【揺花草子。】<その1503:運と論理の扉を開く。>
【揺花草子。】<その1503:運と論理の扉を開く。>
Bさん「手が冷たい人は心があったかいって言うじゃないですか。」
Aさん「あぁー・・・よく聞くね・・・。」
Bさん「となると、空前絶後の末端冷え性持ちのぼくなんかは
もう聖母か天使かってレベルの心のあたたかさを持ってるってことになるね。」
Aさん「うーんなるほどなるほど。
そう考えると『手が冷たい人は心があったかい』って言うのは
間違っている定理だと言えそうだね。」
Bさん「酷いね阿部さん!?
こんな清純貞淑料理好きのできた女を捕まえて!!」
Aさん「えぇー・・・。」
Cさん「同様に全米が涙するレベルの冷え性持ちの私も
4月末から5月半ばぐらいにかけての東京みたいなあたたかさと言えそうよね。」
Aさん「なんですかそれ油断ならないってことですか?
まだ暑い季節には遠いと思って甘く見てたら
思わぬタイミングで夏日になっちゃったみたいなやつですか?」
Bさん「ともあれ、一般に言われるところの『手が冷たい人は心があったかい』。
これは一体どう言うロジックなのかと言うことを今回は考察したいよ。」
Aさん「ロジック・・・ですか。」
Bさん「一般に、手が冷たいと言うのはどう言う状況かね?」
Aさん「えっ・・・そりゃ、寒い季節とかじゃない?」
Cさん「でも寒ければ手袋をすればいいわけじゃない?
それである程度手の冷たさは緩和できるはずよね。」
Aさん「・・・となると、寒いけど手袋をしていないシチュエーション?」
Bさん「それは、どんな?」
Aさん「えぇー・・・。なんだろう・・・。」
Bさん「例えばね、道行く人が手袋をしてなくって、とても寒そうにしてたとする。
そしたら、心のあったかい人は、こう言うんじゃないかな。
『まあ、あなた、とってもお寒そう。
良ければ私のこの手袋、使ってくださいな。』」
Aさん「えぇー・・・」
Cさん「『そんな、それではあなたの手が冷たくなってしまいますわ。
あなただってお辛いでしょう。
そんなの申し訳ありません。』」
Aさん「(あれなに突然茶番が始まったんだけど・・・)」
Bさん「『いえ、いいんです。
この寒空の下、辛そうなあなたを見ていることの方が私はもっと辛いですもの。
私の手袋ひとつであなたのその薄紅の唇に微笑みが帰るのなら、
私はそれで充分あたたかくなれるわ』」
Cさん「『まあ、なんて心のあたたかいお方。
このご恩は一生忘れませんわ。
どうかあなたにも私があなたに頂いたものと同じだけのあたたかさが訪れますよう。
それではごきげんよう。』」
Bさん「『ありがとう、ごきげんよう。』
・・・どう? かなり心があたたかいでしょ?
手袋をあげちゃって、手は冷たくなっちゃったけど、
心は幸せで満たされてとってもぽかぽかでしょ?」
Aさん「いや、うーん・・・どうかなぁ・・・。」
Cさん「そして今度は、その手袋をあげた人に、別な心のあたたかい人が
手袋を施してくれると言うわけよ。
そしてその人はまた別の人に・・・と。
こうやって人のあたたかさはじんわり伝わっていくの。
さながら遠赤外線のように。」
Aさん「一気に台無しな例えになりましたね。」
Bさん「こう言うロジックがあるから、手の冷たい人は心があったかいと言う
定理が生まれるわけです。
どう? 解ってくれた?」
Aさん「いや・・・えーと・・・。」
Bさん「なに、納得いかないの?」
Aさん「だってきみが冷え性なのは
別に誰かに手袋あげたせいじゃないだろ。」
Bさん「っっっっ。」
ロジックは冒頭から破綻してた。
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