閑話1(視点:ルイ・アルフォード)
その日、ファンゼル国は異世界から勇者達を召喚することに成功した。
こちらの一方的な理由で、召喚してしまったことに罪悪感を覚える。
しかし……私はこの国の民を守らなければならない。それが王族として生まれた私の使命なのだから……。
私はファンゼル国の第一王子だが、正妃の子ではない。王が最も愛していた側室の子だ。
本当は私の母が正妃となるはずだった。父は夜会で子爵令嬢の母に一目惚れをした。そして、猛烈なアプローチの末、無事に母と恋仲になり、周囲の反対を押し切って、なんとか結婚まで漕ぎ着けることに成功した。
しかし、そこで思わぬ邪魔が入った。父とナイゼリアン公爵家の娘の婚約話が持ち上がったのである。その娘がナイゼリアン公爵に「私、王妃様になりたい!」と我儘を言ったのだ。
社交界でも、王である父に愛して止まない女がいたことは、誰もが知る事実だった。しかし、王族に次ぐ権力を持つ公爵家の申し出を無碍にもできず、父は母をしぶしぶ側室とするしかなかった。
それでも、父は誰よりも深く母を愛した。正妃の座についた我儘女なんかよりも、遥かにずっと……母だけを。
そして、母はすぐに私を身篭った。そのときの父は、有天頂になって魂の底から狂喜するものだから宥めるのにとても苦労したものです、と侍女長が愚痴をこぼしていた。
しかし……あの女は、自分よりも先に子を身篭った母が許せなかった。どうして子爵令嬢風情の女にこの私が負けなければならないのだと……。
そして事あるごとに妊娠中の母をいじめた。
わざと母のドレスの裾を踏んで転ばせたり、自分からお茶会に誘っておいてお腹を壊したと嘘をつき、妊娠中の母を長時間寒い廊下で立たせて待たせたり、などなど。
妊娠中の母には辛いことばかりだった。
それでも王である父や周囲の従者達の献身的なお世話のおかげで、母はなんとかそれに堪えきってみせた……が、妊娠中の疲労や過度なストレスが原因となり、私を産んでから一週間後、静かに息を引き取ったらしい。
私は、母の顔を知らない。しかし、父に母の肖像画を見せてもらったことがある。どうやら、私の白金の髪は母譲りのものらしい。だから、父はよく私の頭を撫でる。とても愛おしそうに……。きっと亡くなった母を思い出しているのだろう。
幼い頃の私は、母を奪った正妃とその子であるハルスとオーリアが憎くて憎くて仕方なかった。彼らさえいなければ、母は亡くならずに済んだかもしれないからだ。
幾度なく、あの女を殺したいと思った。そして、天国にいる母に謝罪して欲しい、と。
しかし、私は気づいたのだ。
そんなことしても、母は戻ってこないということを。
それから、私は父のような名君となるため、寝る間も惜しんで勉強をした。誰よりも賢く、強く、そして、優しくありたい、そう強く感じた。
そんな私に父は、現騎士団長の息子であるレオンを側近にした。次期騎士団長と名高いレオンを側近にすることで、あの女から私を守ろうとしたのだ。
私はすぐにレオンと打ち解けた。
レオンはとても優秀な騎士だ。しかし、私もかなり武術には自信があった。せめて大切な人だけでも守れる力が欲しくて、密かに現騎士団長の教えを請いていたからだ。
元々私には武術の才能があったようで、現騎士団長が父に「陛下、殿下を私の養子にいただけませんか?」とお願いしていたほどだ。もちろん、すぐに却下されたが……。
レオンは私を尊敬している。なんせ、レオンは強い者が好きだからだ。だから、守られて当たり前だと思っているハルスやオーリアを毛嫌いしている。顔には出していないけれど。
私は無事に十八歳の誕生日を迎えた。
そのとき、レオンは私の前に跪き、自らの剣を鞘から抜き出し、私に預けてきた。
これがファンゼル国に古くから伝わる騎士の誓いだと分かった私は、レオンから剣を受け取り、レオンの肩に剣の刃を置き、騎士叙任の宣言と騎士に与えられる誓いの文句を唱えた。
「我、汝を騎士に任命す」
私は唱え終わると、レオンに向かって剣を向け、レオンは向けられた剣の刃に口づけをする。その瞬間、僅かに剣が光った。これは古の契約で、騎士の誓いがなされたことを意味する。
騎士とは、個人もしくは組織などに忠誠を誓い、その称号と位を授けられた者を指す。忠誠の対象はときに抽象的な場合もあり、たとえば自由や正義、国家に対しての忠誠、といった具合だ。
また騎士は自分だけでなく、主君の名誉を重んじる。
普段は無用な争いを避ける大人しい騎士でも、それを汚されそうな時には命がけで戦う。卑怯な振る舞いや臆病を嫌い、いつも正々堂々と戦いを挑み、弱者を助けるために剣を振るう騎士のその姿に、いつの時代も子供たち(とくに男の子たち)の目にはまぶしく映るのである。
そして、騎士が自ら誓いを破るということは、恥以外のなにものでもない。誓いを守るためには、命さえも投げだす、それが騎士なのだ。
「私の命に代えても、貴方をお守りしましょう」
そう述べるレオンに、私は強く頷く。
「レオン、頼りにしている」
また一人、私にとって大切な存在ができた瞬間であった。