はじめまして
ネルタを治める軍部、オリンポス。
ここに来たのは、少女と青年。 些か緊張した様子で、目の前に建った城を見上げた。
かつて此処に暮らした人間達はもういないというのに。
城は、変わらずそこに居た。
ある広場に建っている銅像。 数年前まで、それは日を受けて輝いていた覚えがあ る。
部屋の窓から見える景色に対してそんな事を考えながら、少女は小さく溜め息をついた。
「…それにしても、凄い量の本ですねぇ」
そう少女に切り出したのは、一人の青年。 二人は小さな一室の中で軍部の人物との面会時間を待っていた。
用件は、入隊について。
「あのねビート、少しは落ち着いたら?」
「これでも落ち着いたほうですよ。アマービレ殿は緊張しないんですか?」
そう言って再びそわそわと動く青年、ビートを見ながら少女…アマービレは再び溜め息をついた。
此処はオリンポス本部。 二人は此の国を治めている軍部へと訪れていた。
当然緊張しないと言えば嘘になる。…だが試験自体には合格をしている。 ビート程、落ち着きが無くなるという事はなかった。
「そういえばオリンポスの戦力の主となっている、刻印使いとは一体どういった者なんですか?」
よほど落ち着かないのだろう。さっきから息もつかずに話し続けている。
アマービレは呆れながらも、景色から目を逸らさずに答えた。
「…簡単に言えば生れつき身体に刻印と呼ばれる痣があるの。彼等は訓練も要さずに独自の能力を持っているらしいわ」
「つまり、生まれつきの魔法使いみたいな者ですか?」
「そんな所ですよ」
「!!」
そうビートの言葉に突然返事をしたのは一人の男。 音も起てずに部屋へと入っていた彼に、ビートとアマービレは一斉にそちらを向いた。
白いマントを羽織り、銀のモノクルをかけた男。 彼は二人に小さく笑いかけると右手を上げて敬礼をした。
「お待たせしてしまって申し訳ありません。オリンポス神軍第5隊将軍と科学班団長を兼任しています、アテナと申します。テナと呼んで下さい」
「あ、アマービレ・コールと申します。…こっちはビート・フォルティ」
「アマービレ殿にビート殿ですね。よろしくお願いします」
物腰が柔らかく落ち着いた雰囲気を醸し出しているテナ。彼は二人に座るよう促すと数枚の書類を机の上へと並べた。
「さて、突然ですがお二人に改めて確認をさせて頂きます。我がオリンポスは軍隊。戦も当然起こりま す」
「はい」
「命の保証は出来ません。出てすぐの戦で命を落とした者もいます」
「…はい」
話をしながら、テナはふわりと笑う。だがその眼は鋭く、二人の瞳を覗き込んでいた。
この国ネルタは軍治国家。 領土争い、内乱、反乱など戦は常にあちこちで起こっている。
「腕の一本や二本で済めば良い方でしょう。特にあなた方について頂く任務は通常の兵士達よりも戦場に出る機会は多いと思います。それでも、今回の話を進めさせて頂いてよろしいですか?」
静かな部屋に響いた声。 二人はしばらく黙っていたが迷う事はなくテナの眼を見返した。まだ若い顔立ちではあるがそこに見える瞳は不思議と大人びて見える。
「全て、承知の上です。ラグナロクで住家を無くした私達でも働ける場所があるというだけで救いです。 この恩を、自らの姿で返せるのなら」
「命を賭けても構わない…ですか」
「はい」
そうはっきりと言ったアマービレに隣で頷くビート。ふむ、と笑って小さく頷くとテナは二本の万年筆を二人の前へと並べた。
「では、こちらにサインをお願いします。入隊の契約と思って下さい」
ことりと音を起てて手にとられた万年筆。重みがあり、表面の光沢が表情を変える。
――これでもう、後には引けない。
二人はいささか緊張した様子でその書類へと名前を書いた。
「ありがとうございます。では早速仕事にうつりましょう。あ、オリンポスの仕組みについてはご存知ですか?」
「いえ、あまり詳しくは」
「ではまずその説明をさせていただきますね」
そう言ってテナは書類をファイルへとしまうと代わりに別の紙を取り出した。
「まずは一般的な兵士募集で入隊した場合『訓練兵』として訓練を受けます。戦場に出る機会は少なくほとんどの時間を城内の訓練所で過ごします」
目の前の紙を指しながらテナはゆっくりと説明を始める。そこには軍部組織の簡単な組織図が書かれていた。
「そして次に『下士官軍』に所属。そしてその後『士官軍』として決まった隊へと所属します」
「決まった隊ですか?」
「はい。士官軍の上には『神軍』と呼ばれる7人がいます。それぞれが1軍ずつ指揮を取っていますのでそのいずれかになりますね」
そこまで話すと、テナは二人の方へと顔を上げた。
