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ある悪役令嬢の物語

作者: 山藍摺

「悪嬢嫌い〜元悪役令嬢の物語」の前日談的なお話です



「エディと別れて、エディを、彼を自由にしなさいよ。貴女は彼に相応しくないの。わかる?」


 それが、レアンドラとアーシュの出会いであった。

 ――初めて、のである。




 ある世界は、平行線のように海洋に横たわる、左右対称のふたつの大きな大陸がある。

 その東側の大陸の中央に位置するカルツォーネという国には、ある開国の伝説が存在する。

 天から降り地へ立った聖女により開国されたという開国神話というものだ。開国神話――人知の外れた存在が国を興したなど――は差異はあれど、ふたつの大陸のどの国にも必ずあるものだった。

 開国神話によると、この国の王族は、開国の聖女の息子の子孫なのだという。つまり、カルツォーネの王族は開国の聖女の血筋となるということだ。王族が開国の祖の子孫というのも、開国子孫の典型であった。

 開国の聖女が天へと帰る前に、地上の男性との間にもうけた息子が祖――国を穏やかに治めた開祖・安寧王なのだという。

 ――そして、神話に語られる“開国の時”より数百年の年月が過ぎ去った頃。幾代も幾代も経て、聖女の血など最早薄まっているだろうその時代に、聖女の再来は生まれた。

 それが、レアンドラに婚約者と別れろと初対面でいってきた少女であった。

 レアンドラは、開国の頃より続く名門中の名門の貴族の姫だ。しかも直系の、長姫だ。

 その婚約者は、同じ公爵位の家の長子。

 同じ公爵の家柄とはいえ、婚約者のカシーリャス公爵家は先王の王弟が開いた新しい公爵家。

 古きより続く家系と、臣下となった元王族の家系との縁続きは、明らかに政略による婚姻だった。

 政略結婚とは、家同士の結び付きを強くするものだ。

 カシーリャス家は血筋は良くても、新興ゆえに貴族としてはまだ磐石とはいえなかった。

 そんなカシーリャス家が、名家といわれるアウデンリート家との縁を欲し、アウデンリート家はそれに応えた。

 アウデンリート家は「王族の為なら火の中水の中草の中」を地で行く忠義篤い家柄ゆえ、もとは王族でもあるカシーリャス家からの縁談話を蹴るいわれもなく、この縁はすんなり通った――両家の当主の決定で。

 レアンドラたちの婚約は、家同士の取り決め。それはつまり、たとえ当人たちでさえ覆すことはできないもの。

 当人たちはそれをよく理解していた。だからこそ、互いに家族・友人以外の異性の影など見当たらなかった。もちろん、恋人なんて。

 なのに、別れてとか――しかも初対面の真っ赤な他人に――いわれることなど、あり得ない、あってはいけない出来事なのだ。

 それが聖女の再来とうたわれた者であっても、口を出してくるなんて、まず常識として論外であった。

 そして、場所は学園で周囲の目もたくさんあり、時間は休憩時間とはいえ、次の講義の移動中であった。

 そんなタイミングで、ずかずかとタメ口――レアンドラは上級生だった――で、いきなり、真っ向から敵意を向けてきたのだった。



 少女、アーシュは色々おかしい、奇怪な少女だった。

 レアンドラの取り巻き――レアンドラの美貌に懸想する男目当ての狩人ともいう――たちが集めてきた情報は、アーシュの醜聞ばかりだった。ちなみにレアンドラが欲したから情報が集められたのではなく、レアンドラのためにと集めてきた情報である。


