16話
……あれ?
どうして私の頭上からワインが流れてくるのだろう? 世界って不思議だね~~。
悠理は今摩訶不思議な体験をしていた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
飾り立て(ロイトさん曰く、詐欺)が終わった悠理は、お披露目会が始まる一時間前、国王陛下に謁見していた。
それも執務室で……。
どうやら、他には聞かせられないような話らしい。
いわゆる、丸秘って奴です。
「は、はじめまして。東雲悠理でしゅ!」
はい、見事に噛みました。だって、目の前には一国の王様がいるんですよ! 緊張するに決まっているんじゃないですか!!
「ふふ、私はディオス・アルフォードだ。息子がお世話になっている」
笑われた。ちょっと恥ずかしい。
「そうな……違う違う。逆に私がルイに迷惑をかけていないか、心配です」
思わず「そうなんです。お宅の息子さんがことあるごとに口説いてくるので、非常に困っているんですよね? 親として何か言ってくださいませんか?」と口走りそうになった。
「とてもいい娘さんではないか。ルイよ、でかした」
「父上も分かっていただけますか!?」
「ああ、彼女からとても清らかな魔力を感じる。決して逃すのではないぞ」
「もちろんです、父上」
ん? あの親子、かなり物騒な会話していないか?
取り敢えず、聞かなかったことにする。
それにしてもルイ王子は、ディオス様に似たのだろうか? シャンデリアの光に反射し、親子揃って頭上に天使の輪ができている。ウケ……ゴホン、とても素敵な親子ですね。それに遺伝って怖いです。
いやー、ディオス様って本当に渋くていい男ですね~~。ルイ王子はケツの青いガキ……失礼、まだピチピチなので、渋さにに欠けている。
しかし、どことなく雰囲気は似ているのだ。もしかしたら、未来のルイ王子もディオスみたいな素敵なおじ様になるのでしょうか? 是非ともこの目で拝みたいものだ。
「ディオス陛下、話は後ほど。大事な話があるんでしょう? 今日のお披露目会で忙しい私を呼び出すほどですから……」
ディオス様の近くで控えていた切れ長の目をした男性(これまたいい感じの大人の男性)が話しかけてくる。
どことなく、レオン君やロイトさんに似てる。
「ふむ、どうやらルイから大事な話があるらしい……」
「ルイ殿下から? それなら聞きましょう」
先ほどの態度とは明らかに違う男性。聞きたくて仕方ないって顔をしている。
「グランセル殿、話をする前に、ユウリに自己紹介をよろしくお願いします」
ルイ王子がそう促すと、男性は「これは失礼をした」と言い、優雅にお辞儀をした。
「はじめまして。私はゼノン・グランセルと申します。我が息子ロイトの件で大変お世話になりました」
やはりロイトさんとレオン君のお父様だったらしい。しっかりと体躯をしているから、もしかして? と思っていた。
「いえいえ、私はただ治療しただけですから……」
「魔法使いでありながら、腕を再生してしまうほどの回復魔法など聞いたことがなかったので、とても驚きました」
魔法使い……ではないんですよね。王様まで騙してしまった……流刑だろうか? それとも死刑……。
「その件も踏まえて、話があります。ユウリは、魔法使いでありません。聖女です」
「「……ん?」」
ディオス様とゼノン様に全く同じ反応を返された。
「ルイよ、頭がおかしくなったのではないか? お主が小さい頃から聖女に憧れていたことは痛いほど分かっておる。さすがにここまでくると……」
「ルイ殿下、誰かにいじめられたのですか? 是非ともこのゼノンにお話しください。私がそやつらを懲らしめてきてやりますから」
ルイ王子を心配するディオス様とゼノン様に、ルイ王子は自分の拳を強く握りしめた。
一方の悠理は、必死に笑いを押し殺していた。奥歯を噛み締め、今にも吹き出しそうになるのを耐え凌いでいる。
「……本当のことですよ? それとも…私の言葉を疑うのですか?」
隣から美少年から発せられる低い声に、悠理の背中の震えがピタリと止まった。
「い、いや、ルイを疑っているわけではない。ただあまりにもぶっ飛んだ話に私の頭がついていけなかったのだ」
「すみません。今私は猛烈に後悔しております。殿下のことを一瞬でも疑ってしまったことに……。」
土下座をする勢いで謝る彼らに、悠理は憐れみの目を送った。
仕方ないよね、ルイ王子だけは敵に回してはいけないと思うもん。
「父上、ゼノン殿、分かっていただいんですね」
ルイ王子は先ほどの凍えるような笑みと打って変わって、穏やかな笑みを浮かべた。
「聖女か……にわかに信じがたい。神話にしか登場しないと思っていたが……」
聖女って神獣様並みに神出鬼没だったんですね……って他人事じゃなかった。現に私が聖女様なわけで……。
悠理は、試しに自分の『ステータス』を開いてみた。
『ステータス』
【名前】ユウリ シノノメ
【職業】聖女
【スキル】
・全属性魔法
・加護付与
【加護】
・女神の加護
・世界神の加護
変わるわけないか……。
「聖女となると……殿下、ユウリ殿のことは今しばらく秘密にしておいたほうがいいかもしれませんね」
ゼノン様がルイ王子にそう提案する。
「私も自分の目で悠理の浄化の力を見たとき、そう思いました。父上、魔の森の現状を知っておられますか?」
「ああ、私のところに報告書が届いていたからな。魔の森で瘴気が発生しなくなった、と。王都内では姫川麻里のおかげだと噂されているが……」
おっと、いつの間にか悠理の手柄が、姫川麻里の手柄となってしまったようだ。
「……誰がそんなデマを流したんですか?」
ルイ王子の声が低くなる。
「……多分ハルス派の連中だろう。姫川麻里の能力が神話級の聖女並となれば……そのお世話係であるハルスに王位継承権が転がりこんでくるとでも思ったのだろう。実に馬鹿馬鹿しい考えだがな……」
「もし、あの馬鹿王子が国王になったら……私はルイ殿下を連れて、この国から出ていくつもりです」
「な、なに!? どうしてお前が私のルイを連れていくのだ! 許さぬ!!」
突然ルイ争奪戦を始める、二人の大人。
「ユウリ、この二人は放っておいて準備をしようっか」
「う、うん」
悠理とルイ王子は、ディオス様の執務室を後にした。




