視線を向けた。

 「お前は一途だよな。あの暴力女の何がそんなに良いんだ?かわいいのは見た目だけで、まだ訓練前のガキの頃に第一部特殊部隊の一班全滅させたような化け物だぞ。」

 そう言われて愁也は、化け物みたいに強くてもかわいいだろと言った。

 「あいつがこの国に来たばっかの頃は俺もあいつを化け物だと思って怖かったよ。でもさ、ガキの頃から同じ界隈で一緒に育って、あいつのかわいいとこも沢山見て知ってるし。あいつ意地っ張りで気も強いけど、泣き虫だし、弱虫だし、傍にいてやんねーとだろ。俺、あいつの隣に立てるように軍人になって、強くなって、隊長まで上り詰めたんだからな。それに強くなってあいつと肩並べられるようになったら迎えに行くって約束したからさ。あいつと同じ隊長職にまで上り詰めた今の俺なら交際申し込むのに申し分ないだろ。しかも、俺もあいつも成長期にあんまり背伸びなくて並ぶとちょうど良い感じだし。これは絶対に運命だって。もう、一緒になるしかないだろ。あいつも意地張ってないで、さっさと俺のもんになればいいのに。恥ずかしがっちゃってさ。でも、そんなとこもかわいい。」

 にやけながらそう話す愁也の言葉を同僚はいつもの事というように、はいはいと適当に聞き流した。

 「じゃあ、行ってくるから。」

 そう言って部屋を出て行った瞬間誰かに足を掛けられて愁也は転んだ。何すんだよ、と悪態を吐いて顔を上げた先に沙依の姿を見つけて、愁也はうげっと声を上げた。

 「青木沙依(あおきさより)?何で、お前がこんな所にいるんだよ?」

 「うちの部隊の詰所もこの建物にあるんだから別に不思議じゃないでしょ?愁也こそ職務中に抜け出していったい何処にいくつもり?」

 「別にお前には関係ないだろ。」

 「真面目に仕事しないなら退役すれば?うちの連中のこと戦う以外能がない役立たずだって散々バカにしてくれてるけど、愁也の方がよほど働いてないんじゃないの?」

 「実際お前の部隊なんて戦争でしか役に立たないんだから、平和になった今、無様に軍にしがみついてないで全員退役させて部隊解体しろよ。どうでもいい雑用や他の部隊のおこぼれで仕事もらわなけりゃやることないようなお前等なんて軍のお荷物で異物なんだよ。」

 そう悪態を返してくる愁也を沙依は睨み付けた。

 「へぇ、愁也。弱いくせにわたしに面と向かってそういう悪態ついて喧嘩売ってくるんだ?」

 底冷えのするような静かな声でそう言いながら、沙依は愁也に殺気を向けた。

 「今の俺はもう昔の俺じゃないんだよ。いつまでも俺が弱いままだと思ってるなよ。もう、お前にだって負けないからな。」

 「戦闘能力に関して第二部特殊部隊序列二位のわたしに勝てる気でいるとか、うちの部隊は本当にバカにされたものだね。そこまで言うなら愁也、わたしと勝負しよう。うちの部隊をそれだけこけにされて見逃すなんてできない。」

 そう言って沙依は愁也に刺すように冷たい視線を向けた。

 「わたしが負けたら愁也の言う通りうちの部隊を解体してあげる。その代わり、愁也が負けたら第三主要部隊を解体して。部隊を解体するだけで、第三主要部隊の隊員達は退役せず他の部隊に移っても構わない。でも愁也は退役して。そしてもう二度とうちの部隊にケチをつけないで。」

 そう言われて愁也はなんでそんな勝負受けなきゃいけないんだよと言った。

 「わたしに勝てる自信があるんでしょ?逃げるの?」

 そう言って沙依は冷たい視線を向けたまま小馬鹿にしたような笑い方をした。

 「自分で売った喧嘩の尻ぬぐいもできないなんて情けない。結局、愁也は安全な所からしか人を攻撃できないんでしょ?本当、小さい男。でも、まぁ、弱いからキャンキャン鳴いて威嚇してるだけの子犬ちゃんの言うことを真に受けて躍起になるのも大人気ないから、やりたくないなら退いてあげるよ。」