「ここまでで何かご不明な点は?」
「ええと神軍と士官軍の違いはあるのですか?」
「そうですね。士官軍の中でも上位の位に居るものが神軍に所属ができます。そして神軍に将軍、神軍を束ねる元師という役職があり、一番上位にいるのが総統となるわけです」
そこまで話し終えるとテナは静かに立ち上がった。急に立ち上がった為アマービレとビートは少し遅れたが慌てて後に続いた。
「以上で役職については終了です。何かと細かいので現場で慣れて頂くのが一番だと思います」
「はい。ありがとうございます」
そう会話をしながら、アマービレは先程の自己紹介について考えていた。
目の前に立つこの男は神軍という役職を名乗っていた。 単純に考えてかなりの地位を持っているのは確かだ。
そう思うと、無駄に力が入ってしまう。それは隣にいるビートにも同じ事だった。
それを知ってか知らずか、テナは柔らかく微笑んで歩き出した。
部屋を出て舞踏会でも始まりそうなフロアを歩く。すれ違うのは皆兵士ばかりだったが城には相応しい美しい音楽が何処からか流れていた。
「お二人は補佐官として入隊をして頂きましたので、神軍の将軍補佐として司令部に入っていただきます。北塔が司令部になりますのでこれからご案内しますね」
「あの、補佐官とは具体的に何をする仕事なんでしょうか?」
「士官軍の代表、というのが本来の姿ですね。戦では神軍が将軍となり、補佐官が副を務めます」
「副将軍ですか!?」
「本来ならば、ですね」
そう言って、テナは小さな扉を開けて通路を歩いた。
副将軍という響きに驚いた様子の二人。だがテナはそれを気にする事なく言葉を続けた。
「お二人に所属していただくのはアポロン軍です。この軍は少し特殊でして士官軍の代表である副将軍という者はいません。まあ補佐官という名の付き人だと思っていただければ」
「付き人…ですか?」
「変わり者の将軍なので…副将軍などいらないと」
そう言って笑いながら、テナはくるりと振り返った。
通路の先には扉があり、中からは兵士たちの声が聞こえてくる。
「この扉の先が北塔です。一階は訓練所、二階は書庫、そして三階が司令部となっています」
「司令部ですね」
「はい。中にリフトがありますのでそちらを利用してください」
そう言い終わるや否や、テナは扉を勢い良く開けた。そこから見えたのは、白い石で造られた美しい通路。
三人はゆっくりと通路を渡り目的の場所へと向かった。
「それでは司令部に声をかけてきますので少しお待ち頂けますか?」
「あ、はい!」
「すいません、すぐ戻りますので」
そう声をかけて離れるテナ。
二人はテナとの距離が開いたのを確認すると体中の空気を吸い込んでから一気にため息をついた。
「なんか疲れましたね」
「そうね…ってビート。敬語はやめなさいって言ったでしょ!」
近くを通る兵士を気にしつつアマービレがビートをはたく。ビートは慌てて口を閉じるがいかんせん情けなさが滲み出ている。
更に出たため息をはいてからアマービレは窓の外を眺めた。
「所詮事務程度だと思っていたのに…なんだかとんでもない役についちゃったみたいね」
グレーの瞳は町、空を眺めると眩しそうに細められる。明るく賑わっているように見える町だが小さな違和感を隠せていない。
この国はある日を境に表と裏の噛み合わせが合わなくなってしまっている。
「アマービレ様、兎に角無理は禁物ですよ。まずは、この国に慣れましょう」
そう少女に声をかけると、ビートは小さく頭を下げた。
「様もこれが最後でお願いね。…私みたいな子供にあなたのような大人は様を付けないわよ」
そう小さく呟いてからビートの向こう側を見てみると、白いローブの青年が歩いてくるのが見える。
「ほらテナ将軍が帰ってきたわ。ここからが勝負なんだから頼んだわよ」
「ですね」
そうお互いに顔を見合わせてからテナへと向き直る二人。
そんな二人に笑いかけるテナ。
「本当に、違和感のある二人組ですねぇ」
そう二人に聞こえぬように小さく呟いた後「お待たせしました」と二人を司令部の前へと案内した。
「セイ、お二人をお連れしました」
塔に入り各所の説明を受けた後。 三人は大きな扉の前に居た。重々しい姿のその扉にアマービレとビートは思わず深呼吸をする。
きっと大丈夫。
そう心の中でアマービレが呟いた後。
「入りたまえ」
中から一言だけ重みのある声が聞こえた。テナが扉を開け、アマービレとビートは後に続いて中へと足を踏み入れた。
思いのほか広い部屋には本棚が並び、幾つかの机がある。
そしてそれぞれの机に座っている何人かが、一斉に三人の方を向いた。
