21話(視点:ルイ・アルフォード)
[視点:ルイ・アルフォード]
急いで医務室に向かうと、真っ白なベットで苦痛に呻く悠理がいた。
「ユ、ユウリ!!」
悠理はベットにうつ伏せに寝かされており、剥き出しにされた背中の深い傷が目に入る。
「治療師は何をしている!? 傷が全然治っていないではないか!!」
私は、近くに控えていた男を怒鳴り散らす。
「す、すみません。かなり傷が深いらしく、完治することができませんでした!!」
男の言葉に視界が真っ赤に染まる。
この男は何を言っているんだ? 傷が深い? 完治することができないだと?
「──イ、ルイ……」
悠理の口から自分の名を呼ぶ声が聞こえる。
「ユウリ、ユウリ!!」
私は慌てて、悠理の手を強く握る。すると、苦痛に歪んでいた悠理の顔が少し緩む。
「ル、イ……私は、大丈夫だから……その人を責めないで、あげて?」
早く楽になりたいはずなのに、自分の治療してくれたヤブ医者を心配する悠理に愕然とする。
どうしてこんなにも悠理は優しいのだろう? 自分の我儘を文句を言いながらもいつも許してくれる悠理。
それが嬉しくてさらに甘えてしまう自分がいる。
自分はどれほど悠理に負担をかけているのだろう? 多分かなり負担をかけていると思う。そうと分かっているのに……悠理から離れる気はさらさらない。
悠理と出会う前は、女という生き物に嫌悪感を抱いていた。権力をこよなく愛し、たかが嫉妬で人を殺す。そう、自分の母を殺した王妃のように……。
でも悠理は違う。
悠理は嫌がるかもしれないが、私は悠理が孤立してしまえばいいと思ってる。そうすれば悠理の視界に映るのは、自分一人になるというのに……。
いや、それ以上に嫉妬して欲しい。
以前姫川麻里に腕を絡まれた時は、吐き気と酷い嫌悪感に吐きそうになった……が、そのとき自分の視界に入った悠理の顔が今でも忘れられない。
悠理は気付いていないようだったが、悠理の目には嫉妬が宿っていた。普通だったら嫌悪感を抱くはずだった……しかし、私は不覚にも嬉しいと思ってしまった。
そして嫉妬する悠理を綺麗だと思った。
誰にも悠理を見せたくはない。もし、悠理に翼があったら……私はどうするだろうか? 多分残酷にもその翼を引きちぎるだろう。
どこにでも飛んでいけてしまう翼があるなら……無くなればいい。
誰にも悠理を盗られたくはない。もし悠理を私の前から連れ去るような輩がいたら……徹底的に潰す。
それが血縁者であっても……。
「ユウリ、私にも治療をさせてくれないか? ユウリの治療の腕には負けるけど……」
私がそう言うと、ユウリの口元に笑みがこぼれた。
「ルイも、凄い回復魔法の、使い手だよ?」
苦しそうに息をしながら、ユウリはそう言った。
「ありがとう」
私はそっとユウリの患部に手をあてると、痛かったのかユウリは呻き声をあげた。
「ごめん、痛かったよね?」
「……だ、大丈夫だから続けて?」
悠理は気付いているのだろうか? 私が悠理の剥き出し背中を見て欲情していることに……。流石に怪我人を襲うつもりはないけど。
「……傷、残るかな……」
悠理の口からポロリと本音が漏れる。
それを聞いてしまったルイは、自分の胸が鷲掴みされるような感覚に陥る。
男の自分にとって背中の傷なんてどうでもいいことだ。では、女の悠理にとっては?
自分は悠理になんて言えばいいのだろう? 「私は傷なんて気にしない」と言っていいものなのだろうか?
ルイは悠理の背中の傷を完治できる自信がなかった。
一体自分はどうすればいい?
