6話(視点:悠理)
気がつくと、私の視界いっぱいに美少年の寝顔が飛び込んできた。
「……あれ? 私、夢でも見てるのかな……?」
私は目を擦りながら、目の前の美少年をマジマジと見つめる。
男のくせに、なんて綺麗な肌をしているのだろう?
毛穴なんて感じさせないきめ細やかな肌。試しに美少年の頬を触ってみると、指に吸い付くような触り心地だ。
「す、凄い……肌もスベスベだ」
極上品のシルクのような触り心地に感嘆していると、美少年の長い睫毛が微かに震える。
「…ぅ……ユウ、リ?」
長い睫毛の下から身に覚えのある青い瞳が覗く。
「……」
あれ? これって……。
悠理は内心冷や汗が止まらなかった。
先ず、現在の居場所がベットの上だということ。そんな悠理の隣にいる見目麗しい美少年は間違いなくルイ王子である。
あれ? これってなんのフラグだろうか?
「…ユウリ、調子は、どう?」
寝起きのせいか、微かに掠れているルイ王子の魅惑的な声。
「……」
そんな声に聞き惚れるほど、このときの私に余裕はない。
これって、男性が朝を迎えた女性の身体を心配して言う言葉だよね? あれ? 聞き間違いかな?
「ユウリ、どうしたの?」
ルイ王子の手が悠理の頬に伸びてくる。
「ッ……」
頬をすうっと撫でられ、私は思わず目をギュッと瞑ってしまった。
「ふふ、ユウリ、可愛い」
ルイ王子の指が頬から唇へと滑り、優しく撫でられる。
「い……」
「……い?」
「いゃああああーー!!」
恋愛初心者であった私の精神が、とうとう悲鳴をあげた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「……ユウ…リ!」
「…ユウリ!」
誰かに強く揺すぶられる。
「ぅ……はう?」
眼が覚めると、私は自室のベットの中にいた。これは先ほどまでと一緒だ。一つだけ違うのは、ルイ王子がベットの側で心配そうにこちらを見下ろしているということである。
なんだ、夢だったのか……。
「……よかった。ユウリが魘されていた焦って……」
睫毛を伏せ、憂ある雰囲気を放ち出すルイ王子。
「ル、イ?」
私がそう呼ぶと、ルイ王子は先ほどとは打って変わって、どこか嬉しそうに笑みを浮かべる。
「ユウリが初めて敬称なしで私の名を呼んでくれた」
喜ぶところそこ! と思わず心の中で突っ込んでしまった。
「……あの、ルイ王子?」
「……」
無言で笑みを浮かべるルイ王子。
「ルイ王子、聞いてますか?」
私が問いかけても無言を突き通すルイ王子。
どうして返事してくれないのだろう?と疑問に思っていると、ルイ王子が口パクをする。
「け、い、しょ、う? 敬称?」
私がそう言うと、ルイ王子は「当たり」と言うように頷く。
「ル、ルイ……」
なんだろう? この心の底から湧き上がってくる恥ずかしさは?
頬を赤める私とは裏腹に、ルイ王子は満面な笑みを浮かべた。
「ユウリ」
「ん?」
「ユウリ」
「あの、なんですか?」
「ふふ、ただ呼んでみただけ」
……よく逃げずに耐えた自分。こんな美少年に自分の名前を呼ばれただけでも鼻血もんなのに……名前を連呼されるとか……死んでもいいかも……。
ルイ王子の登場する乙女ゲームとかあったら、きっと世界中の腐女子達が悶絶するに違いない。
「あの、どうして、ル、ルイが私の部屋にいるんですか?」
「ロイトの治療が終わった後、ユウリは気を失ってしまってね。私がユウリの自室に運ばせてもらったんだ」
「ル、ルイ自ら私を? 近くに衛兵がいなかったの?」
「衛兵? 私がいるのに、どうしてユウリを彼らに運ばせないといけないの?」
不思議そうに首を傾げるルイ王子。
「え、だってルイって王子様でしょう? そういうのって周囲に任せるじゃないの?」
私がそう言うと、ルイ王子の目が微かに見開かれる。
「なるほど……ただ私以外の男にユウリを触らせたくなかった、からかな?」
「そう……え?」
今この人、可笑しなことを言わなかっただろうか?
「嫌だった。ユウリが他の男に触られるのが……」
チーン。
「……」
「ユウリ?」
「ご……」
「ご?」
「ごめんなさい!!」
「え!? ユウリ!!」
困惑するルイ王子をよそに、私は部屋から逃亡したのであった。