 そう言って沙依は、キャンキャン鳴くしか能がない子犬ちゃんの言うことなんて気にするなってうちの連中にも言っておくね、と言葉を残して踵を返した。そんな沙依の腕を愁也が掴んで止める。

 「誰もその勝負受けないなんて言ってないだろ。受けてやるよ。負けて泣きを見るのはお前の方だからな。今から負けたとき自分の部下になんて言うのか考えておくんだな。」

 「うちの連中は本当に自分の部隊に誇りを持ってるんだよ。あいつらは自分の部隊をバカにされてわたしが何もしないなんて許さないし、うちの部隊を背負って負けるなんて事も許さない。もしわたしが負けたとして、他の部隊に移ってまで軍に残りたいなんて言う奴も一人もいない。わたしはそんな連中を束ね、いつだって自分の部隊を背負って立ってる。ろくな覚悟もないお前なんかにわたしが負けるわけがないでしょ。部下にする言い訳を考えておくのは愁也の方だよ。わたしにはそんなもの必要ないから。」

 そう言って沙依は愁也を促して訓練場へ向かった。

 空いている訓練場に着くと、沙依は愁也に勝負の内容の確認した。

 「勝負は術式使用なしの近接戦。どちらかが負けを認めるか戦闘不能で勝敗を決めるということでいい?」

 愁也が肯定したのを確認して沙依は位置に着いた。

 「じゃあ始めようか。」

 沙依のその言葉を皮切りに二人は打ち合いを始め、あっという間に沙依が愁也を追い詰めて喉元に模造刀を突きつけた。

 「参ったって言う?」

 冷たい視線を向けながら沙依がそう言って、愁也は誰が参ったなんて言うかと突きつけられた模造刀を払って追撃した。沙依がそれを軽く避け、自分の模造刀を捨てて愁也に拳を突き出す。

 「お前ふざけてるのか?」

 「いくら模造刀でも、のど突き破ったら愁也死んじゃうでしょ?わたし手加減は得意じゃないから。」

 「本当、ふざけるな。」

 愁也が激昂して振り下ろしてきた模造刀を沙依は軽く手で受け流しながら顔面に肘を打ち込み、その勢いに乗せて腹部に拳を突き出す。崩れ落ちる愁也に更に追い打ちを掛けて倒れ込んだ愁也の胸部を踏み込んであばらを折った。

