最終章 これが私が望んだ世界 7話
「はぁ、そろそろ決めていただきたいのだが?」
ベルズ王がため息混じりに話す。ネーベル王もイライラしているのか、それすら隠さずにいる。
「何度言っても変わらぬ。仮にそなたたちに託しては、今の均衡は保てぬ。」
エレナス公はまるで機械のように繰り返している。事実上、譲る気はないといってるのだが、ベルズ王もネーベル王も諦める気配はない。
しゃん。大量の鈴が一斉に鳴る。
会談をしていたマナリスの国王達は、一斉に周囲を確認した。
オフェリアは青い顔をして、隣のエレナス公へすがりついた。
「叔父上!やつらが来ます!」
「なっ!」
一瞬、エレナス公も同様したようだが、オフェリアがいつもとは違うかなりの取り乱し様に、落ち着かせようとオフェリアに近づく。
「な、なんだ!?」
周囲が暗く不気味な気配に包まれる。側で待機していたベルズ王達の騎士たちが暗闇に飲まれたのを見たベルズ王が、ぎぃっとエレナス公を見る。
「貴様!何をした!?」
「-------来てしまったようだ。」
エレナス公はオフェリアから離れると、"扉"に視線を向ける。それを見て、ベルズ王とネーベル王も見る。
ずるり、と這いずるように、何かが"扉"から現れる。
それは人の形をしているが、長い金髪に獣の耳、顔には狐の仮面をつけ、巫女のような服装だが、纏う気配が死を連想させる。
それは同じく人の形をして青年のようだが、顔にはワニのような爬虫類の顔で、天に伸びる角を生やし、黒い羽織を着ていた。
その後ろからはさらに、マナリスの国王達は見たことがないが、明らかに魔物のような出で立ちの、"何か"。四足の獣から、人の形だが顔にたったひとつの目しかないもの、そもそも傘のような姿をした魔物までいた。
ぞろぞろと"扉"から現れては、マナリスの国王達を取り囲んだ。
異様な気配が満ちていて、ベルズ王もネーベル王も恐怖に染まった顔つきで震えている。ネーベル王に至っては座り込んでいる始末。
この状況に何も感じないのか、エレナス公の近くに、狐面の巫女が近づく。しゃん、とまたあの鈴の音。巫女の衣服には鈴が着いていた。この音だろう。
「"扉"の維持とやらは終わったかのぅ?」
変わった口調で話す巫女の声は、愛らしいがひどく不気味で吐き気がするようだった。エレナス公はぐっと何かに耐えるように頭を垂れた。
「勿論でございます。」
隣で同じく頭を下げるオフェリアに、巫女はちらりと視線を向けたが、すぐにベルズ王達に視線を変えた。巫女は首をかしげて、仮面に手を添えた。
「はて、虫は呼んでないが?」
「ッ!!」
1つの国を治めている自負がある国王二人は、一瞬怒りを見せるが、それすら凌駕する程の殺気を感じたのか、すぐに感情は恐怖に上塗りされた。
「申し訳ありませぬ。こちらで少し状況が変わりまして。」
エレナス公は頭を下げたまま続ける。巫女はまた再びエレナス公の方へ向く。
「何だ?申してみよ。」
「彼らがぜひ、貴方様の支配を受けたい、と。」
エレナス公の言葉に、ベルズ王とネーベル王がさぁっと青い顔をした。巫女はおお、と呟いて答えた。
「自ら首を差し出したのか?良い心がけや。」
ずるり、と何かが這いずる音がして、巫女の近くにいるものたちがにじりよった。
「ち、違っ!」
「何だ?我らに差し出した供物では足りぬから、わざわざ用意しに来たのかと思ったが? 」
エレナス公の横に立ち、舌なめずりの音をさせる巫女。ベルズ王は青い顔をしたまま、話し出す。
「エ、エレナス公!こ、これは一体!?」