「ようこそお二方。テナも案内ご苦労だったな」
そう三人に声をかけてきたのは一番奥に座っている男。 まだ若い風貌だが、威圧感を感じたアマービレは小さく頭を下げた。
「これくらいセイの為なら容易いですよ」
「そうか。なら苦労ついでにロキを探してきてくれないか?スカイに頼んだが奴では無理だろうからな」
「それはそれは。とんでもないついでですね」
そう会話をしながらテナは笑って方向を変えた。そしてアマービレとビートに小さく会釈をすると扉を開けて外へと出ていった。
「さて大体の話はテナから聞いてもらったと思うが」
テナが出て行ったのを確認して、正面の男が再び口を開いた。
「オリンポス神軍第2隊将軍、ポセイドンだ。お二人についての話は聞いているから自己紹介は結構だよ」
金の柔らかい髪に青い瞳。低い声だが優しそうな瞳をしている。
「お会いできて光栄ですわ。ポセイドン様とお呼びすればよろしいでしょうか?」
「堅苦しいのは苦手でね。皆は私をセイと呼ぶな」
「では、セイ将軍で」
そう言ってアマービレとビートが頭を下げると、セイは小さく笑い声をこぼした。
顔を上げてみると何やら困ったような表情をしている。
「あまりかしこまらないほうがいい。…特にこの支部でそれを続けていると、そのうち胃に穴が空いてしまう」
「胃に穴…ですか?」
「あぁ。何しろ君たちに付いてもらう将軍は気まぐれで、勝手だ。ただでさえ苦労する環境でそれだけ力が入っていてはもたないぞ」
そうくつくつと笑い声を漏らす将軍を、アマービレははっとしたように見返した。
先ほどのテナの説明で、アポロン軍に配属だと聞いていたが彼はポセイドンと名乗った。
つまりは同じ司令部に、もう一人の将軍が居るという事なのだろう。
…しかし見た限り、セイと同じような黒いマントを着けている人物は見当たらなかった。
無意識に確認していたアマービレの瞳の動き。それを見逃す事なく観察していたセイは満足げに頷いて笑った。
「なかなか…観察力が優れているようだね」
「はい?」
「今確認しただろう。そしてマントの色の違いからここにはアポロン軍の将軍はいないと判断してくれた」
「…は」
「優秀だな。見た目に惑わされない強い意思のある視線で…隠された意思を読み取るやもしれん」
ぽかんとしているアマービレの様子を気にする事なくセイは笑ったままで続けた。
それは二人に対して話すというよりはまるで自分に問いかけているかのように、小さな小さな呟き。
「…と、すまない。悪い癖が出たな」
「いえ、とんでもない」
そう言ってアマービレが頭を下げると、慌ててビートがそれに続いた。
…その瞬間。
バァン!!!!
「――っ!!」
頭を下げたと同時に聞こえた派手な音。それと共に感じた言いようのない感覚に、アマービレとビートは頭を上げて振り返った。
先に聞こえた派手な音は恐らく扉が勢い良く開いた音なのだろう。左右に大きく開かれた扉が口を開いたままで止まっている。
そして。
「――あなた、は」
思わず、アマービレの声が震えた。
そこに立っていたのは、なんの事はないただの少年。
――否。
ただの少年では、なかった。
「――セイ」
「遅かったじゃないか。また空でも眺めていたのかね」
「…それに飽きたから来たんだ」
そう言ってまだ10代後半か20代前半くらいであろう少年はゆっくりと二人の方を眺めた。
黒い髪。それだけでなく黒と白で統一された服は軍服ではなかった。
それでも。
「…貴方がアポロン将軍でしょうか」
本来であれば有り得ないと解っていながら、アマービレは静かに少年に尋ねた。
30代前半であろうセイでさえ若いと感じたというのに、さほど自分と歳の変わらない少年が将軍だなんて事は有り得ない。
しかしその言葉が思わずこぼれ落ちる程に、アマービレは圧倒されていた。
将軍、なんてものじゃない。
もっと違う何か―――…
それを感じた。
「アポロンって名前は好きじゃない」
「え…は?」
「ロキでいい。そんな大層な神様の名前はいらない」
「は、い」
そう吐き捨てるようにして言うと少年…ロキはつかつかと二人の間を通り過ぎていった。
何か不快な思いをさせたのだろうか。 そう慌ててアマービレが振り返るとセイが肩をすくめて笑っていた。
「ロキ。彼女等がお前の補佐になるんだ。…名前くらいは気にならないかね」
「あぁ名前ね。覚えた頃には辞めてるだろ」
セイの言葉に反応しながらも、視線は窓の外を向いているロキ。その顔には、左のまぶたから頬にかけて伸びた一本の傷がある。
そしてその真ん中にある深いグレーの瞳は、まるで 作り物のように「綺麗」な物だった。
「アマービレ、です!」