 「ごめんね。わたし一馬(かずま)みたいに手加減得意じゃないから、後遺症が残らないように怪我負わせるなんて器用なことできないんだ。」

 酷く冷徹な視線で見下ろし愁也の足をぐりぐり踏みつけながら沙依はそう言った。

 「参ったって言う?言いたくても息ができなくて言葉が出ないかな?あばら、肺に刺さってないといいね。」

 そう言いながら沙依は愁也の手足の骨を折って、彼を完全に戦闘継続不可能な状態にした。


         ○                      ○


 愁也が目を覚ますとそこは医療部隊の病室だった。視線の先に沙依の姿を見て、愁也は顔を顰めた。

 「何しに来たんだよ。人を笑いにでも来たか?」

 そう言うと沙依が、さすがにやり過ぎたかなと思ってさと言ってきて、愁也は不機嫌そうにそっぽを向いた。

 「完全に俺の負けだ。第三主要部隊は解体。俺は退役する。それでいいんだろ?」

 そう言う愁也に沙依は驚いたような顔をして、本当にそれするつもりなの?と訊いた。

 「男に二言はない。勝負を受けたのも負けたのも事実だ。潔く制裁を受けてやるよ。」

 そう言う愁也を見て、沙依が感心したような顔をして、それから笑った。

 「勝負に負けても結局何もしないと思ってた。ちゃんと約束守るつもりがあったなんて、わたし、ちょっと愁也のこと見直したよ。」

 「約束は守るに決まってるだろ。お前、俺のことどんな奴だと思ってたんだよ。」

 「え?クズ。」

 何の躊躇もなくはっきりそう言い切る沙依に愁也は苛々した視線を向け、視線を逸らして溜め息を吐いた。

 「これで俺も軍人じゃなくなるのか。お前にも手も足も出ないでやられるし、これじゃ胸張って自分が強いとか言えないし。せっかく頑張って隊長まで上り詰めたのにな。」

 そうぼやく愁也に、沙依はしれっと別に辞めなくても良いよと言った。

 「はぁ?お前が部隊の解体と俺の退役って条件出したんだろうが。」

 「愁也が辞めたければ辞めても良いけどさ、部隊の解体とかそんな大事、軍議にもかけずにわたし達の一存で決められる訳がないじゃん。最初からそんなの望んでないよ。わたしはただうちの部隊の連中の溜飲が下げれるような事実が欲しかっただけ。それに、勝ったからって実際にそんなの強制したら、余計うちの部隊への風当たり強くなるじゃん。愁也って、よくそれで隊長なんて務まってるねって言いたくなるくらい頭悪いね。」

 「ほっとけ。ってか、お前それが解ってて勝負しかけてきたって、自分も解体させる気なかったってことか?」

 「わたし愁也に絶対負けないもん。でも、万一負けてたとしたら、その時は誰が何と言おうと、うちの部隊全員退役させて第二部特殊部隊は解体させてたよ。ただ喧嘩買っただけの愁也と違って、こっちは自分達の誇りを賭けて勝負したんだから、負けて縋り付くなんて無様な真似できるわけがないでしょ。」

 そう言って沙依は、傷の具合はどうか訊いた。

 「思ったよりも悪くない。足は動かねーけど、他はそんなになんともない感じだな。」

 「そりゃ、人体蘇生術で治しといたからね。手加減苦手だけど、生きてさえいればわたしに治せない怪我はないから容赦なくボコったんだし。腹は立ってたから、暫く退院できない程度には痛めつけたままだけど、後遺症が残るようなことはないよ。」

 「はぁ?お前最初から全部想定内かよ。性格悪いな。くそっ。バカにしやがって。しかもこんなに情け掛けられるとか。ここまでやられて俺がおちおち軍に残れるわけがないだろ。くそっ。」

 そう言って本当に悔しそうに俯く愁也に沙依は声を掛けた。

 「少しは見下されてバカにされる人の気持ち解った?わたしはまだ理不尽なことは何も言ってないつもりだよ。でも、愁也はいつも何も知ろうとしないで人のことバカにして、歩み寄る姿勢も何もなく暴言吐いてさ。わたし子供の頃から愁也のこと大っ嫌い。何も知らないくせにコーエーや行徳さんの悪口言うし、わたしのことも忌み色を持った厄災の御子だって、わたしのせいで悪いことが起こるんだって言って虐めてきてさ。うちの連中のことだってそう。あいつら確かにバカでどうしようもないけど、いつだってこの国を守るために戦争の最前に立って、時には最初から死ぬことが前提の任務だって躊躇なくこなして戦い続けてきたのにさ。そんな誰もが逃げ出すような危険な任務に身を投じて戦い続けてきたうちの連中をバカにされて、わたし悔しくて悔しくてしかたがなかった。なんでバカにされなきゃいけないんだって、なんでそんな酷い言われようしなきゃいけなんだって、いつだってそう思ってた。でも、だからって喧嘩しても意味ないし、どうしたら理解してもらえるだろうって。どうしたら酷いこと言われ続けて自虐的になってたあいつらが胸張れるようになれるだろうって。わたしはそんなこと考えて、隊長になってからはそれを成すために怒りは我慢して頑張ってきた。あいつらにも怒りは我慢させてバカにされるような行動は慎ませて、周りに自分達の存在を認めさせるような努力をさせた。」

 そう言って沙依は涙を堪えた瞳で愁也を睨み付けた。

 「あいつらはちゃんとわたしの想いに答えて努力してくれたんだ。苦手なことも頑張って、自分達のできることを精一杯やって、戦わなくて済むようになった今だって国のためにちゃんと働いてる。今でも騒動起こすことあるけど、でも、暴言吐かれても昔みたいに何でもかんでも喧嘩買って暴れることしなくなって、ちゃんと我慢するようになって、その分仕事に精出してさ。短気なあいつらが自分達の必要性をちゃんと行動で示す努力をしてるんだ。愁也にバカにされるような所なんて一つもない。お荷物だとか異物だとか言われるような所なんて一つもない。わたしはうちの連中を誇りに思ってるし、本当に格好いいと思ってる。わたしの大切な部下達をもう二度と愚辱しないで。今後も同じようなこと続けるなら、次は本当に許さない。」