「虫が語るな。」
ベルズ王は一瞬にして、五体が周囲の魔物に食われ咀嚼される、そんな幻を垣間見た。それすら一瞬にしては長いほどの時間で、ベルズ王は言葉を失う。
「我が下僕や。こやつらはなんだ?」
「恐れ多くも申し上げます。この者達は我が国の隣国を治める者で、貴方様の恩恵に預かりたいと申してるものです。」
エレナス公は巫女を見上げて、話しかける。視線の位置は膝を落としているエレナス公よりもやや高いが、小柄な巫女はふむ、と仮面に手を添えた。
「この下僕同様に供物を捧げるなら、考えてやっても良いが。」
「く、くもつ?」
意味がわからないのか、恐る恐るネーベル王が呟くように聞き返す。巫女はそうだ、と人差し指を立てる。
「まずは人間の魂だ、万は必要だな。」
「ま、まん?」
「そうだったのぅ、数の数え方から違うのだったな。なんだったかのぅ。」
巫女が困った顔でいると、ワニのような顔付きの青年が近づいて、巫女に話しかける。おお、と呟いて巫女はネーベル王を見る。
「そうじゃ、そうじゃ。数はジアだったかのぅ。」
「ジ、ジア?!」
ようやく理解したのか、ネーベル王が悲鳴のような声を上げた。
「下僕や、今日はいくつ用意がある?」
「勿論、御用命のままに。」
「そうか。楽しみだのぅ。」
くっくっと喉の鳴らし、恍惚の声をあげる巫女を見て、ネーベル王ははぁ、と声を漏らして気絶した。それを見て、ベルズ王が何とか気を持ち直したのか、話し出す。
「まさか、エレナス公!貴様、民を犠牲したのか!?」
「ん?虫が何を語るかと思えば。」
さも当然のように巫女は語る。
「我が住まう世界では当然なのだが、なんじゃ?この世界はこんなにも生ぬるいのか?」
巫女はエレナス公を見下ろす。頭を再び下げながら、巫女の問いに答える。
「貴方様が住まうあちらの世界に比べたら、確かに違うかもしれませぬ。」
「そうか。ならさっさと支配せねばな。何しろ、こっちの神々からは世界を壊さぬ限り、人の支配は問題ない、と話がついておるからな。」
高笑いする巫女の話にベルズ王は完全に抵抗するのをやめたようだった。
「だが、簡単に支配してはつまらぬからな。まずはきちんと供物を納めるなら、支配はせぬぞ?」
「ほ、本当なのか?」
いつの間に覚めたのか、ネーベル王が震える声を発した。巫女はふむ、と仮面に手を添えて考える。
「その辺りの調整は下僕、そなたに一任するぞ。」
「御意。」
エレナス公にそう告げると、巫女は"扉"の方へ歩み寄る。
「そこの虫どもや。きちんと供物を捧げよ。我らの支配を避けたいのならな。」
ベルズ王もネーベル王も、身の危険を十分解ったのか、慌てて頭を下げて返答した。
「では、ここは空気が好かん。あちらで待ってるぞ。供物はいつも通りに。」
「かしこまりました。」
巫女が"扉"の向こうに去ると同時に、ワニの顔の青年が続き、他の魔物のようなものたちもぞろぞろと"扉"の向こうへ消えていった。
辺りが再び明るさを取り戻すと、ベルズ王とネーベル王は慣れたマナリスの空気に腰を地面に下ろし、深いため息をついた。そこへエレナス公が立ち上がると、彼らにこう言った。
「あの者達は、異世界の神々に等しいもの。ヨウカイと言うらしい。あの者達と相対して交渉を続けるなら、譲っても良いのだが。」
エレナス公は腰を抜かしたままの両者を見下ろし、
「まぁ、貴公らには難しいか。」
と余裕の笑みを向けた。
この話題はもう両国の王達から出ることなく、逃げ帰るように去っていった。
魑魅魍魎の表現、難しい!




