17話
会場は多くの人で賑わっていた。
ルイ王子の隣にいるからなのか、自分の身体に突き刺さる視線。悠理は逃げたくて逃げたくて仕方なかった。
「ユウリ、大丈夫だよ」
悠理の心身を察したのか、ルイ王子は優しく声をかける。
「お、多いね……」
「そうだね。きっと皆、ルージャを見に来ているんだと思うよ」
ルイ王子はそう言って、ルージャをチラリと見た。
『ユウリは、僕が守る』
なんて可愛いことを言う白狼なのだろうか? 後でたくさん撫でておこう。
ルージャのおかげで、悠理の身体から震えが止まる。
「駄犬のくせに。ユウリの緊張が解けたから許してやるけど……少し気に入らない」
会場の騒めきに掻き消されて、ルイ王子の独り言が悠理の耳に届くことはなかった。
人生初のレッドカーペットを踏みしめ、ディオスの待つ所に行く。
悠理は、ふと鋭い視線を感じ、目を向けた先には煌びやかな衣装に身を包んだ女性が立っていた。
そして、悠理は気づく。その視線は自分に向けられたものではないことに……。
「あれはね、王妃だよ」
ルイ王子が悠理に耳打ちする。
「ルイのこと、睨んでる」
悠理がそう言うと、ルイ王子はクスリと笑う。
「ふふ、神獣が私の契約獣になったことが気に食わないのだろう。あの女のことは無視して、父上に挨拶しに行かないと」
ルイ王子はそう言って、悠理の手を引っ張る。
ディオス様はレッドカーペットの終着点にいた。
正装をしているからなのか、イケメン度が五割り増しになっている。
「国王陛下に挨拶を申し上げます。この度、私の契約獣となりましたルージャです。そして……」
先ずルイ王子が挨拶をし、悠理もそれに続こうとするが、それをディオス様が制す。
「そうかしこまらなくていい。さっき挨拶しただろう?」
穏やかな笑みを浮かべながら、ディオス様はそう言った。
やっぱりカッコいい。それに優しい!!
ディオス様の笑みにつられ、悠理の口元にも笑みが浮かぶ。
その瞬間、静寂が会場を包み込んだ。まるで、時が止まったかのように人々が息をするのも忘れて、悠理に見惚れていたのである。本人は気付いていないが……。
「……ユウリ」
隣から不機嫌な声が聞こえ、悠理はハッとする。
恐る恐る隣のルイ王子の顔を見つめると、黒い笑みが返された。
え? 私、何かした?
「ど、どうしたの?」
つい声が震えてしまった。
「……なんでもないよ?」
ルイ王子の笑みが深くなる。
多分何がやらかした!! それもルイ王子のブラックスイッチを刺激するようなこと……。
「そ、そう? それならいいんだけど……」
「ユウリ、一つだけ忠告しておくね」
「え?」
「あまり私から離れないでね?」
ニコッと満面の笑みを浮かべるルイ王子。
悠理は無意識に頷いた。
素敵な笑みなのに……怖いと思ってしまったのだ。
「主役は揃った! 皆、今日は楽しんでくれ!」
ディオス様の合図共に、会場に運び込まれる料理の数々。そして、中央のシャンパンタワーにシャンパンが注がれた。
シャンパンタワーなんて、テレビでしか見たことがない。
「ユウリ、飲み物をとってくるからここで待ってて」
「うん、ありがとう!」
ルイ王子に言われた通り、悠理はその場で待機する。すると、ルイ王子が離れたのを確認した若い男達が、次々と悠理に声をかけてきた。
「美しき人よ。どうか私を、あなたで酔わせてくださいませんか?」
「なんて美しい人なんだ。まるで薔薇の化身のよう……」
「これから私と一緒に夜の時間を楽しみませんか?」
男達は、歯が浮くような台詞を言ってくる。
あれ? 今日ってルージャのお披露目会だよね? どうして私に声をかけてくるのよ!!
どう対応していいか分からず戸惑っていると、戻ってきたルイ王子が悠理の腰に手を回してきた。
「私のユウリに何か用ですか?」
口元は笑っているのに目が笑っていないルイ王子に、男達の顔色が蒼白になる。ルイ王子は悠理の少し後ろに立っているので、悠理が振り向かない限りルイ王子の顔を見ることはない。
みるみる顔色を悪くしていく男達に、悠理は首を傾げた。
「す、すみません。用事を思い出しました」
「わ、私も」
次々と悠理の前から去っていく男達。
一体何だったのだろう?
「ユウリ、彼らに何かされた?」
「ううん、大丈夫。それにしても……どうしたのかしら?」
「ここにくる前に何か悪いものを食べたんじゃないかな?」
「なるほど! きっとそうね!」
真実を知るはずもない悠理は、ルイ王子に無邪気に笑いかけた。
それを見たルイ王子の顔が一瞬引きつる。そして、大きく溜息をした。
「……ユウリは無自覚すぎる……」
「え? ルイ、今なんて言ったの?」
「ううん、なんでもないよ」
悠理に振り回されるルイ王子であった。
それから悠理は、ルイ王子に連れられ、会場中を歩き回った。
そろそろ椅子が恋しくなってくる頃だ。
「ユウリ、大丈夫? 少し待ってて。今召使いに椅子を持ってくるように言ってくるから」
悠理の足が限界に近づいてくることを察したルイ王子は、そう言って近くに控えていた召使いのところに行く。
ルイ王子が悠理から離れたとき、悠理は頭からワイン塗れになった。
「……え?」
ど、どうして私はワイン塗れになっているの?
頭から流れたワインは、悠理のドレスを真っ赤に染め上げていく。
「悠理さん、ごめんなさい。私、躓いてしまって……」
声がする方向に振り返ると、そこには薄いピンク色のドレスに身を包んだ姫川麻里がいた。
「姫川さん……」
「私……悪気があったわけではないの。せっかくのドレスを汚してしまいましたわ。どうしましょう……」
男なら誰しも守ってあげたくなるような振る舞いをする姫川麻里。
しかし、姫川麻里の口元には笑みが浮かんでいた。