 ――誰かのものでも、気にせずに欲しければ手に入れればいい。

 ――他人のものでも、自分が欲しければそんなこと関係ない。


 アーシュの貞操観念は、酷く倫理を酷く損ねていたのだ。醜聞はそれを指摘するものばかりだったのだ。

 婚約者にぞっこんだったレアンドラは、そんなアーシュが婚約者に近付くのが堪えられなかった。誰でも恋人や婚約者に、変な虫などついて欲しくないものである。

 契機はそんな、誰もがもつ嫉妬だった。

 アーシュは、堂々とレアンドラの婚約者に近づき、落としてしまったのだ。レアンドラは、慕う婚約者に裏切られたのだ。

 そこで、まず諫言を行った。

 婚約者がいる異性に言い寄ることで発生するであろう代償を、もたらされるであろう結果を、周囲にも与えるであろう影響を説いたのだ。

 アーシュと、靡いた婚約者に。

 けれども、ふたりは耳を貸さず、レアンドラを虚仮にした。

 そこで、レアンドラは噂を流したのだ。嫉妬に火がついたのだ。ちなみに「無いこと」ではなく「あること」であり、貞操観念がひどくずれたアーシュの悪行を噂として流布させたのだ。きちんと証拠も入手し、裏付けもとって。

 それは悪戯に近かった。

 そして、婚約者のある異性に言い寄るアーシュへの罰でもあった。

 特に、レアンドラはアーシュへの諫言の数を増やしていった。

 ……けれども。

 アーシュは、一対一での諫言の際にこういった。


「あたしの力を、世界は求めているの! あたしの力が、世界には必要なの! 世界はあたしの力なしには続かない。だから、あたしは世界を思うがままに動かしてもいいの!」


 ……アーシュがひどいのは貞操観念だけではなかった。根本からひどかった。あまりにも自己中心的だった。

 そして、自己中心的レベルは天元突破していた。突き抜けすぎていた。


「あの方が、あたしを貶めようとしたんですっ……!」


 レアンドラの悪戯を逆手にとり、悪戯を誇張し拡大し色をつけまくったあげく、ないことないことたくさんこれでもかとでっちあげレアンドラを貶め、自作自演の悲劇のヒロインになってしまった。

 アーシュは、開国の聖女の再来といわれるだけあって、周囲は彼女の信奉者だらけであった。

 ……つまり、レアンドラの味方はいなかった。


「レアンドラ、見損なったよ……これは、婚約破棄になるだろう。父上は君のような女性を我が公爵家に縁付かせたくはないだろう」


 婚約者は、悲しそうにいった。


「姉上、おそらく貴女は勘当される。理由は同じく、アウデンリート家にそのような娘を置いときたくはないだろうから」


 弟にも残念そうにいわれ。

 ……そして。



「レアンドラ・ベルンハルデ・アウデンリートに次ぐ。貴様は一生幽閉、暗闇の中で過ごすのだ。死んで世俗から解放されることさえ許されない。罪を償うことさえさせない――稀代の悪女にはふさわしかろう?」


 ……そして、忠を捧げた王本人に罪を突きつけられ。


「ふふふ、いい気味だわぁ。何故こうなったかって顔をしてるわねぇ? ……いいわ、教えてあげる。あのお嬢ちゃんの自作自演に箔をつけてあげたの。あなたの噂を流した証拠を色をつけて、見つけられるように用意してあげたのよ!」


 そして、嵌められたことに気づき――……


「え、どぅ、びん……さ、ま……」


 精神を病み、病を得て、獄中死した。


「レアンディ!」


 ――彼女を狂おしく呼び、泣き叫ぶ存在に気づかないまま、レアンドラは逝った。




 ――そして、生まれ変わった。

 別の世界に、レアンドラの人格のまま。レアンドラ・ベルンハルデ・アウデンリートは、嶌川薫子となった。


「これは、誰が書いた……!!」


 そして、薫子は、レアンドラだった頃生きた世界を描いた物語と出会う。

 悪女アーシュがヒロインで、ヒーローのひとりがかつての婚約者で。


「――誰が悪女というの。

 罠にはめられ作られた道化の悪女と、罠にはめて偽りをしたてあげた聖女の再来、どっちが――……」


 ……だから、薫子は悪役令嬢が嫌いだ。


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