8話
翌朝、悠理はげっそりしていた。
なぜなら……朝から見たくもないものを見せられていたからだ。
「コウスケ様、私、怖い」
金髪美少女のオーリア王女が、加賀美浩介の腕に自分の腕を絡ませる。
「大丈夫、オーリアは俺が守ってやる」
「まあ! とても心強いですわ!」
これから、危険地帯に行くというのに……イチャイチャしやがって……。世の中の非リア充のために爆発しろ!! ってか、爆発してください!!
悠理は内心ため息をつき、公衆の面前でイチャイチャしているカップルから視線を逸らす……が。
「マリ、絶対に俺の側を離れるじゃないぞ。俺が命をかけて守ってやる」
「ダメです。私がハルスを守るんです」
こっちにもイチャイチャカップルがいた……。
確実に悠理の精神を削りにきている…気がする。
「なんだなんだ。このピンク色のオーラは……」
ロイトさんが、話しかけてくる。どこか息苦しそうだ。
「知りませんよ……。どうして、彼らと一緒に合同訓練なんですか……」
「そのことに関しては、私が説明しましょう」
すかさず、レオン君が説明してくれる。
レオン君曰く、王様と騎士団長に相談してみたところ、ルイ王子の同行の件はすぐに了承が降りたらしい。
いやいや、自分の大切な子を危険地帯に送り出すなよ。思わずツッこんでしまったじゃないですか。
また、回復魔法に優れた者(=悠理)が同行すると聞かされていたようで、これもその一因になったらしい。
待て待て、可笑しいでしょ!!
「で、どうしてこのお邪魔虫……失礼。ハルス様とオーリア様がいるのかというと──」
……どうやら実戦訓練らしい。加賀美浩介は実戦でどこまで戦えるかどうかを試すためで、姫川麻里は聖属性の魔法で穢れをどれほど浄化できるかを確かめるためらしい。
それにしても……レオン君、さっき彼らのことを『お邪魔虫』って言ったよね。まあ、実際にそうなんだけど……。
「なるほど。本当にお邪魔虫だな。せっかくユウリとの森デートを楽しみにしていたのに……気が散る」
軽く隣で毒を吐くルイ王子。
それに森デートって何? 今から向かうところってそんな遊園地みたいなところじゃないよね?
「そうですよ。久しぶりに殿下との遠征なのに……」
レオン君、本当にルイ王子が好きなんだな……なんか本当の兄弟みたい。
「……あのお邪魔虫が」
ん? 今レオン君の口から何かボソッと吐かれたよね? え? 気のせい? でも確かに聞こえたよね。嘘……天使のような子だと思ってたのに……実は腹黒だったらして。唯一の癒しが~~!!
知りたくもない真実を垣間見てしまい、落ち込んでいると、ハルス王子御一行がこちらに近寄ってくる。
「おい、ブス女。くれぐれも俺たちの足を引っ張るなよ」
「ハルスッ!!」
話しかけるや否や、悠理を罵ってくるハルスをすかさずルイ王子が止めにはいる。
……二次元にのイケメンになら罵られても平気なのに、こいつに罵られると凄くイラつくのは自分だけだろうか?
「ハルス様、ユウリ殿に失礼ですよ。ユウリ殿はとても回復魔法に優れた方で、もしかしたら遠征中お世話になるかもしれません」
「ふん、俺はそんなヘマなどしない。それに怪我してもマリが治してくれる」
ハルス王子はそう言って、姫川麻里の腰を抱き、自分の方に引き寄せる。
「ふふ、ハルスの怪我は全て私が治してあげます。あ、それにルイ王子も……」
下心丸出しで、ルイ王子に提案をする姫川麻里。
魔法使い(本当は聖女なんだけど)である悠理に比べて、聖職者の姫川麻里の方が回復魔法に優れているかもしれない。
「本当にマリは優しいな……」
ハルス王子はそう言って姫川麻里の頭を優しく撫でる。
女として見たら、悠理は姫川麻里に全て劣っている。
そんなの分かっている。
でも……もし、許されるのなら、ルイ王子に必要とされる存在になりたい。自分自身の手でルイ王子を守りたい。それが自分勝手な願いだとしても……。
「……私は」
ルイ王子が口を開く。
どうしよう。
ルイ王子が姫川麻里の提案を受け入れてしまったら……。
どうしよう。
ルイ王子が姫川麻里の所に行ってしまったら……。
そしたら、私はまた一人ぼっちになるのだろうか……。
途端に悠理の視界が闇で覆い尽くされ、手が震え出す。
「私は、悠理に治療してもらうよ」
「え……?」
ルイ王子の言葉に、先程まで真っ黒だった視界がパッと明るくなる。
「私は、悠理の腕を信頼している。とても魅力的な提案だけど、断らせてももらうよ」
「え、でも……」
やんわりと拒絶するルイ王子に、姫川麻里の目が見開かれる。拒絶されるなんて思ってもいなかったのだろう。
「じゃあ、私たちはこれで。ハルス、お互い、怪我をしないように気をつけよう」
ルイ王子はそう言って、悠理の手を握った。そして颯爽と歩き始める。
このとき、悠理はふと気づいた。
握られたルイ王子の手がとても温かいことに……。
おかげで、いつの間にか手の震えが止まっていた。




