閑話2(視点:ルイ・アルフォード)
「ようこそファンゼル王国においでくださいました、異世界の勇者様方。私はこの国の第一王子ルイ・アルフォードと申します」
私は、浮足立つ少年少女にそう告げた。
しかし、彼らは突然の出来事にパニックを起こしているようで、仕方なく声を張り上げる。
「皆様、お静かに。今この国は魔王率いる魔族によって危機に晒されております。どうか皆様のお力をお貸しください」
私は深く頭を下げた。
こちらの身勝手な理由で本人達の了承なしに召喚してしまい、申し訳ない気持ちで一杯になる。そんな私に一人の青年が話しかけてきた。
「分かりました。先ずこの世界について簡単に説明してもらってもいいですか?」
中々の美青年だと思う……が、残念ながら私にそっち系の趣味はない。
「はい。説明する前に先ずステータスと念じてください。そうすれば、ご自身のステータスを確認をすることができます」
私がそう言うと、青年はコクリと頷く。
「分かりました。みんな、自分のステータスを確認してみてくれ」
少年の言葉に、少年少女達は戸惑いながらも従う。
ふと、視界の端に地味な少女が映る。
見た感じ、ただの少女。でも……
『彼女にしなさい』
誰かが自分の耳元にそう囁く。私は少女から目が離せなくなった。
少女は自分のステータスを見るなり、目を擦り始めた。そんな仕草にも愛着が湧いてしまった自分に、戸惑いを覚える。
「よっしゃ! 俺が勇者だ!!」
先ほどの少年の声が大聖堂中に大きく響き渡った。少しだけ不快感を覚えるが、勇者がいたというのは吉報だ。
「浩介スゴイ! 私は魔法使いだったわ!」
少年に少女達が集まり始める。どうやら彼はモテるようだ。チラリと先ほどの少女を見ると、少年に全く興味がないようで少しだけホッとする。
「ステータスも確認できたようなので、これからこの世界について詳しく説明させていただきます」
それから私は、彼らにこの世界について簡単に説明した。
「──それではこれから皆様にはご自身の職業について教えてもらいます。それぞれの職業に合った訓練の内容を決めていくので、くれぐれも誤りのないようにお願いします。また聖属性の魔法を持っている方がいましたら、私のところに来てください。といっても聖属性の魔法は、職業が聖職者の方限定の特別な属性です。勇者の職業もかなり珍しいのですが、聖職者の中でも聖女の職業はそれ以上に珍しい。なぜなら、聖女はこの世界に愛されているといっても過言ではない職業なので……」
今回の目的、それは聖属性持ちの者だ。勇者もかなり珍しい職業だが、聖女ほど聖属性に長けた者はいない。
しかし、聖女の別名は“世界の寵愛を受けし者”。そう簡単にいるはずもない。
ふと先ほどの少女に目がいく。どうやら少女はこれから職業を報告するようで、私は聞く耳を立てる。
「せい……」
……え? 聖女?
「じゃなくて魔法使いです」
……魔法使いかよ、と思わず悪態をついてしまう。
報告を終えた少女は、どこかホッとしている。
決して目を惹くような容姿ではない。
しかし、私は自然と少女を目が追ってしまっていた。
少女は視線を感じたのか、後ろを振り返った少女と目が合った。
「……見つけた」
私は思わずそう呟いていた。自分でも何故そんなことを言ったのか分からない。でも、確かに感じたのだ。彼女が欲しい、と。
少女は私と目が合うや否や、そそくさに人混みに紛れていく。それを残念だと思ってしまう自分。もっと少女のことを知りたくなった私は、メイドの下にいき、少女の名前が書かれた紙を確認する。
『ユウリ・シノノメ』
「ユウ、リ…ユウリ」
私は何度も少女の名を呟いた。そして、少女──悠理に近づく。
「職業が、せ、聖職者なのですか!? し、しかも聖属性の中位魔法持ち! 凄いですわ!!」
メイドの驚く声が聞こえ、ふとそちらに目を向ける。そこには、見るからにして可憐な少女がいた。
「中位魔法ってなんだろう?」
鈴のように澄んだ声が聞こえ、心が微かに弾んだ。なんて可愛らしい声なのだろう、と。
不思議そうに首を傾げている少女の耳元で、私はそっと呟いた。
「……魔法はランクによって下位・中位・上位に分けられているんだよ」と。
「ッ!?」
どこかびっくりしたように目を見開く少女に、申し訳なさを覚える。
「ごめん、驚かすつもりはなかったんだ」
「そ、そうにゃんですか。ふ、普通に教えて欲しかったでしゅ……」
カミカミになりながらも話す少女に、自然と口元が緩む。
「ふふ、あなたは可愛い」
思わず柄にないことを言ってしまった。
「……あ、ありがとうございます。私はこれで……」
「え、あ、うん。また後でね?」
少女が自分から離れていく光景に、少し寂しさを覚えてる自分がいた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
少年少女達がお世話係に案内されていくのを見送った私は、とある会議に出席していた。その会議に出席しているのは、私を含めて三人の男である。
「では、先ず勇者コウスケ・カガミ様と聖職者マリ・ヒメカワ様の担当者を決めていきましょう」
ファンゼル国の宰相が話を始める。
「コウスケ様はオーリア王女に、マリ様をルイ殿下に任せるのはどうでしょうか?」
騎士団長がそう提案し、宰相もそれに納得するかのように頷く。
「いや、私はマリ様をハルスに任せようと思っている」
「な、何故ですかッ!?」
宰相が顔を真っ青にさせて私に問いつめてくる。
「私は……ユウリ・シノノメの担当者になりたい」
「ユウリ・シノノメ? ……しかし、彼女は魔法使いですよ?」
「知っている」
魔法使いもそこそこ珍しい職業だが、聖職者や聖女には劣る。
「では何故?」
宰相が怪訝そうに首を傾げながら、尋ねてくる。
「…私の勘だ……」
私は、相手の本質を見抜くスキルを所持していた。また相手の身体に触れていることで、その人の思考をボンヤリとだが読むこともできた。
そのことを知っている宰相と騎士団長は何かを考え込むかのように口元に手を当てる。
「……そうですか。しかし…下手をするとルイ殿下の状況が今以上に不利になってしまわれるかもしれませんぞ?」
私は正妃に命を狙われていた。私さえ死ねば、自動的にハルスが王太子となるからだ。
「分かっている……でも、彼女を手放してはいけない気がする。それに誰かが私に『彼女にしなさい』と囁いたんだ」
宰相の喉がゴクリと鳴る。なんせ、私は公にはしていないが、“神の慈悲”というスキルを保持しているからだ。
“神の慈悲”は、“神の加護”に匹敵し、神の加護と似たような効力を持つ。
宰相は眉をひそめ、呆れるように溜め息をついた。
「はあ…分かりました。ルイ殿下がそこまで言うならばそうしましょう。それでよろしいですか、騎士団長殿?」
「ああ、ルイ殿下に従う」
「ありがとう、ジョン殿」
私は騎士団長──ジョン・グランセルにお礼を言った。
「いえいえ、ルイ殿下は私の息子のような存在ですから」
ジョンは口元に笑みを浮かべながら、私の頭を撫でてきた。私はジョンのこのゴツゴツした手が好きだ。
「またそんなことを言っていると、陛下に怒られますぞ……はあ」
宰相は大きく溜め息をし、部屋から退室していった。
「…あいつ、溜め息ばかりしているから、妻に逃げられたんだな、きっと……」
「ブフッ!?」
そう呟いた騎士団長に、思わず私は吹き出してしまった。