閑話8(視点:加賀美浩介)
[視点:加賀美浩介]
俺は今、必死に目の前の敵に立ち向かっている。
王都に魔物の大群が向かっていると知らされた俺は、ロイト率いる討伐隊と共に国境に向けて馬を走らせた。
俺は勇者だ。この力を今使わずして、いつ使うというのか?
以前の俺は、明らかに調子に乗っていた。自分の力に溺れ、他者を馬鹿にした。
だがそれは、今俺の前で馬を走らせているロイトにより見事に打ち砕かれた。
『お前ってマジで勇者? 俺の剣の相手にもならないとか……正直言って期待外れだわ。ルイの方が勇者のお前よりも強いじゃね?』
ロイトから俺に向けて放たれた言葉。
遠征を終えた俺は、ロイト率いる討伐隊の訓練に加わることになった。そして、初日からボコられた。翌日、全身筋肉痛で身体中が悲鳴をあげるほどに……。
信じられなかった。俺は他の連中とは違い、才能がある。
なのに……目の前の男は化け物だと思った。ロイトだけではない。他の隊員も同じだ。
『うわ? マジでこいつ、勇者なの? 信じられねーー!!』
『この勇者、使いものになるのでしょうか?』
『おい、聞いたか? ロイト隊長がまたルイ殿下を襲いに行ったらしいぞ? まあ、見事に返り討ちにされたんだけどな』
『ハハ、隊長もしつこいよな。確か、一度もルイ殿下に勝てたことがないんだとか?』
『隊長もかなり化け物だよな。それを簡単にいなしてしまうルイ殿下は……魔王か?』
『そうかもな。ルイ殿下なら有り得る』
『マジで手合わせをお願いしたいな。俺も今度隊長についていこうかな~~』
『やめとけ。お前の場合、瞬殺だ。隊長に勝ってから挑め』
『うわ、それって一生不可能じゃね?』
討伐隊員の何気ない会話でさえも俺の心を滅多刺しにするには十分な効果を発揮した。
一体俺は、今まで何をしていたんだ?
どうして俺は弱いんだ? 俺は勇者ではないのか?
そんなことばかりが俺の頭をぐるぐると掻き乱す。
オーリアは、俺がロイト率いる討伐隊に派遣されたことを知るや否や絶望していた。
なんせ、討伐隊が使用する訓練所は王族のお姫さんが来るような所ではないからだ。
男の汗の臭いで充満している所に滞在するなど、王女のオーリアにとって苦痛の他でもない。
『あんなむさ苦しい所に行くなど……私には耐えられませんわ!』
オーリアはそう言って、俺の下から離れていった。
そういうことか……この女は俺が勇者だったから近付いたのか……。
マジでクソだな、と思わず悪態を吐く。
そんな女に騙される俺も俺だけどな……。
『お前って馬鹿なのか?』
ショゲている俺に、ロイトがそう話しかけてきた。
『……ロイト殿、俺は本当に勇者なのだろうか?』
『はあ!? マジでお前って馬鹿か!! いや、これは傑作だわ。ハハハッ、マジで腹いてぇ~~』
こっちは真剣に悩んでいるというのに、腹を抱えて笑うロイトをジトと睨む。
『ごめんごめん。だから怒るなって……ブフ』
肩を震わせている笑いを噛み締めるロイトに、全く説得力がない。
『……そんなに俺の悩みって馬鹿らしいですか?』
『ああ、馬鹿らしいね。たかが数ヶ月で小さい頃から訓練してきた俺達に敵うとでも思っていたのか?』
ロイトは笑いを堪えながらそう言った。
ロイトの何気ない言葉が、俺を救った。
言われてみれば、そうかもしれない。たった数ヶ月で何年も何年も訓練してきたこの人達に敵うはずがないんだ。俺は一体何を悩んでいたんだ!?
『ロイト殿の言う通りかもしれません……たった数ヶ月でロイト殿達に敵うはずもないのに……』
『まあ、そうだな……お前は勇者だから、これからもっと訓練を積めば、数年後には俺の剣の相手ぐらいにはなるんじゃね?』
ロイトの言葉に俺の目が爛々と輝いた。
『それは本当ですかっ!?』
俺はガシッとロイトの肩を掴んで聞き返した。
『あ、ああ……多分な』
『俺、頑張ります! そしていつかロイト殿の隣に立ってみせますから!!』
それから俺は熱心に訓練に取り組んだ。
元々俺には勇者というチートがあった。
どんどんと強くなっていく俺に感化されたのか、周囲の隊員達も以前よりも熱心に訓練に取り組むようになった。
『おっ!! 前よりも剣筋が鋭くなったな!』
久しぶりにロイトに手合わせをお願いして、そう言われた。
それだけで俺の心は歓喜した。
自分でも馬鹿らしいと思う。これだけで自分の心が歓喜するとか……。
でも、俺の心は、今まで味わったことがないぐらい満たされた。
いつか、この人に追い付いてみせる。
俺はそう強く決心したのであった。