「…ん?」
「アマービレ・コールと申します!こちらはビート・ フォルティ」
唐突に自己紹介を始めたアマービレに、ビートは口を開けたままで驚いている。
全く聞く気などなさそうな若い上官。 それに対してのアマービレの発言に驚いたのは、ビートだけではない。
周りの軍人たちも、驚いた様子で二人を見ていた。
だが、特に気にした様子もなく表情も変わらない人物も一人。
「アマービレ、ね。何だっけなソレ」
「は?」
「こっちの話。にしてもやたらと勢いの良い補佐官だな」
そう呟き、窓の外を眺めていたロキはゆっくりと二 人の方へと向き直った。
簡単に纏められた髪に、ゆったりとした黒い服はいわゆる略装。
正装でもなく軍服でもない。 見た目からして既にやる気が感じられない上官はにやりと笑ってアマービレを見た。
「補佐官はあんた一人でいい。もう一人は事務側にまわってもらおうか」
「えっ?」
「補佐官なんて付き人みたいなもんだろ。二人も連れて歩くのはめんどくさいし、邪魔。戦になったら二人とも出てもらうけど司令部仕事は事務にまわして」
「は、あ…」
「じゃ。あとの事は誰かに聞いて」
べらべらと伝える事だけ伝えると、ロキはすぐに移動をしようと歩き出した。
だがそれを見ていたセイが、小さく咳払いをすると顔をしかめて立ち止まる。
「なんだよ」
「正式に、自己紹介なりした方が良いのではないかね?」
「なんで」
「これから共に働く仲間だ。機嫌が良くないのはわかるが二人には関係ないだろう」
諭すように話すセイに、ため息をつくロキ。
暫く黙って立ってはいたものの、諦めたように二人の方を向いた。
「オリンポス神軍、第七隊将軍のアポロンだ。…が、 アポロンなんて柄じゃないからロキと呼ばせてる」
そうめんどくさそうに挨拶をするとゆっくりと二人の方を見た。
「あと、解ってると思うが刻印使いだ。神軍の将軍は皆、な」
「はい。よろしくお願いします」
「あんま固いと、胃潰瘍になっちまうぞ。俺の補佐なんかやってたら尚更」
深々と頭を下げるアマービレに、呆れたようにロキは呟いた。
そしてちらりとセイの方を見てから、これで良いだろうと言わんばかりに笑って部屋を出て行ってしまった。
あっという間にいなくなった上司に呆然とするアマービレとビート。
だが残された司令部の面々は、いつもの事だと言わんばかりに笑っている。
「すまないね。あいつはなかなか人見知りが激しいんだ」
「いえなんとなくわかりましたから」
そう言ってアマービレが笑うと、セイは申し訳なさそうに頭をかいた。
「では…ビート」
「は、はい!!」
「君には事務の手伝いをしてもらおう。私が説明をするから付いて来てくれるかね」
「はい!!」
「そして…フレイ」
「はい」
そうセイに呼ばれて振り向いたのは、30代くらいの男。
少し下がった眉が印象的な、優しい風貌だった。
「君はアマービレ殿に仕事などを伝えてくれるか?城下町についても」
「はい!了解しました」
そう言って敬礼をすると、男はアマービレの前に立って小さくお辞儀をした。
「ロキ軍に所属させて頂いております、フレイと申します。よろしくお願いします」
「アマービレです。慣れない点が多くあるかと思いますがよろしくお願い致します」
そうお互いに堅苦しい挨拶を交わし、セイの方を見る。
セイはやれやれ…と呆れた様子だったが、フレイに 鍵を渡すとビートを連れて部屋から出て行った。
「では、私たちも行きますか。まず書庫に行きますね」
そう言って鍵をしまい、フレイとアマービレも共に大きな扉を開けた。
「さて…アマービレ殿、如何でしたか?」
扉から出て暫く歩き、フレイはそうアマービレに話を切り出してきた。
白い石で造られた廊下は人が少なく低音の声もよく響く。
話のいまいち掴みづらい内容にアマービレが首を傾げるとフレイは笑って言葉を付け足した。
「あぁ、すいません。ロキ将軍の事です。あの方なかなか強烈でしょう?」
そう笑いながら言うとフレイはある扉の前で立ち止まって鍵を開けた。
扉を開けると、奥には沢山の書物が並んだ小さな部屋が見える。
「そう、ですね。失礼かもしれませんが…あんなに若い方が将軍だという点には驚きました」
そうおずおずとアマービレが言うとフレイは複雑な笑みを浮かべて一冊の本を取った。
「オリンポスの神軍の七人は、ラグナロクで成果を挙げた「英雄」と呼ばれる七人なんです。だからあの方もあの若さで将軍という地位を手にされました」
「ラグナロクで…ですか?」
「はい。そして新たに彼等に神の名前を与え、現在のオリンポスを創られたのが総統ガイア様ですね」