 そう言う沙依を見て愁也は黙り込んで、ばつが悪そうに悪かったと言った。それを見て驚いたような顔をする沙依を見て愁也は、本当俺のことなんだと思ってんだよと悪態を吐いた。

 「いや、何て言うか、本当、悪かったよ。子供の頃のことも。お前がそんなに気にしてるとか思ってなかった。本当、只の軽口のつもりで言ってたんだよ。そこまで深刻じゃないというか何というか。」

 「それ、よけい質悪い。軽口のつもりでも言っていいことと悪いことがあるでしょ。冗談のつもりであれだけの暴言吐くとか本当に信じられない。」

 「だから悪かったって。」

 「もうしない?」

 「しない。」

 「他の人にも、絶対。」

 「絶対しないから。もういいだろ。」

 そう言う愁也を胡乱げな目で見て沙依は信用できないと言った。

 「なんか本当に悪いと思ってる人の態度に見えない。でも、本当にもう二度とやらないでいられたらそのうち許してあげてもいいよ。」

 そう言うと沙依は病室を出て行った。


         ○                      ○


 「お疲れ様。上出来だよ。」

 そう裕次郎に声を掛けられて、沙依はこれで本当に大丈夫なの?と訊いた。

 「確かにふるぼっこにして暫く退院できないようにはしてきたけど、一時しのぎにしかならなくない?」

 「大丈夫。止めは山邉春李がちゃんと刺してくれるから。」

 それを聞いて疑問符を浮かべる沙依に、裕次郎はあれは頭悪いだけで本当の異常者じゃないからと言った。

 「調べた結果、長田愁也はただ初恋こじらせただけのただの勘違い男だって解ったからさ。見ててみなよ、山邉春李にフラれて玉砕して終わるから。」

 「じゃあ、わたしがぼこぼこにする意味なくない?」

 「それはそれであいつを完全に潰すためには必要なんだって。」

 そう言って裕次郎は沙依に調査結果の詳細を教えて、自分がどんな作戦を立てて実行したのかの種明かしをした。

 「それにしても君の演技は凄かったね。長田愁也に喧嘩売ったときのアレ、うちの隊長そっくりだったよ。(かえで)が用意した台詞回しもなかなか様になってたし。ちゃんと臨機応変に立ち回ってたし。案外君はうちの部隊に向いてるかもね。本当に第二部特殊部隊が解体とかになって行き場がなくなったらうちにおいでよ。うちの部隊は事務仕事多いし、どんなに平和になったって絶対なくならないからさ。」

 その裕次郎の提案を沙依は断った。

 「現状に対して軍人が溢れてるのは事実だし。今うちがやってる仕事も永続的なものではないことも事実だし。国内の治安強化が進んで安定して、今よりずっと平和になったら、その時はある程度軍の規模を縮小する必要はあるかなって思ってる。そしたら真っ先に切るべきなのはやっぱりうちだと思ってるんだ。だから、もしうちの部隊解体しなくちゃいけなくなったら、その時はあいつらと土建屋さん兼自警団でもしようかなって考えてる。みんな無駄にがたい良いし体力はあるしね。向いてそうだと思わない?その時のために第一部特殊部隊に出向させて、土木建築の技術身につけさせてるところもあるんだよ。」

