閑話9(視点:姫川麻里)
[視点:姫川麻里]
私は王城の中でただ震えていた。
怖かったのである。
この王都に魔物の大群が近付いていると知らされたとき、私は震え上がった。
どうして私がこんなことに巻き込まれなきゃいけないのよ! 好きでこんな世界に来たわけじゃないのに!!
ルイ様がいてくれたら、ちょっとだけは心強かったのに……。
ハルスではダメ。バカはダメなの。ハルスって「俺がマリを守る」って言ってくれんだけど、全く説得力がないんですもの!! それに……ハルスってマザコンだったのよ!! 正直言ってガッカリだわ!! 最悪よ、最悪!!
「はあ……私はここで死んでいくのかしら……」
そんな馬鹿げたことを呟いた時だった──。
「失礼しますねっ!!」
自室の扉をバンッ!! と開けられる。
「な、なんなのよ!」
そこには腰に手を当てた東雲悠理が立っていた。
「何って今から手助けをしにいくのよ!!」
「はぁ!? あんた馬鹿じゃないの? 死に行くようなものじゃない」
「?」
私の言葉に首を傾げる目の前のお人好し(馬鹿)。
「だから、どうしてわざわざ戦場に行かないといけないのよ! バッカじゃないの!?」
「馬鹿? どうしてそう思うの? あなたには守りたいものはないの? 私はルイを守りたい」
こんな女、本当に馬鹿だと思う。でも……少しだけ羨ましいと思ってしまった。
ハア……こんな女を羨ましいと思うとか、私もとうとう頭がおかしくなってきたのかしら?
「……馬鹿馬鹿しいわ。それにあなたってただの魔法使いでしょう? 私はまだしも回復魔法だけが得意のあなたに何ができるのよ。そうね、回復魔法の使い手ならある意味引っ張りだこよね。なんせ、怪我人が続出するんだし」
「……私、魔法使いじゃないの……」
東雲悠理がボソリと呟く。
「……今なんて言ったの?」
「実を言うと、私、魔法使いじゃないの」
「はぁ!? あんた、とうとう頭がおかしくなったの?」
「いえ、頭はいたって普通ですよ。平常運転です」
……頭が痛くなってきた。
「……それで、本当の職業はなんなのよ。回復魔法が得意だから、僧侶とか?」
「いえ、聖女です」
……あれ? 私、とうとう頭がおかしくなったのかしら? 幻聴が聞こえるような……。
「ごめんなさい。もう一度言ってもらえるかしら?」
「はい。私の職業は聖女です」
「……せいじょ? なるほど、性女ね。つまりルイ様をあなたの体で落としたっわけね。納得だわ。一体そのお人好しの顔の裏に、どれくらいの技術を持っているのかしら? あの王子様も落とすほどの技術ね……すごく気になるわ!!」
私は一つの結論に至った。
地味でブスな女でも、それ相応の技術を持っていればモテるということに。この女の技術を奪えば……玉の輿じゃない!!
「何か勘違いしてるようなので、訂正します。私がいう聖女とは、聖なる女と書く方です」
「……冗談でしょう?」
「冗談ではありません。真実です。今、あなたの目の前にいる私が、聖女です。つまり、あなたの職業の上位職が私です」
東雲悠理から告げれる真実に、私の頭が真っ白になる。
「……はあ、とうとう私の頭はおかしくなったのね」
目の前の現実から現実逃避をする。
「姫川さん、現実から目を逸らしてダメです!! あなたの上司として、命令をします!! 私についてきてください!!」
……これって夢かしら。
「……いつあなたが、私の上司となったのよ」
「今です!!」
「どうしてあなたが私の上司なのよ」
「どうしてって、あなたの職業の上位職だからです!!」
……この女に何を言っても通用する気がしない。
「……私が、あなたについていきたくないって言ったらどうする?」
「そうですね……働かざる者、食うべからずです!! ですから、この王城から出て行ってもらいます!! いや、私が追い出します!!」
……やっぱり敵う気がしない。
「分かったわよ。ついていけばいいんでしょう、ついていけば……」
「本当ですか!?」
目を爛々と輝かせながら、私の手を握る東雲悠理。
おかしいわね。嫌いだったはずなのに、どこか憎めないっていうか……。
「ええ、仕方ないからあなたについていってあげるわ」
「ありがとうございます。後悔は絶対にさせません!!」
東雲悠理はそう言って、私の手を引いて歩き出す。
一体どこに向かっているのかしら? 東雲悠理のことだから……多分魔物の大群の下に行くつもりよね?
まあ、いいわ。どのみち、魔物の大群をどうにかしないと住む所(王城)がなくなってしまうかもしれないんだし……。
私は腹を括った。
そして、私は初っ端から後悔することとなった──。