そう言ってフレイは手にしていた本をアマービレへと差し出してきた。
少し分厚いその本は手にしてみると随分と重みがあり古い紙が使用されているのがわかる。
「これを読んで頂いた方が理解していただけると思います。よろしければどうぞ」
「ありがとう、ございます」
そう受け取った本を開いてみるとオリンポスの紋章が印刷されたページがある。
そしてそれと並んで、「神々の世界」と書いてあった。
「あの…この文章は?」
「オリンポスというのは神話に出てくる神々の世界の事なんです。その神話に出てくる神様の名前を、神軍の方々は受け継いだんですよ」
そう説明を済ませると休憩と言わんばかりに椅子に座ったフレイ。
これは今すぐに読めという事なのだろうか。
そう悩むアマービレをよそにフレイは呑気に一冊の本を読み始めている。
「…短時間で読めるのかしら」
そう独り言を呟きながらも、アマービレはゆっくりと本を開いた。
ーーーーーーーー
今から約7年前まで。この国は皇族が治めていた。
自然が多く太陽にも愛され、作物にも恵まれた国。
人々は毎日太陽の神に祈りを捧げながら日々を穏やかに過ごしていた。
――その国の中で皇族に仕える兵士とは別に存在していたのがオリンポス。
刻印使いと呼ばれる者達を集めた軍隊がそれだ。
彼等はそれぞれの能力を存分に駆使し、他国からの侵略や魔物を追い払ってきた。
王家に仕える者としてその強大な力を使ってきたのだ。
――だが7年前。 各地を謎の物体が襲った。
大きな姿に二つのくぼみが目のようになっているその姿から人々は伝説の『巨人族』の襲来だと恐れた。
そして当然オリンポスの者達はその謎の物体を倒そうと動いた。
自らの能力を駆使し戦場となった国を駆け回った。
国中が大混乱となり混沌とした日々が続いた。およそ2年間続いた戦い。
そんな戦いが終わった時。 再び平和が戻ったかのように思えたが。
王家を退けて総統の立場にいたのは
王の台座にひれ伏していたはずのオリンポスの者達だった。
――そこから書かれていたのは、ひたすらオリンポスの職務や活躍について。
どうにも私には興味を持てない内容だったけど何とか読みきった。
良い形で書いてはあるが、要するに混乱に乗じて皇族から王位を奪い取った反逆者。
そういう事らしい。
そんな事を考えながら本の背表紙を見てみると、そこには「禁書」と書かれた印が押してあった。
「…禁書?」
思わずそう呟くと、本を読んでいたフレイさんがふいと顔を上げた。
「それは本来読んではならない本なんです。まぁありのままに書いてある本になりますのでオリンポスにしてみれば都合が悪いのだと思います」
そう唐突に私の一言に返事を返すと立ち上がって本をしまった。
…なんかあっさり凄い事を言った気が。
「あのう…そんな禁書、読んで良かったのですか?」
「構いませんよ。入隊した者ならば皆知っている事ですから」
そう笑いながら、さっさと部屋を出るフレイさんに私は慌てて続いた。この本を読ませる為だけに連れてこられたらしいけど。 如何せん意図は上手く掴めない。
「あとはロキ将軍が行きそうな場所を案内したいのですが…あらま」
そう話をしながらふいに窓の外を眺めたフレイさん。同じようにして外を見てみると、何やら人だかりが出来ていた。
恐らく先ほどから何人かすれ違った衛兵や兵士達。皆輪になって中心をなんだなんだと覗き込んでいる。
そしてその大騒ぎの中心にいるのは我が上司。
「まーたやらかしてますねぇ」
「あの…あれは何を?」
「戦闘訓練と言う名の喧嘩ですね。恐らく売られた側でしょうが」
「喧嘩なんですかっ!?」
「よくある事なんです。観に行きましょうか」
そう言うと、さっさと歩いて行ってしまうフレイさん。
こんな事がよくあって良いのだろうか。ラグナロクで名を挙げた英雄が喧嘩をするなんて。
「城なんか崩壊しちゃうんじゃないかしら」
とりあえず急いで螺旋階段を降りると先ほど見えていた広場に出る。そこに出来た人だかりの間を抜けて、私たちは何とか中心へとたどり着いた。
人だかりの中心には猛烈に面倒くさそうな表情のロキ将軍と大男。
先ほどのセイ将軍と同じく、黒いマントを着けている。まるで熊のような体型でロキ将軍とは体格差もあまりに大きいがお互い気にした様子は見られない。
「フレイさん、あの方は?」
「ロキ将軍と同じく神軍のアレス様です。よくこうしてロキ将軍に戦闘を仕掛けるんですよ」
「…つまり喧嘩を売りにくるって事ですね」
「そうとも言いますね」
なんともはた迷惑な話だけど自分たちのような野次馬は少なくない。外国からの侵略や小さい領土争いはあっても、平和に見える国。
