4話.踏み台よ、永遠に。
この話で完結です。
投稿が少し遅れました。申し訳ありません。
「そういえば、フミシロは勇者決定戦に出ないんじゃ無いの?」
勇者決定戦の申し込みをして数分後、アリサがオレに尋ねて来た。因みに、今は選手の控室にいる。
控室には大勢の選手がいるが、皆の視線はある物に固定されていた。天井から吊るされているモニター、このモニターは、試合会場の様子が映し出される様になっているのだ。選手は、大会中はむやみに出歩く事を禁止される。その為、対戦相手の情報を得るにはこのモニターを使うしかないのだ。
と、言ってもまだ勇者決定戦は始まっていない。ではなぜ、皆の視線が釘付けになっているかというと、デモンストレーションでかつての勇者パーティの一員である賢者と盗賊が戦っているのだ。
黄泉の亡者達を蘇生し、支配下に置きながら数の暴力で盗賊を追い詰めていく賢者。バトルフィールドの端に追い詰められた盗賊は、どう見ても絶体絶命の大ピンチだ。しかし、彼は不敵な笑みを崩さない。懐からナイフを取り出し、投擲。
ナイフは真っ直ぐに亡者達に飛んで行き――爆発した。煙に包まれる試合会場、爆発の影響で吹き飛ばされる亡者達。
そして煙が完全に晴れた時、カメラは一つの影を捉えた。
盗賊が、賢者の真上を飛んでいた。比喩でも何でも無く、彼は空を飛んでいた。空気を蹴る事で滞空し、大空を自由に飛び回る事が出来る盗賊のスキル。
――スカイウォークだ。
誰もが、勝負あったと思っただろう。完璧なまでに決められたそれを、防ぐ未来なんてとてもじゃないが想像出来ない。思い描ける未来は地に伏す賢者と、それを見下ろす盗賊の姿だ。
だが、勇者のパーティは普通では務まらない。常識では測れないからこそ、彼らは魔王と戦える。
盗賊のナイフは、賢者を切り裂く。しかし、切り裂かれた賢者が倒れる事は無い。切り裂かれた賢者は、徐々にその身体をブレさせていき、そして消滅した。自分自身は瞬間移動し、自分のいた場所に分身を生み出す賢者のスキル。
――スケープゴートだ。
「後ろですよ?」
会場に仕込まれた超高性能マイクが、賢者の言葉を拾う。驚き、後ろを振り向く盗賊。だが――遅い。
賢者の次の一手は最上級呪文の一つ。それは単純にして最強の呪文。周囲を、爆炎で包み込む賢者の代名詞。
ビッグバン。
会場は爆炎に包まれる。観客の熱気、賢者と盗賊の熱い心が控室まで届いてくるようだ。心なしか、控室の温度も上昇した様な気がする。
賢者が放った呪文は、敵を一瞬で消滅させるであろう攻撃。だが、この程度の呪文では試合は終わらない。当然の様に煙から飛び出す盗賊、再度呪文を唱え始める賢者。
どうやら、試合はまだまだ終わりそうに無い。
モニターから視線をきってアリサに向き合う。質問に答えなければいけない。仲間を無視するのは、ポイントが低いからな。
「出ない予定だったが、気が変わってな」
「なんで? もしかして勇者になる気になったの?」
顔に喜色を浮かべるアリサ。当然の事だが、オレに勇者になる気はもう存在しない。何故だ、何故それが分からない。
「……分からないのか? オレが勇者決定戦に出る理由なんて、一つしかないだろう」
「やっぱり、フミシロも勇者になりたいんだね!」
「違う」
「えっ」
「気付かないか? あそこで筋肉を見せつけている男。あれは一種の威嚇行為だ。筋肉というのは、存在するだけで見た目が強くなる素晴らしい物だ。そして、見た目の強さは踏み台の必須要素の一つ。残念ながらオレには筋肉は無い。両親からの遺伝だろうな、どんなに鍛えても手に入れられなかった」
「う、うん。それで?」
困惑の表情を崩さないアリサ。やれやれ、ここまで言ったのに気付いて無いようだな。
しょうがない、教えてやろう!
「勇者決定戦は、勇者を決める大会ではない。愚かにも、オレは先程までそれに気付けなかった」
「え? だって勇者決定戦だよ?」
違う、アリサ。それこそが罠なのだ。名前に踊らされているようでは、ダメだ。
「周囲を見ろ、明らかにオレより弱い。とてもじゃないが、勇者たる器がこの中にいるとは思えない。つまり、この大会はそもそも勇者を選ぶ大会じゃないんだ。この大会は言わば、踏み台決定戦だ。もう一度周囲を見てくれ……分かるだろう? アイツ達はプロの踏み台だ。オレには分かる」
「ええ……? だから勇者決定戦に出るの?」
「ああ、勿論だ。……ん? どうした、残念そうな顔をして」
「ううん、何でも無い。…………はあ」
うーむ、しかし周囲のレベルは非常に高いと言わざるを得ない。ザッと見渡してみても、それぞれのキャラが立っているのだ。例えば、椅子に座って魔導書を読んでいる女。先程からブツブツと小声で何かを呟いている。
ミステリアスだ。だが、暗いな。それはマイナスポイントだ。しかし、こういうキャラは一定の需要がある。強敵と認めざるを得ない。オレの踏み台ライバルとなり得る存在だな。
周囲を見渡し、戦うべき敵を観察していく。他にも何人か目についた奴はいた。ライバルは、多い。
――この大会、荒れるな。
「なあ! お前もこの大会に出るのか?」
ん?
