杏と花畑
「フン、フフ、フン」とやたら機嫌がいい少女。
機嫌がいいことに特に理由はない。
もし、納得が出来ないのであれば、お菓子のおまけの玩具が可愛かった。と、言うことで納得していただきたい。
雨が降ってきた。
しかし、少女は気にせず歩く。
おろした髪が首につくのも、雨で、服が濡れるのも気にせず歩いていた。
そこに、「杏ちゃん、ちょっといいかい。」
と、声をかけられた。
声をかけたのは商店街にある駄菓子屋のおばちゃんだ。
杏と声をかけられた少女は
「なあに。どうしたの? 」
と聞き返す。
「いや、ちょっと出てくるから店番を頼まれてほしいのだけど。」
「いいよ。」と普段なら駄賃を求める杏だったが、機嫌がいいので、なにも求めることなく了承した。
「じゃあ、ちょっといってくるね。」
「行ってらっしゃい。」
手を振って送り出す。
その10分後ぐらいに不思議な少女がやって来た。
燃えるような赤毛に海のように真っ青な瞳。
その少女は5円チョコを三つとチロルチョコを数個かい、ぴったり百円払ったのに商品を忘れて帰っていった。
追いかけなければいけない。しかし、杏が忘れていることに気付いたのは5分後で、ちょうどおばちゃんが帰って来ておばちゃんが気付いたのだ。
杏は急いで追いかけた。
幸い雨で、出かけている人が少なく、すぐに発見できた。
しかし、杏の足は、お世辞にも早いとは言えず、雨で、声を出しても聞こえないと、言う点で、なかなか追い付くことは出来なかった。
そして、少女を追いかけてついた先は花畑。
そこだけ別世界のように雨が降っていない。
「うわぁ、綺麗。」
その声でようやく気付いた少女が振り返った。
「あ、あの、忘れ物です。」
5円チョコとチロルチョコが入った袋を渡す。
「ありがとう。」そう微笑んだ少女は天使のようだった。
「おーい。杏菜、大丈夫か? 雨降ってただろ。」と走ってくるのは杏の幼馴染みの嶺だった。
「え? 嶺! どうしてここに?! 」
「それはこっちの台詞だ。なんで杏がここに。」
「それは、駄菓子屋で忘れ物していたから、届けただけ。あんた、行方不明になったって一時期大騒ぎだったんだからね! 」
そうなのである、十歳過ぎたばかりの子が家族が死んだ後、音信不通になれば大騒ぎになるものである。
いちばん騒いでいたのは杏であった。
「僕、杏菜と付き合うことになって、今は一緒に暮らしているんだ。」と少女の肩を抱き寄せる嶺。
「そうなんだ。お幸せに。じゃあ、私行くね」そう言って、駆け出そうとした杏を止めたのは杏菜だった。
アヤメとカキツバタ、それにキンセンカの花を花束にしたものを差し出し「どうぞ、アヤメにカキツバタとキンセンカの花束。」
え?と、困惑している杏に押し付け、「アヤメの花言葉は『信じるものの幸福。』、カキツバタは『幸せは必ずくる。』キンセンカが『別れの悲しみ』。ここは、あなたのいたところとは違う世界なの。だから、もう2度とくることはないと思う。ごめんね。」
と、言った。
「そうなんだ。もう、会えないのか。」と、泣き出した杏。
「え、」と固まっている嶺と泣いている杏を放って一人歩いていく杏菜。「お邪魔虫は退散しますよー。」と言った。つまり、嶺一人で何とかしなくてはならない。
オロオロとする嶺だったがやがてなにかを話し始めた。
「僕ね。杏菜のことが好きなんだ。可愛いとこ、抜けてるとこ、ほんわかしてるとこ、全部好きになった。」
と、何を血迷ったのかノロケ出した。
ぽかんと口を開けながら嶺の話しを聞く杏。
「そんな彼女にはね、名前がなかったんだ。だから僕がつけたんだけど、そのときに、杏って乙女のはにかみって意味があるって杏に聞いたのを思い出したんだ。だから、杏菜には杏って字がついてる。で、僕が言いたいのは杏には、杏って名前の意味に負けないような笑顔でいてほしい。それだけなんだ。」
その言葉にどこか吹っ切れたような杏。
「ふふっ、わかったわよ。あんたの望み通り笑って生きてやる。その代わり、杏菜さんに私の名前の字が入っている限り私のこと忘れないでよ。」と言って満面の笑みを見せる杏。
そして、こんどは、さっきと違いゆっくりと歩いていく杏の背中に、嶺は「またね! 」と声をかけた。
きっと、また会えるはずという願いを込めて。それが叶わぬ願いだとわかっていても
以上、花畑に誘われての後日談のようなものです。最終話のちょっとあと、家出して2ヶ月後ぐらいです。
本編では全く語られなかった話しで、本編書いていたときには構想じたいなかったものなので設定に矛盾が出てくるも知れません。