兵士たちも随分退屈しているようね。
「さてロキ将軍。今日こそは決着をつけようじゃないか」
太い声で威圧をするアレス将軍。 だがロキ将軍には通じないみたいで相変わらずだらりとした姿勢のまま。
あの将軍がやる気を出す事なんてあるのかしら。とてもラグナロクで役にたつようには見えない。
「あのな。あんたが逃げてくから決着がつかないだけで俺の勝ちは確定なんだが」
「おーおー若くして神軍になった将軍は言う事が違う。今日こそはお主に謝罪の言葉を言わせてみせるからな!!」
「ドーモスイマセンデシタ」
「…その人を馬鹿にしたような態度が気に入らんのだ!!」
「したような、じゃない。馬鹿にしてるんだ」
「貴様っっ!!!只では済まさんぞ!!!」
そう悪人の常套句のような台詞を叫んで飛びかかっていったアレス将軍。周りの軍人が一斉に湧く。
とりあえず体が大きい。ロキ将軍は姿勢を変えないままで後ろに下がって避けたものの一気に間合いをつめられている。
「ちょ、あれ大丈夫なんですかっ!?」
思わずフレイさんに叫んだがフレイさんはというと笑っているだけで助ける様子もない。仮にも上官があんな事になってるのにこんな余裕でいいのかと思わず声が大きくなる。
「大丈夫ですよ。そのうちロキ将軍がめんどくさくなって終わりますから」
「は!?」
「まぁ見ててください。あの方、射撃はド下手なんですけどね」
そう私たちが話している間もぶんぶん拳を振り回すアレス将軍にロキ将軍は避けるだけ。でも確かに少しずつ姿勢を変えながら飛ぶように避ける事が増えている。少しはやる気が出てきたようにも見えるけどあまりに間合いが近すぎる。
「相変わらずの大振り。隙だらけだなおっさん」
「なにぉう!?逃げてばかりでなく反撃をしてみろ!」
「反撃、ねぇ…」
いくらかやりあってから動き回っていたロキ将軍が足を止めた。少し距離はあるものの走ればすぐに詰められる程しかあいていない。
そして案の定そこにここぞとばかりにアレス将軍が突っ込んでいった。
まさか受け止めるとか。そんな無茶な。
「どぉりゃあ!!!!!!!!!!!!!!!!」
そう、盛大に突っ込んだアレス将軍。
思わず目をつむってしまったが。
……急に周りが再度騒がしくなる。
「アマービレさん、大丈夫ですよ」
そうフレイさんの声がしたので目を開けてみると。
「…はっ!?」
目を開けてすぐに見えたのはロキ将軍のみ。慌てて探してみると目線より少し高い位置で飛んでいるアレス将軍。
「な、どうなったんですか?」
「相手の力を利用して受け流したんでしょう。自分の力があまりいらないので、よくやるんです。ロキ将軍」
そのまま落下したアレス将軍と、すっきりした様子のロキ将軍。その後すぐに起き上がったアレス将軍だったけどロキ将軍は笑って手を振っていた。
「相手の力を利用するのも戦術の1つ。131勝目。そろそろ諦めなよ、おっさん」
そうにこやかに言うと、伸びをして立ち去ろうとする。その時にこちらに気が付いたようでゆっくりこちらに歩いてきた。
後ろでアレス将軍がわめいているけれど…全く気にしていない様子で。
「フレイ居たのか。セイにわざわざ言うなよ喧嘩の事」
「わかってますよ。まぁ多分わざわざ言わなくても伝わるでしょうけど…」
「ふん。あんたもね、アマービレさんとやら。俺が喧嘩してたとかはセイ将軍さんには内緒でよろしく」
そうフレイさんと私に言うと悪戯っぽく笑う上官。さっき司令部で会った時よりは随分話しやすい雰囲気になっている。それでも、何か違う雰囲気。威圧とは違う…なんて言ったらよいのか。
何か惹かれる空気がある青年。…まだ大して知りもしない相手ではあるけど。
「それにしても。珍しいですねロキ将軍」
「え?」
「アマービレさんの名前、ちゃんと覚えたんですね」
そう満足げな表情のフレイさんに笑うロキ将軍。なんともひん曲がった性格が見えそうな笑い方なのは気になるけど。
名前、そういえば覚えてくれたみたい。
「あぁ。アマービレ、ね。それ誰につけてもらった?」
「あ、母が付けてくれました」
「ふぅん。いい名前だな。なかなか」
それだけ言うとさっさと振り返って歩いていくロキ将軍。…なんだかよくわからなかったけど。
「…アマービレさん、ロキ将軍に気に入られたんですかね」
「そう…でしょうか」
「あの方が人の名前を褒めるなんて初めて見ましたよ。むしろ一回聞いただけで覚えているのも初めて見ました」
そう言われると、何やら嬉しい。
気難しい上司とわかって少し不安だったのが少しだけ楽になった気がする。
「偶然ですよ!でも私がんばります。ちょっと安心しました」