周囲の人間を観察していたら、黒髪の男に話しかけられた。ここにいるという事は、大会に出るという事なのだろう。戦う事になるかもしれない。外見を観察していく。
筋肉は有るようには見えない。性格も、話しかけてきた時の様子から明るい青少年と言った所か。
……何故、こんな所に来ているんだ?
いや、この少年もかつてのオレと同じか。勇者決定戦が、勇者を選ぶ大会だと思っているのだろう。成程、それならば納得はいく。記念にエントリーしてみたのだろう。
「おい! そこのお前だよ! お前も大会に出るのか?」
少年は、気付いて無いとでも思ったのか、再度話しかけてきた。無視してもいいが、ここで無視するのは危険な行為だ。審査員が控室にいないとは限らない。ここは踏み台らしい完璧な対応をするべきだろう。
「……ああ」
完璧だ。見たか、この大物感を。ライバル達のキャラは濃い。付け焼刃のキャラでは埋もれてしまう。だからこそ、オレはこのキャラで行く。
寡黙というのは、一つのキャラだ。それも、ミステリアスという付属品までついてくる。そして、ボロが出にくい。正に完璧なキャラだ。
「おいおい、緊張でもしてるのか? まあ、そんなに緊張しても無駄だぜ。どうせ、勇者になるのはオレだからな!」
しまった。
オレの胸中を支配した感情はそれだった。周りの者はプロだと、プロの踏み台だと自分に言い聞かせていた。だが、無意識のうちに警戒を解いていた。
その結果、貰ったのは先制パンチ。この少年、勇者志望などでは無い。
先程の言葉は踏み台力が非常に高い。一発、貰ってしまったという事か。このオレが。
……それでこそ、面白い。コイツ達を踏み台にしてこそ、オレが真の踏み台になれる。試合が楽しみになって来た。
「名前は」
だからこそ、ソレを気付かせてくれたこの少年の名前を聞いておこう。この、ライバルの名前を。
「アキラだ! いずれ勇者になる男の名だぜ」
「オレの名はフミシロ」
ライバルは、多い。でも、譲れない物がある。それを、成し遂げる為にオレは今ここにいる。
だからこそ、この言葉は宣戦布告だ。単純にして、明確なオレからの挑戦状。
「――踏み台だ」
「え?」
『ただ今から勇者決定戦、第一回戦を始めます! 選手は、試合会場に集合してください』
アナウンスが鳴り響き、選手達が控室から出ていく。これから始まるのだ。真の踏み台を決める戦いが。
…………。
「僕は忍者なんだ! 毒入りのまきびしを喰らえ!」
「サンダーサイクロン!」
「ああっ! あの技は電撃を纏いながら攻撃する攻防一体の妙技! そして高速回転する事でまきびしを吹き飛ばした! 喰らった相手は一溜りも無い!」
…………。
「儂の必殺技は超速移動じゃ、お主の攻撃は当たらんぞ。フォッフォッフォ」
「バスターミサイル!」
「ああっ! あの技は自分自身に暗示をかけて追尾攻撃を可能にした奥義! 喰らった相手は一溜りも無い!」
…………。
「まさか決勝まで来るとはな! だけど、オレの剛力には勝てないぜ!」
「勝負だ、アキラ。だが、勝つのは――オレだ」
…………。
『優勝者は、フミシロさんです! 優勝者は、この国の勇者として旅に出て貰います!』
沢山のライバルがいた。涙なしには語れない、ドラマがあった。踏み台を目指す同士達を、志を同じく持つ同胞を、踏み台にしてオレは今、この場に立っている。
感無量と、いうのだろうか。オレは、とうとう国公認の踏み台になった。夢が、一つ叶ったのだ。
だが、感動に浸っている暇は無い。気持ちを切り替える。
オレは、国公認の踏み台であって、真の踏み台ではない。
きっと、勇者はもう旅に出ているに違いない。本当の勇者は、こんな大会になど参加する訳が無い。だからこそ、オレも旅立たなくては。
勇者に絡めない踏み台なんて、何の価値も無いからな。
「良かったね! フミシロ! 夢が叶ったよ!」
「休んでいる暇は無い……行くぞ、アリサ」
先を行く勇者に追いつくため、音速でその場から離れる。
オレの踏み台街道は、ここから始まるのだ。
▲▲
こうして、フミシロの冒険は始まった。
今後の彼の活躍を、ここで述べるのは無粋という物だろう。何故なら、彼の冒険は始まったばかりだからである。
これからの彼の冒険は、様々な困難にぶつかる。時に泣き、時に笑い、時に傷つき、それでも彼は前に進む。
彼が、真の踏み台に成れたかどうかは、皆様の想像にお任せしよう。
だけど一つだけ、結末を先に教えておく。ネタバレだって? いいや、これくらいなら許して欲しい。
数年後に発売される新しい勇者の冒険碑。新たな、勇者の伝説。
その中には確かに、フミシロという名が刻まれている――。
いかがでしたでしょうか。
作者的には、書きたい事を書けて満足です。
もし宜しければ、感想や評価を頂けると嬉しいです。