 それを聞いて裕次郎は確かに向いてそうだねと言って小さく笑った。

 「君は何も考えてないように見えて、そういうことに関しては案外よく考えてるよね。僕は君のそういう所は嫌いじゃないよ。」

 そう言って裕次郎はありがとうと言った。疑問符を浮かべる沙依に、裕次郎はなんでもないと言った。

 「仕上げが終わって、全部うまくいったら成功報酬くれる?」

 「え?報酬必要なの?」

 「そりゃ、君の私事に労力使ったんだからね。もらう物はもらわないと採算が合わない。」

 「やった後でそれ出してくるとか酷い。」

 「ちゃんと確認しなかった君が悪いんでしょ。成功報酬だから、今から失敗させてこの話しがなかったことにしてもいいけど。」

 そう言われて沙依は顔を顰めた。

 「何が欲しいの?」

 「じゃあ、僕のお母さんになって。」

 「いや、それってさ・・・。」

 「もちろん本当の母親じゃなくて、うちの隊長のお嫁さんになってってことだけど。」

 それを聞いて、人で遊んでるでしょとむくれる沙依を見て裕次郎は声を立てて笑った。

 「別にうちの隊長のこと諦めなくても良いよって言ってるんだよ。もうあの人は大丈夫だからさ。でも、あの人が君の気持ちに答えるかどうかは解らないけどね。特定の相手を作らない主義が直るかも解らないし。」

 そう言って裕次郎は沙依の襟を引っ張って口づけをした。驚いた顔で固まる沙依を見て裕次郎はいたずらっぽく笑って、今回の報酬はこれでいいよと言った。

 「もしあの人のこと諦めが付いて他の人に行く気になったら、僕のことも候補に入れておいてよ。君がその気になったら、その時はこんな子供の姿じゃなくて本当の姿で迎えてあげるから。」

 固まったままでいた沙依は、暫くしてようやく認識が追いついて、みるみる顔が赤くなっていった。何を言えばいいのか解らなくてあわあわしている沙依を見て裕次郎がくすくす笑う。

 「これぐらいでそんな反応しちゃってさ、案外免疫ないよね。ちょっと楽しい。」

 「人で遊ばないでよ。」

 「遊ばれたくなかったら免疫つけなよ。なんなら練習相手になってあげようか?」

 「そういうのが完全に遊んでるよね。」

 そう言う沙依に裕次郎は含みのある笑みを向けた。

 「これに懲りたら気軽に僕に頼み事なんてしない方がいいよ。」

 そう言って裕次郎はその場を後にした。


         ○                      ○


 入院中、両足が折られているため歩くこともできず愁也は不機嫌な様子で寝台でヒマをもてあましていた。そんな時ノックの音が聞こえて、病室の扉を開けて入ってきた人物を確認して、愁也は満面の笑顔を浮かべた。

 「何だよ春李、見舞いに来てくれたのか?ずっと来なかったけど、本当は俺のことが心配でしかたがなかったんだろ。」

 そう言う愁也に春李は嫌そうな顔を向けてそんなわけないでしょと言った。

 「弱いくせに沙依に喧嘩なんか売るから。その怪我は自業自得でしょ。」

 そう言って春李は軍人辞めるって本当?と訊いた。

 「別にあんたの事なんて心配してないし、いなくなれば清々するけど、あんた軍人として名を上げることは昔から必死に頑張ってたから。周りから向いてないってぼろくそ言われて、軍人として大成するなんてムリだって散々言われてバカにされてたのに、あんなに必死になって訓練も勉強も頑張って隊長になったのに、たかが喧嘩で辞めていいのかなって思ったの。あんたのことなんか嫌いだけど、死にもの狂いで頑張ってたのは知ってるから、あれだけなりたくてなった軍人なのに変に意地張って辞めちゃうのはもったいないんじゃないかなって思って。続ければ良いじゃん。別にちょっと笑われるくらいたいしたことじゃないでしょ。」

 それを聞いて愁也は感動したように春李の名前を呼びながら抱きつこうと腕を伸ばして、思いっきり頬を叩かれた。

 「勘違いしないで。幼馴染みとしてちょっとだけ気にかかったから言いに来ただけで、本当に心からあんたなんていなくなればいいと思ってるんだから。」

 「照れちゃってかわいいな。素直に俺に軍に残って欲しいって言えばいいのに。お前が素直にお願いすれば俺も喜んで残るぞ。」

 「やめて、本当に気持ち悪い。」

 本当に嫌悪に満ちた目で自分を見てくる春李に対し、愁也はそうだよな、今はまだ素直になれないよな、と勝手に一人納得している様子で、春李は理解できないものを見るような視線を向けた。

