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26話



 朝から二人の少女が悠理の部屋に乱入してきた。

 一人は金髪美少女ことオーリア王女である。そして、もう一人の少女がセルシア・エランティーナ。どうやら王妃の弟である侯爵の愛娘らしい。


 そして……ルイの婚約者候補なのだとか……。


 セルシアは、悠理がこちらの部屋に移ってから毎朝ここに訪れ、悠理を貶していく。


「王妃様があなたみたいな泥棒猫など追い出してくれるわ!!」


「ルイ様はとても貴いお方であるのよ! あなたみたいな下賤な者がルイ様の妃になれるとでも思ってるの!」


「本当に嫌だわ。あなたと同じ空間にいるだけで、私までもが卑しい者になってしまいそう……」


 そんならここに来るな! と悠理は毎回思う。


 どんなにセルシアが悠理を貶しても、正直にいってどうでもいい。


 ルイやノーラなどの大切な人が傷つかない限り、悠理の堪忍袋の緒が切れることはないだろう。


 だからだろう。どんなにご飯に虫がウジ虫がいようが、衣服がビリビリに引き裂かれていようが無心になることができた。


 まるで感情が抜け落ちてしまったようだ。

 魔法で対抗する気になればいくらでも対抗できた。ただ悠理の魔法は、女神の加護スキルの影響なのか、威力が3倍増しになっている。したがって、こんな密室で悠理が魔法を放った場合、死人が出る可能性があった。

 自分の魔法は人を殺すためにあるのではない。ルイや大切な人を助けるためにあるのだ。


 そんなある日、とうとうセルシアが悠理に手を上げてきた。


「いい加減にしなさい!! ルイ様は、あなたみたいなウジ虫の相手などしていられないのよ!」


 パァ~ンという乾いた音が部屋中に鳴り響く。セルシアが悠理の頬を引っ叩いたのだ。


 痛い……けど、どうでもいいや……。


 自分の体のことに全く関心がない悠理は、セルシアを無視して窓ガラスの外の風景を見る。


「あなた、どこ見てのよ! 下賎なものくせに!! 早くこの城から出ていきなさい!」


 セルシアはそう言って、再び手を振りかざした。


 しかし、それを見えない力が阻む。なんと悠理の周囲に風の魔法が発動したのだ。


 今この部屋にいるのは、悠理とセルシアの二人だけ。


 つまりこの魔法を発動させることができるのは悠理、ただ一人である。そして悠理はこれをほぼ無意識のうちに発動させていた。


「なんて綺麗な空なんだろう……」


 ただずっと窓ガラスの外の風景を見つめていた。


 その光景を目にしたセルシアは、とても怖いと思った。自分はもしかしたらやってはいけないことをしたのではないかと不安になる。


「ユウリ!!」


 部屋の中にルイが乱入してくる。


 部屋に入って、ルイが目にしたのは、人形のように窓の外を眺める悠理だった。


「ユ、ユウリ!」


 ルイがいくら呼びかけても、悠理はうんともすんとも言わない。


 ルイは動かない悠理に近寄った。そして気付く。悠理は静かに涙を流していることに……。


 頬は赤く腫れ、明らかに以前よりも痩せている。


 ルイは心臓を鷲掴みにされたような気になった。


 どうして自分は悠理がこんなになるまで助けにいくことができなかったのだろう。


「ルイ様! 痛っ!! な、何よこれ!?」


 セルシアが悠理からルイを引き離そうと近付くが、透明な壁に阻まれる。

 どうやらルイ以外、悠理に近付くことができないようだ。


「──リ、ユウリ!!」


 もう一度悠理に呼びかけるが、返事の一つも返してくれない。


 どうしてなんだ。悠理、お願いだから私に返事をしてくれ!


 ルイは無我夢中で悠理の唇に自分のそれを重ねていた。


 眠りの姫を起こすためには、愛しき人のキスだと物語で決まっている。そんな馬鹿げた考えが、ルイの頭によぎった。


 だが、それはどうやら本当のことだったようだ。

 物語で見るような軽いキスではなく、悠理の口内の酸素を全て吸い尽くすような深いキスだったが、悠理の瞳の中に自分が映ったのである。


「──イ、ルイ、苦しい…けど」


 悠理の目尻に涙が溜まる。


「迎えにきたよ。遅くなってごめん」


 ルイはきつく悠理を抱きしめた。すると、悠理は自分の手をルイの背中にまわす。


「助けにきてくれて、ありがとう」


 悠理がそう言うと、ルイは悠理の体を横抱きにし、立ち上がった。


「キャッ!?」


 突然のことでびっくりした悠理は、ルイの首に自分の手を慌てて巻きつける。 すると、先程よりもお互いの身体が密着し、悠理の顔は朱に染まる。


「この部屋はユウリに相応しくない。だから、私の隣の部屋を用意させてもらったよ」


「ルイの、隣の部屋?」


「そう、私の妻が使う部屋だよ」


 ルイの言葉に、悠理は思考が停止しかける。しかし、心の中で湧き上がってくる自分の感情に抗いたくはなかった。今度こそ自分の気持ちに素直になろうと悠理は決心した。


「私、ルイが好き」


 悠理がそう言うと、ルイの目が大きく見開かれた。


「……わ、私もユウリが好きだ。いや、愛してる」


 愛の告白をしてくるルイに、悠理の精神力がそろそろ限界に達する。今にも噴火しそうなぐらい、顔の温度が上昇する。


「あ、ありがとうございます……」


「ふふ」


 二人だけの世界に入っていると、部屋の中に騎士が駆け込んでくる。


「ルイ殿下はいらっしゃい、ますか……お、お取り込み中すみません!!」


 騎士がそう言って慌てて扉を閉めようとするのを、ルイは阻む。


「何かあったのか?」


「そ、それが、王都に魔物の大群が向かっている模様です!!」


「な、何ッ!?」


「え!?」


 部屋にいる全ての人が、騎士の報告に驚愕した。


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