「ははは。正直僕も安心しました。なかなか大変ですけど辞めないで下さいね。結構皆さんすぐ辞めちゃうんで困ってるんですよ」
そう一緒に笑うフレイさんに頷いてからロキ将軍の方を見たが既に姿はない。補佐官がすぐ辞めるというのにはきっとそれなりの理由があるのだろう。
ここからが大変かもしれない。
…それでも、逃げ出す事はできない。
上手く賢くやらなくてはいけない。
私達はここオリンポスでやらなければいけない事がある。
見つかるかどうかもわからないのに皆は馬鹿だと思うかもしれないけれど…
その為ならば多少の困難は覚悟の上だから。
「じゃ、次はロキ将軍がよく隠れている場所をお伝えしますね」
「…………はい」
まずはよくわからない補佐官業務を覚えよう。
***************
「…アマービレねぇ」
昼間の戦闘訓練ならぬ小さな喧嘩を終えた後。
徐々に日が落ちてきており黄金色の光が街を包み始めている頃。商人達もひさしをたたみ始めもうすぐ始まる祭りについて話していた。
そしてそんな城下町を眺めながら一人呟いているのはロキ。風が当たるこの場所は街の民だけでなく鳥達の声がよく聞こえた。
「"愛らしく"ね。ありがちな表現ではあるが、悪くない。いにしえの森の民がここに来たというのに、なんの目的もないなんて事はありえない筈」
誰に言うでもなく呟くその様子はとても楽しそうに見える。そのまま機嫌よく鼻唄を歌いながらロキは近くに居る鳥を呼んだ。鼻唄につられて近寄ってきた鳥達。それらはそっとロキの瞳を覗き込みながら唄に応える様にして小さく鳴いた。
「何かが起こるか何も起こらないのか。この退屈な毎日に変化が起こればそれもありだが。どう思うよカミサマ」
まるで天にでも語りかけるように言うと、一つのペンダントを取り出した。それに付いた宝石は今や輝きを失っている。
透明な宝石は大きな姿をしている割に存在感は無くただ重みだけを残していた。
「自由か終わり。…俺が狂うか権力の終わりか」
そう空にでも問いかけるかのように呟くとひゅうと口笛を吹いて鳥達を空に放った。放たれた鳥達は一斉に街中に散っていくとやがて姿も見えなくなった。
それらを見送ったロキは満足そうに笑うと纏っている長いキトンを翻して城内へと戻った。
************************
「やぁおかえり」
ひとしきりフレイさんから案内をしてもらって戻ってきた司令部。そこは今朝よりも少し慌ただしく動いている。
「遅くなりました。何か指令ですか?」
「いや、アレス将軍が訓練所の一部をうっかり破壊したとかでな。少し人手を要請されただけだ。フレイは行かなくていい」
「あぁ、成る程」
セイ将軍の一言に納得した様子のフレイさん。アレス将軍というのは確かさっきロキ将軍と戦ってた人の筈。一体何が成る程なのかしら。
「で、うちの将軍殿は既に駆り出されてる訳ですか」
「あぁ、ぶちぶち言って…ほら帰ってきたぞ」
そう笑いながらセイ将軍がドアを見ると勢いよくドアが開いた。ノックをしようなんて気配はこれっぽっちも伝わらないくらいぶっきらぼうに開けられた扉は壁に当たって悲鳴を上げている。
「やあおかえりロキ。訓練所の整備ご苦労だったな」
入ってきたのは誰が言わずともわかる。とてもご機嫌ななめな様子のロキ将軍だった。
「なんで!アレスが勝手にキレて壊した訓練所を俺が修理しなきゃなんねーんだ!!」
「どうせまた喧嘩したんだろう。たまには勝たせてやれば良いものをさっくり倒してしまうからだ」
「だからって訓練所のは俺には関係ないだろーが!!」
「仕事が無さそうにしてるのがお前くらいだったのでな。たまには体を動かしたまえ」
キーキーと怒っているロキ将軍だがそんな事は少しも気にせずにこにこしているセイ将軍。…なんとなく、この司令部での力関係がわかってきたような気がする。
ロキ将軍<セイ将軍
何かあれば、セイ将軍に助けてもらえば良いらしい。とにかく不満だ!と言わんばかりにソファに座ったロキ将軍はまるで子供みたいな怒り方をしている。
まあ…そもそもこの歳でオリンポスに所属していたというだけでもそれなりの上流階級に居ないと難しい。ラグナロクで名を馳せたとはいえ元々優遇された立場にいたに違いない。
刻印使いであれば誰でも入れる軍隊という表向きの看板はあったけど、実際はそう上手い話があるはずはなかったというのは何度か聞いたことがある。
この国は貧富の差も激しく、中には奴隷として売られていく子供も少なくなかった。きっとこの人は恵まれた環境で育ったんだろう。
なんて事を言って。自分も人の事は言えないけれど。少し前はこんな風によくいじけていた覚えがあるから。