何もできない自分に悔しさがこみ上げてきたその時である。
『我の力をそなたに貸そう』
誰かが私の耳にそう呟いた。それは男の声だった。
「……ルイ? どうしたの?」
「自分でもよく分からない。でも、多分大丈夫」
私はそう言って悠理の患部に手をあてた。
「我は“神の慈悲”を受けし者。慈悲深い神よ、我に力を貸したまえ」
脳内に浮かぶ言葉をスラスラと読み上げた。その途端、悠理の背中を眩い光が包み込む。以前悠理がロイトの腕を再生させたときと同じ光景が目の前に広がっていた。
他の誰かの力を借りたとはいえ、自分の手で悠理の傷を癒すことができた。そのことにとても満足感を覚える。
ふと悠理の顔に目を向けると、背中の激痛が消えたのか、穏やかな顔をして眠っていた。
「ユウリ、今はおやすみ。あとは私に任せておいて」
私はそう言って、悠理の額に口付けを落とした。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
医務室が自分の執務室に向かうと、そこは混み合っていた。
「殿下、お申し付け通り関わった者全てを集めました」
「そうか……」
私は目の前のクズ共に目を向けた。
ただで許すつもりはない。悠理を傷つけた罪、償ってもらおうか?
そんなことを考えていたからなのか、私の口元が自然と歪んでいた。
それを見た騎士の喉がゴクリと鳴る。
「ルイ殿下、ユウリ殿の具合は?」
先に執務室に戻ってきていたレオンが問いかけてくる。
「大丈夫だ」
私がそう言うと、レオンの張り詰めていた顔が少しだけ緩んだ。その隣で何かがモゾモゾと動いた。人型をとったルージャである。
「ユウリが怪我をしたというから飛び起きてきた。それでユウリはどこ?」
残念ながら……ルージャの躾に失敗した。口調を直そうと何度か試みたのだが、時間が経つと忘却するのか、元の口調に戻っていた。
ちなみにルージャがルイの部屋でのびていた理由は単純だ。ルージャが悠理の寝室に忍び込もうとするからである。したがってルイとルージャは、毎夜仁義なき戦いを繰り広げている。今のところ、ルイがルージャに連勝中である。
「医務室で休んでいる。それとこれからルージャは、私がユウリの側にいられないときに代わって側にいてくれ。もちろん、狼の姿で」
私がそう言うとルージャは人型を解き、狼の姿になる。
「分かった!」
ルージャは嬉しそうに返事をし、執務室から出て行った。
なぜ人型がダメなのかと言うと、私が許せないからだ。中身が神獣といえど、男が悠理に近付くのだと思うと、気が気ではないからだ。
狼の姿ならまだ許せると思った。
「ルイ様!!」
クズ共の一人が私の名を呼ぶ。それだけで虫酸が走りそうだった。
「私、ルイ様のためにあの女を追い払ってやろうと思ったんです!!」
黙れと思った。じゃないと、今にもこの女の首をへし折ってしまいそうだ。
「あの女、ルイ様には釣り合いませんわ!」
次々に言い訳をしていくクズ共。
「少し脅してやろうと思って、風魔法を発動させたら勝手にぶつかってきたんです!!」
そのクズの言葉に私の堪忍袋がつい切れた。
「……そのうるさい口を閉じてくれないかな? じゃないと君たち全員、ユウリと同じ目に遭わせてあげる」
そう言う自分の口元に笑みが浮かぶ。それを見たクズ共は、声にならない悲鳴をあげる。
「お前たちの処罰をどうしようか? そうだ、いいことを教えてあげる。ユウリは私にとって、いやこの国にとって君たちよりも遥かに必要な存在なんだ。そのユウリを傷つけたってことは、事の次第では死刑に値する」
私の口から“死刑”という言葉が出たとき、何人かが悲鳴をあげる。
「しかし君たちをあまりにも重い罰で罰して、ユウリが後々後悔されても困る。だから……」
私はわざと言葉を切った。
「……派遣として、少し遠い地に行ってもらう」
「そ、そんなッ!! 嫌ですわ!」
「どうして私達がそんなところに行かないと行けないの!!」
ギャーギャーうるさい奴らだ。
「異論は認めない。そうでもしない限り、私が君たちの首と胴体を別々にしてしまいそうなんだ。これはね、君たちのために言っているんだよ?」
私は笑みをさらに深める。
個人的には殺しても物足りないぐらいだ。悠理の背中の傷を見たときの殺意衝動に比べたら、今は比較的落ち着いている。
「了承、してくれるかな?」
私がそう言うと、全員が必死に頷く。
そんなに私の顔が怖かったかな?
「ありがとう。とても賢明な判断だと思うよ。レオン、彼らの旅立ちの準備を手伝ってくれる?」
「はい。殿下の仰せの通りに。皆様、私の後についてきて下さい」
レオンはそう言って、彼らを連れ私の執務室から出ていった。
「一先ず片付いたかな? 次に取り掛からないといけないのは、王妃とあの女、か……」




