閑話5(視点:とある貴族の男A)
[視点:とある貴族の男のA]
私はファンゼル国のとある男爵である。
今、我がファンゼル国には素晴らしい国王がいる。あの方がいる限り、この国は安泰だと思う。
そんなある日、国王は最愛の側室を失くした。悲嘆にくれる国王を見るのは、従臣である私にとっても辛い光景だった。
しかし、私は一人だけ笑っている女を見つけてしまった。その女性とは、正室である王妃様だ。
私は、許せなかった。国王から最愛の人を奪い、幼いルイ王子から母親を奪ったあの女が……。
でも、私は何もすることができなかった。なぜなら、あの女が側室を殺したという証拠が一つも出なかったからだ。
それから度々、ルイ王子に暗殺者が仕掛けられた。剣術を嗜んでいた私は、自分から率先してルイ王子の護衛についた。その功績を称えられ、男爵という地位を承ることができたのだが……。
ルイ王子はとても聡明な方であった。
なんとルイ王子は、自分の護衛をしてくれた騎士の名前を一人一人覚えていてくれたのだ。
「命を懸けて私を守ってくれているあなた達の名前を覚えないなんて、失礼でしょう?」
幼いルイ王子はそう言って、笑みを浮かべた。
私は感極まって、思わず泣きそうになってしまった。
産まれてすぐに母親を亡くし、王妃のいじめのせいで辛い思いをしているはずなのに、どうしてこんなにもルイ王子は優しいのだろう、と。
十八歳の誕生日を迎えられたルイ王子に、現騎士団長の息子であるレオン・グランセルが騎士の誓いを立てた。
また、次期将軍と名高いロイト・グランセルとも仲が良いらしい。これで、少しでもルイ王子が安全になれば、と私は思った。
話は変わるが、ファンゼル国は無事に異世界召喚を成し遂げた。
また召喚された者の中で三名ほど、普通のお世話係と別に王族のお世話係が付くことになったらしい。
ハルス王子は聖職者の女性を選び、オーリア王女は勇者の男性を選んだ。
そして、ルイ王子は魔法使いの女性を自らの意思で選んだと聞く。
私の周りの騎士達は、「とうとう血迷ってしまったのだろうか?」とルイ王子を心配した。
しかし、私は違った。
ルイ王子が自らの意思で選ぶくらいの女性なのだ、きっと素晴らしい方に違いない。私はそう思っていた。
その女性の名は、ユウリ・シノノメと言うらしい。
私の勘はすぐに当たった。
なんと、ユウリ様が次期将軍と名高いロイト様の欠損した腕を再生したのだ。
指の欠損ぐらいは、高位の治療師でも治せるが、腕の再生となると不可能だと言われていていた。なのに、それを治してしまうなんて、流石ルイ王子の選ばれた方だと、私は心の中で称賛した。
それから一ヶ月経ったある日、ファンゼル国に一つの大ニュースが飛び込んできた。
ニュースの内容は、ルイ王子が神獣様と契約することに成功したというものだった。
この話を聞いたとき、私はあまりの驚きで腰が抜けてしまった。騎士として情けないと思いつつも、あまりの興奮でその晩は寝ることができなかった。
大の男である私が……恥ずかしい限りである。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
そして今日、私も神獣様を見るためにお披露目会に参加している。
会場に到着するや否や、私は一瞬目眩を覚えた。
なんせ会場が、他国の重臣方で溢れかえっていたからだ。
場違いな所に来てしまった、と少しだけ後悔しながらも、私は妙に納得していた。
数百年も姿を隠していた神獣様が、一国の王子の契約獣となったのだ。これが当たり前の反応なのである。
それに神獣様はとても気高い存在であるため、人間の契約獣になるなど一度も聞いたことがない。なのに、一国の王子の契約獣と成り下がったのだから、実に驚きだ。
きっとこの噂を聞きつけた他国の重臣達は、我先にとファンゼル国に入国したに違いない。なんせ、あの神出鬼没の神獣様もその目で拝むことができるのだから……。
ん? 今、陛下と楽しそうに談笑しているのは……隣国の王弟ではないか!? 自国から出てくるほど、神獣様を見たかったのか……凄い執念を感じる。
どこか呆れた視線を送っていると、突然会場内に大きなラッパ音が鳴り響く。
私は慌てて、会場の出入り口に視線を向けると、そこにはレッドカーペットを優雅に歩く巨大な白狼と正装をしたルイ王子がいた。
そして私は、ルイ王子にエスーコートされる女性に目が釘付けになった。
美しい……。
漆黒の髪を靡かせ、淡い青色のドレスを着こなすその女性に会場中の誰もが目を奪われている。
一体あの女性は誰なのだろう?
きっと会場にいる全ての人が疑問に思っていることだろう。
ルイ王子は、白狼と共に、父である国王陛下の下に向かう。
「国王陛下に挨拶を申し上げます。この度、私の契約獣となりましたルージャです。そして……」
ルイ王子にそっと促された女性は、優雅にお辞儀をする。
「そうかしこまらなくていい。さっき挨拶しただろう?」
陛下は穏やかな笑みを浮かべて、女性にそう呼びかけた。すると、女性はどこか嬉しそうな笑みを浮かべる。
それだけで私は、物語に登場する聖女が今ここに舞い降りたような気になってしまった。




