ミラクル!
僕はコンビニでカップラーメンにお湯を注ぐと、公園へ足を運んだ。
まだ夕方だが閑散としていて、人の姿が見えない。
ため息を漏らして、隅っこにあるベンチに腰掛けた。
「明日のリレー、どうしようかな」
と、呟いていたら……。
「ねえ、タケシくん」
「えっ」
名前を呼ばれて目を前に向けると、少年が立っていた。
黄色いニット帽に黒縁メガネをしている。
「足が速くなりたいと思ってるでしょ」
核心をつかれた発言に目を丸くする。
なんで悩んでいることがわかったんだ?
いや、その前になぜ僕の名前を知ってる?
「ど、どうして知ってるんだ」
「えっとね、未来から来たから」
そうか、未来から……。
「って、何言ってるんだよ」
「未来からやってくる救世主、略してミラクルだ。ミラくんと呼んでね」
頭の中が混乱してきた。
「君は何を言ってるのかな。お兄ちゃんをからかってるのかい」
彼は首を横に振る。
「本当だよ。じゃあ、十秒後に転ぶよ」
「もう遅い時間だから帰ろうね」
僕はカップラーメンをベンチに置いて、子供の肩に手をかけようとした。
だが、彼はそれをかわした。
結局、石につまずいて転んでしまった。
「ほら、だから言ったでしょ」
「君は……」
「君じゃなくて、ミラくん。わかった?」
僕は体を起こして、服についた土をはらうと、
「君、じゃなくてミラくん。目的は何なのかな」
未来から来たことは半信半疑だが、そこだけがどうしても謎のままだ。
「ボクはね、タケシくんを救いに来たのさ」
「僕を救いに?」
「そうだよ。タケシくんは明日のリレーで転んでしまい、一位になっていたのがビリになってしまって、クラスの皆から責められる運命だよ」
なんて、突拍子もないことを言うんだ。
まあ、足が速くないのは確かだけど。
「そんなの信じられないよ」
「信じられなくても、足が速くなりたいとは思ってるでしょ」
「思ってるけど」
「だったら、ボクがタケシくんの足を速くさせて、明日のリレーでミラクルを起こしてみせるよ」
ミラくんは自信満々に言うと、右手を差し出してきた。
「どう、速く走りたい?」
「速くなれるんだったら、なりたいよ」
「じゃあ、100円」
「えっ、お金払うの」
「無料で教えてあげられるわけないでしょ」
仕方なく、僕はお金を払った。
「で、最初は何をすればいいの」
ミラくんは笑顔を広げる。
「まずは叫ぶんだ」
「叫ぶ?」
「そうだよ。空に願うのさ」
「いや、そんなことしたって……」
「ボクがやれ、って言ったら実行する」
お金を払ってしまったから、やるしかない。
心が不安で染まるなか、僕は大声で言う。
「どうか、明日のリレーで全力疾走できますように」
「バカヤロー」
いきなり、ミラくんが僕の腹部を殴ってきた。
痛みに顔をしかめる。
「な、なんで……」
「小学生のくせにやる気のない言葉を出すんじゃない」
「やる気のない言葉って、どういうこと?」
「全力疾走だよ。こんな意味不明な言葉を言うなんて、エネルギーの無駄でしょ」
「意味不明だとは思わないけど」
「意味不明だ。それともタケシくんは全力失踪したいのか。失踪して、テレビで顔写真が出て有名になりたいのか。いくら地味でもボクは許さんぞ」
「じ、地味って」
ミラくんは怒りをあらわにしたが、また普段の笑顔に戻っていった。
「分かった、タケシくん?」
僕には彼の笑顔が不気味に見えた。
「分かったけど、だったら何て言えばいいの」
「知りたい?」
「知りたいよ」
「じゃあ、100円」
「えっ、また」
「言い訳無用」
とりあえずお金を払い、ミラくんに言われたことを空に向かって願う。
「頑張って穴を掘ります」
「よし、それで大丈夫だ」
僕は当たり前の疑問を口にしてみた。
「どうして穴を掘る、と願うの」
「まあ、そのうち分かるって」
ミラくんはいつの間にか用意していたスコップを手渡してきた。
「でも、穴を掘るのと足を速くするのは違うことでは」
「つべこべ言わずにやる」
「えー」
「ほら、あれを見るんだ」
彼が指差した方向に顔を向けると、そこには大きな穴があった。
「あの穴は……」
「一時間かけて、ボクが掘ったんだよ」
僕はその穴まで歩むと、中を覗いてみる。
暗闇があるだけだった。そうとう深いのだろう。
一度入ったら、出られそうにない。
「タケシくんもこれぐらい掘るんだよ」
「無理だって」
「やめたいの」
「やめたいよ」
「じゃあ、100円」
また、このパターンか。
「さあ、どうする?」
肩をすくめて、お金を払うことにした。
「よし、じゃあ50メートル走をしてもらいます」
やっと、本格的になった。
「まず、タケシくんは50メートル走で何秒かかる?」
「えっと、12秒ぐらいかな」
「遅い!」
ミラくんは僕を睨むと、
「では、記録を伸ばしてもらいます」
「はい」
「では、そこに立って」
彼は地面に線を引く。
「ボクはゴール地点に立ってるから」
そう言い残して、歩き出した。
「よし、頑張るぞ」
「タケシくん、準備は?」
「いいよ」
ミラくんはポケットに入っていたストップウォッチを手に持つ。
「では、スタート」
彼の声と同時に僕は走り出した。
無我夢中に前へ進む。
「伸びてる、伸びてるよ」
えっ、記録が伸びてるの?
「ものすごく伸びてるよ」
の、伸びてるんだ!
僕は喜びながら、ゴールした。
「伸びてるよ」
「ミラくん、本当に」
「本当だよ。カップラーメンの麺が伸びてる」
「って、そっちかよ」
と、言ったら足を滑らせた。
「えっ」
そのまま深い穴に吸い込まれていく。
翌日。
「よかったね。今ごろ、リレーは終わってると思うよ」
ミラくんが一時間かけて掘った穴に落ちてしまった僕は家にも帰れずにいた。
「僕は足が速くなりたいと言ったんだ」
「まあ、良かったじゃん。明日のリレーで全力失踪できますように、と空に願ったら叶ったんだから。テレビのニュースでも有名になれたわけだし」
「よくないよ。って、いうより早く助けてよ」
穴で夜を過ごしたり、お腹が空いたり、もう勘弁しておくれ。
「助けてほしい?」
「もちろん」
「じゃあ、1000円」
うわぁ、またこれか。
しかも一桁増えてるし……。
「どうする」
「分かった。払うから助けて」
すると、ハシゴが下ろされた。
数分後。
地上に出た僕はミラくんの姿を発見した。
「では、ボクにお金を払ってね」
「はい、のわけないだろ」
僕はミラくんに向かって殴りかかる。
驚いた彼は、すぐさま逃げ出した。
僕は逃がすまいと必死でミラくんを追いかける。
「どうしてくれるんだ!」
「た、タケシくん。足が速くなってるじゃん。願いが叶ったよ。ボクに感謝しないと」
「うるさい!」
もうミラクルなんて知りません。