「さてアマービレ殿。どうやら丸一日歩き回っていたようだが案内は済んだのかな?」
「は、はい!城内を細かく案内して頂きました。あとは城下町についても説明を」
えぇ、人が隠れられそうな場所をそれはもう事細やかに。どうやって登ればいいのかもよくわからないような所まで悲鳴を上げながら登りましたとも。
「それは良かった。あちこち歩き回って疲れただろう。…都合よくそろそろ終業時刻だ。今日は二人とも帰って結構だよ」
「でもまだ他の方は…」
「明日からは体力を使うしまだこの国に来て日は浅いだろう。必要な物を揃えられるうちに揃えておくといい」
「明日からはこき使われますから、今日は気にせずお帰りください」
セイ将軍に続いてスカイさんもそう勧めてくれる。明日からの業務も怖いし、今日は大人しく帰ったほうがいいようだ。隣のビートを見ると同様に感じているらしい。お互いに頷いて大人しく言う事を聞いておく事にした。
「ではお言葉に甘えます。明日からまたよろしくお願いいたします」
「お先に失礼します」
そう頭を下げてから、特に荷物のない私達は司令部を出る事にした。
私たちの挨拶にフレイさんとセイ将軍はにこやかに手を振ってくれたけれど。案の定、ロキ将軍はソファに寝転がって書類を眺めている。
まるでこちらに興味のなさそうなその上司には一礼だけしておいてから私たちは開けっ放しになっていた扉を閉じた。白い石造りの廊下に私たちの靴の音が響く中で相変わらず兵士達は慌しく歩いている。
そんな兵士達はもちろん簡単な鎧を着てがちゃがちゃと音を立てていた。
「…ロキ将軍の服装って完全に略装よね。私達みたいに支給された服があるはずなのにどうして着ないのかしら」
「どうでしょうねぇ。マントを着けるのが嫌いとかじゃないですか?神軍の方は皆マントを着けているみたいですし」
そんな事を話しながらリフトに乗り、一階へと降りる。しばらく歩いて大広間に出たけれどやはりあんな略装の人物は見当たらない。
皆それぞれ鎧、ローブなどを身に纏っている。
「あんな地位に居るからこそなのかしら。むしろしがらみが増えそうな物だけど」
ほんの小さな疑問。そんな事を考えながら私達は長かった一日を終える為に帰路へとついた。
***********************
「…で?どうかなお前の新しい補佐官殿は。なかなか可愛らしい方だが」
二人が部屋から出た後、一瞬静かになった司令部にセイの声が響く。その声に返事をするように愉しげに笑いながら起き上がったのはロキ。先ほどまでは不快そうに顔を歪めていたがセイの一言を聞いて何かを思い出したかのように表情が変わった。
「あぁ。あの日から毎日代わり映えしなかったはずなんだけどな」
答えにならない呟き。セイとフレイが疑問符を浮かべるとロキは窓際へと歩きながら更に続けた。
「悪くはないな。あの二人の目的が何かはわからないけど何にもなしにオリンポスへの入隊を希望した訳じゃ無さそうだぜ」
「…どういう事だ。いかにも何かありそうな二人だが」
「昔ね、楽団と旅してた時に行ったことがある。音楽を愛するいにしえの民が集まって出来た国があるんだ」
「いにしえの民?」
「そう。自然を愛し、音楽と共に生きながら森を守る民達の集まったカデンツという国。ビートはリズム、アマービレは音楽標語で愛らしいという意味がある。恐らくその国の出身だろうね」
そうロキが話すとはっとしたように顔をあげたセイ。だがフレイはよくわからない様子で首を傾げている。
「そのカデンツという国が何かあるんですか?聞いた事があるような気はしますが…」
フレイの呟きに、一瞬言葉に詰まるセイ。だがロキは気にした様子はなくそのまま言葉を続けた。
「この国が軍事国家になる以前の王位継承者。れっきとした生まれながらの皇族達。その一人である第一皇子にはラグナロクが起こる頃に結婚するはずだったフィアンセが居たんだ」
「…あっ!」
「思い出しただろ。あの第一皇子のフィアンセが、カデンツの皇女だった。名前までは覚えてないけどな」
その言葉に、静かになる室内。
それ以上の説明は二人には必要なかった。
「…ロキ」
「わかってるよ。まだわからない。それにあの国はラグナロクで壊滅寸前まで追いやられたって噂だ。目的は他にあるかもしれない」
「慎重に動く必要がありそうですね」
「とりあえず、まずは俺の相手が嫌にならなけりゃいいけどな」
そう笑うとロキは一人部屋から出ようとする。フレイがそれを追おうとするが、セイが静かにそれを止めた。
「ロキ、私は先に帰っている。夜には戻るな?」
ロキはそれに手をあげて返事をすると、西日の射す廊下へと出ていった。