 「青木沙依に瞬殺されるような実力じゃ、まだお前も素直になれないよな。軍に残ってもっと鍛えて強くならないとな。じゃないとお前も素直に俺の腕の中に飛び込んで来れないよな。だからお前俺に軍辞めてほしくないのか。残ってもっと頑張って早くお前に釣り合う実力つけて迎えに来てって事だな。」

ニヤニヤしながらそう言う愁也に春李は本当に嫌そうに、何言ってるの?気持ち悪いと言った。

 「わたしがあんたの腕の中なんか飛び込むわけないでしょ。死んでもお断りよ。」

 「また、そうやって照れちゃって、かわいいな。」

 「照れてない。本当に気持ち悪い。あんた本当なんなのよ。いいかげんにして。」

 そう怒鳴る春李に愁也は笑顔で、だって約束したろと言って、春李は怪訝そうに顔を顰めた。

 「約束?」

 「ほら、子供の頃さ、お前が化け物呼ばわりされて虐められて泣いてたとき、約束したじゃん。俺が強くなって守ってやるって。お前と肩並べられるくらい強くなってずっと一緒にいてやるから待っててくれって言ったろ?お前も笑顔で待ってるって言ってたじゃん。」

 「それがなに?」

 「つまり、俺がお前と肩並べられるくらい強くなったら結婚するってことだろ。お前だってずっと恋人の一人も作らないでさ、俺が迎えに行くのずっと待ってたんだろ?」

 それを聞いた瞬間、春李は顔を怒りで真っ赤にして、バカじゃないのと怒鳴った。

 「そんなわけがないでしょ。仮に結婚の約束してたとしても子供の頃の話しだし、そもそもそれ、結婚のけの字も出てないから。そもそもわたしがあんたんなか好きになるわけがないでしょ。散々人のことチビで子供にしか見えないとか、普通じゃ恋愛対象にならないとか、成人の儀の時だって、大人っぽい格好が似合わないってバカにしてさ。あんたのせいでわたしおしゃれしたいのに、おしゃれするのが怖くなってできなくなったんだからね。周りからドチビ同士でお似合いだなとか、もうくっついちゃえよとか言われる度に、本当に嫌で嫌でしょうがなかったの。ここのところずっとあんたに付きまとわれて、しつこくされて本当に嫌でしょうがなかったの。本当に顔も見たくないくらい大っ嫌いなの。」

 そう一気にまくし立てて、春李は肩で息をした。そんな春李の様子を見て、愁也は一瞬ぽかんとした顔をして、その顔をみるみる青ざめさせて嘘だろと呟いた。

 「嘘じゃない。あんたのどこに好きになる要素があると思ってるの。わたしのことだけじゃなくて、わたしの大切な友達のことも散々酷いこと言って傷つけてきてさ。沙依が許してもわたしは絶対許さないから。普段から酷いことばっか言ってきて、自分の大切な友達のことも貶してくる人を好きになるような人がいると思う?」

 「いや、あれはちょっとからかってただけのつもりで悪気があった訳じゃ。もうしないって約束したし。もうやらないから。」

 「そう言う問題じゃない。遊びのつもりで人を平気で傷つける人とか最低。わたしそう言う人大っ嫌い。もうしないとか関係なく、そういうこと平気でしてたってだけでムリ。」

 「俺、お前と一緒になるためだけに軍人になって必死こいて隊長までなったんだけど。」

 「迷惑。そんな理由でなったなら軍人辞めれば?どんなに強くなったところで絶対にあんたと一緒にはならないから。あんたと結婚するくらいなら本当に死んだ方がまし。たかだか喧嘩ごときで軍人辞めたらあんたが後悔するんじゃないかと思って来たけど、来るんじゃなかった。本当に気持ち悪い。もう付きまとわないで。今度変なこと言ってきたら、あんたがもう二度と普通の生活できないようにしてやるから。」

 そう言って怒り露わに病室を出て行く春李を呆然と見送って、愁也は真っ白になった。こうして愁也の初恋は終わりを告げた。


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