2話.あれはなんだ!? 踏み台だあっ!
「ま、待ってよー!」
後方から、アリサの声が響いてきた。後ろに視線をやると、ヘトヘトになりながらも彼女はついて来ている。
全く、この程度のスピードで疲れるとは情けない奴め。だが、ここで彼女を見捨てるという選択肢は無い。
踏み台とは、主役を輝かせる存在だ。踏み台がクズだった場合、それを倒す主役に快感は感じるだろう。だがそこにドラマは無い。踏み台にも、ちゃんとしたストーリーが有るからこそ、主役の輝きが増すのだ。
つまり! 踏み台とは! 主役である勇者に敵対しつつも、魅力的でなければならない! 敵には厳しく、見方には優しい人間。うむ、実に魅力的だ。
だから、オレは仲間には優しくするのだ。
「しょうがない。歩こうか」
「た、助かった……?」
「ただし、踏み台に休息は無い! オレは剣を振りながら歩くぞ!」
腰に差してある剣を思いっ切り引き抜く。その瞬間、天空に浮かぶ雲が真っ二つに切れた。うん、今日も調子がいいな。
「やめてええええ! 普通に歩いてえええ!」
なんだ、我儘な奴だな。しょうがない、剣を振るのは止めにしよう。勇者決定戦の時間までは大分余裕がある。たまには、唯歩くだけというのも悪くない。
「そういえば、フミシロが勇者にならないのは何で? さっきは途中で言うのを止めちゃってたけど」
「そんなのは決まっている。オレが弱いからだ! 弱いオレが勇者になれる訳が無いだろう!」
本当に、何を言っているんだアリサよ。魔王討伐に必須のスキル。隕石を落とす技――メテオインパクトを一日に一回しか使えないオレが、勇者になれる筈が無い。
そんなのは、五歳の子供でも知っている事実だぞ。
「ええ……? フミシロより強い人なんて、私はフミシロの父さんしか知らないけどなあ……」
「いいか、アリサ。父さんの故郷ではこんな言葉が有るらしい。井の中の蛙大海を知らず。狭いコミュニティの中ですら、オレの実力は一番じゃない。つまり、世界にはオレより強い奴が沢山いる。第一、引退した父さんにすら勝てないようじゃ、次代の勇者は務まらないさ」
「あの人は人間を止めてるから、しょうがないよ。前も指一本で大地を割ってたじゃない」
「だが、その程度出来なければ勇者決定戦では通用しないだろう。何と言っても勇者なんだ。それぐらい出来なくてどうするんだ?」
「因みに、フミシロは出来るの?」
「オレか? オレは武器が無いと大地は割れない。……こんな能力だから勇者パーティの一員にすら成れないのだろうな」
だが、まあ良い。勇者と共に冒険したいと思っていたのは既に過去の話。今のオレは踏み台を目指すのだ。
「あっ! フミシロ! 前方に、子供が気付いたら何処かに行ってしまい、途方に暮れていそうな母親がいるよ!」
「なにい……? 確かにいるな」
音速で母親の前に移動する。勿論、アリサもついてきた。
「どうされました? 困っているようですけど」
アリサが母親に尋ねた。
「えっ!? 先程まで誰もいなかった空間に黒髪の美男美女が突然表れた!?」
「そんな事はどうでもいい……何があった?」
「はっ! 余りの超常現象に我を失っていたわ! そう! 私の愛しの子供がいないの! 助けて!」
ふむ、やはり子供が居ないのか。
この依頼を受けるのは簡単だ。だが、オレは最高の踏み台を目指す身。良い事ばかりをする訳にはいかない。良い事をしたなら、その分悪い事をしなければ。
「すまないが、助ける訳にはいかないな!」
「「えええ!?」」
母親とアリサの声がシンクロしていた。仲がいいな。
「フミシロ! なんで助けてあげないのさ!」
アリサがオレに問う
ふっ……。分かっていないな、アリサよ。
「バランスだ」
「バランス?」
「そうだ。踏み台は勇者とは違う。良い奴すぎたら、勇者が踏めなくなってしまうだろう。それではダメだ」
「じゃ、じゃあ私の子供はどうなるんですか!?」
「残念だが、諦めてくれ」
泣き崩れる母親。正直、罪悪感がヤバい。だが、これも最高の踏み台を目指す上では避けて通れない道。
くっ! オレに父さん程の力があれば! 勇者を目指せるだけの力があれば! 何の気兼ねも無くこの母親を助けられるのに!
「どうしても無理なの? フミシロ。私からもお願い! 子供を探してあげて!」
アリサもその瞳に涙を浮かべながら、オレに懇願して来た。
ふっ……。仲間の頼みを、無下には出来ないな。
「……しょうがない、子供を探してやろう。だが勘違いするな、仲間の頼みだから探してやるのであって、お前の頼みを聞いた訳では無い」
母親にしっかりと釘を刺しておく。しょうもない勘違いで、オレの踏み台街道が阻まれるのは我慢出来ないからな。
「あ、ありがとうございます! でも、この広大な大自然に解き放たれた私の子供を探すなんてのは不可能よ! できっこないわ!」
ふっ……甘いぞ、母親。教えてやろう、踏み台に不可能は無いという事を!
「ファイヤーブレス!」
踏み台スキルの一つ、ファイヤーブレスを発動した。オレの掌から、高温の炎が勢いよく噴出される。
「そ、その技は火属性の技、ファイヤーブレス! そうか、大自然を焼き払って子供を探すつもりなのね。……ああ! ダメよ! それでは私の子供も焼けてしまうわ!」
……甘い! 踏み台を舐めるなよ! 母親!
「噴出口を、下に……?」
ほう、流石はアリサだ。気付いたか。
「ああっ! ファイヤーブレスを下方向に発動する事で飛び上がったわ! まるで伝説の聖獣、フェニックスの様だ! 凄い! これなら効率的かつ安全に私の子供が探せるわ!」
飛び上がり、空から子供を探す。
「む……? 見つけたぞ」
火力を調整し、子供の元へ向かう。
「うえーん、お母さん! 怖いよお……」
「助けに来たぞ」
「うわっ! 掌から炎を噴出している男が空から降って来た!」
「母親が探している。行こうか」
子供に、手を差し出す。子供はゆっくりとオレの手を取った。さあ、母親の所に戻ろう。
「お母さん!」
母親の元に駆けていく子供。親子の感動の再会である。
「じゃあ、オレ達はここで失礼させて貰う」
「えっ! まって下さい! せめてお礼だけでも!」
「要らない。オレは、踏み台だ。礼が欲しくてやった訳では無い」
足に力を込め、アリサと共に高速でその場から離れる。あれ以上あの場に留まり、良い人と勘違いされても困るしな。
……一応、死角から少しだけ彼らの動向を見てみよう。また、子供が居なくなっても困る。
「お母さん、あの人は何者なの?」
「あの人は……踏み台よ。彼が踏み台と言ったなら、彼は踏み台なのよ。ただし、いずれ彼は世界を救うでしょうね……」
「そうなんだ! 僕も将来、踏み台になる!」
ふっ……。そうか、少年よ。お前も、オレのライバルとなるのか。
真の踏み台は、新たな踏み台を生み出す。オレも、少しは最高の踏み台に近づけたのだろうか。