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第一話 「関係の始まり」


「ん~!……船旅も久しぶりだったな」


 四日間の船旅を終え、俺はリベル大陸に立っている。数時間前まで寝ていたのだが、それでも揺れる船では体が凝ってしまう。入念にストレッチをする俺。

 ここ二年間、順調に目的の物が集まっている。当初の予定では、この年は多少の休養の年としている。いくら覇閃家で過酷な訓練を生れてから十歳まで続けてきた俺でも、この幼い体を酷使し続けるのは後が恐い。今すぐにどうにかならなくとも、数年後に大きな爆弾を抱える可能性が高くなる。

 今まで酷使してきた肉体を休める。ここに来た理由にそれが大きな割合を占めていなければいけないはずだった。

 だが、そうもいかないことになってしまった。


「奴を野放しにしておくわけにはいかない……」


 俺は昨年、正確には二ヶ月前にある人物を殺し損ねた。なんとか目的の物を回収することはできたが、俺の心には奴を殺しそこなったことのほうが引っ掛かる。

 ようやく掴んだ奴の目撃情報。


「今度こそ、必ず……!」


 俺は強くこぶしを握ると、街の方へ歩いていく。

 しばらく歩いていると、少しずつ潮の香りが薄くなってくる。住宅街に入ってきたらしい。


「う~む、三年間も旅をしといて宿に泊まったことがないとか、あんまりだな」


 今までは、教会の宿舎だったり、裏の人間が集まるアジトだったりと、旅人とは思えないほど宿に泊まった経験がない。金を使わないで済むなら済むで良いことなのだろうが、正直旅をしている楽しみの一つを自分で潰してならない。


「ま、そんでも、奴のことが片付いたらいい加減平和な日常が送れるようになるだろう」


 ここ二年ほどはかなり刺激的というか、殺伐とした生活が続いていたせいで平和とは程遠いものばかりだった。せっかく、ゆりがいないというのに、これではあまりにも不便だ。

 そろそろ俺にも平穏な生活が待っているはずだ。たまたま占ってもらった占い師に「あんたは平和な日があっても、絶対に長く続かない」と占われたが、きっとあの占い師は偽物だろう。そう思わなければやってられない。俺は絶対に不幸属性ではないはずだ。巻き込まれ率が高いだけ……、あれ?結局不幸なんじゃね?

 そんな、屋敷を出る前まででは思わなかったであろうことを考えながら、キョロキョロと辺りを見渡す。


「結構静かだな。のんびりと気持ちが良い……」


 塀の上に蹲って日向ぼっこをしているネコに近づいて軽く撫でてみても逃げ出さない。それどころか、自ら腹を見せてくる。完全に野生の本能がなくなっている。ゆりの髪の方が撫で心地が良いな、とか考えたのが悪かったのか、ネコは俺の腕をネコパンチしてくる。とても癒される。


「あの~……」

「はぁ~、癒される~……。俺の今までの二年間は何だったんだってぐらい癒される~、って、ん?」


 俺が早くも目的を忘れてネコに癒されていると、後ろから肩をツンツンと突っつかれる。

 振り向いてみると、メイドさんが立っていた。

 今の季節は日差しが気持ちいいぐらいの季節なので長袖ロングスカートでも違和感は少ないと思う。顔つきから察するに、教会で世話になった年上の少女と同じかそれより少し上ぐらいの年齢。おっとりとした表情は、ゆりを彷彿とさせるものがあるが、あいつとは違って大人の余裕を感じる。ゆりのが天然が少し入ったユル垂れ目の幼女(三年前の話)だが、この女性はどこまでも物腰が穏やかそうなお姉さんっぽい。

 どこぞの姉妹の姉とは違い、かなり大人っぽい。


「えっと、何か?」


 前は無愛想な顔で傍若無人な口調しかできなかったが、この二年で周りの人間を見て多少の世渡り術を身に着けている。あまり目を細めないようにして聞いてみる。


「先程、宿に泊まったことがないと仰られていたので、少し気になって」


(あぁ、聞かれてしまっていたのか)


 確かに、俺はどう見たって十四歳ぐらいの少年。そんな少年が宿がどうこう言ったら気になるのも当然だろう。だが、それにしたって見ず知らずの少年に話しけるのは普通ないだろう。俺だって、面倒に巻き込まれるのはごめんだ。

 なのに、この女性は心底心配して声をかけてくれた。そんな人に、上辺だけの演技をしているのが少し申し訳なく感じた。


「ああ。二年前に家出して世界を回ってるんだけど、色々あって宿に泊まることが一切なかったんだ」


 急に口調が変わった俺に、女性は一瞬瞳を揺らしたものの、そこ以外には一切動揺を晒さずに俺に答えに頷く。


「そうだったのですか。もう、どの宿にお泊りになるか決められましたか?」

「いや、決めてない。できれば、この辺にあれば良いと思ってるんだけど、どこか知りません?」


 俺は改めてネコの腹をなでる。にゃ~、と気の抜けた鳴き声に女性も俺も苦笑する。


「でしたら、私の宿はどうでしょう?こう見えて、宿のオーナーなんです」


 女性はスカートの裾を摘みひらひら揺らす。そのたびに僅かに覗く白ハイニーソが眩しい。

 初対面でじっと見つめるのはさすがに訴えられかねないので、あまり見ないようにする。


「へぇ……、じゃあ、案内を頼めるか?」

「ええ、畏まりました」


 女性は恭しく頭を下げると、襟から僅かに胸の谷間が見えたが一瞬だったのでそこまで楽しめなかった。そんな俺の様子に気づいた様子もなく、女性は俺の前を先導していく。


「俺の名前はカキス。よろしく」

「カキ、ス?……失礼ながら、どこかでお会いしませんでしたか?」


 俺が名乗ると、女性は足を止めて、眉を八の字にしながら首をかしげる。


「いや、さすがに宿のオーナーをしながらメイド服を着ている女性を忘れることはないと思う。それに、この大陸に来たのは今日が初めてだから」


 嘘だ。この大陸にはまったく来たことがないわけではない。過去に何度か覇閃家の仕事で来たことがある。


「そう、ですか……」


 女性はいまだに不思議そうに首を傾げているが、すぐに先導を再開する

 俺の名前は珍しいものだ。そうそう似た名前の人物はいないはずだが、女性はなにか記憶に引っ掛かるものがあったようだ。


「私はルトアです。年は十九です。あ、一応先にお伝えしますが、夜のサービスは行っておりませんので」

「……俺がそんな年に見えるとでも?」

「もちろん、冗談です。ですが、一応はお伝えしておかないとそういうコト目的の方もたまにいらっしゃられますから」


 ふふふ、口元に手をやって上品に笑う仕草が随分と板についている。おそらく、普段からこうやって人をからかうことがあるのだろう。中々に侮れない人だ。


「そういう時は今までどう対応してたんだ?」

「そういう時は娼館をご紹介しております。友人が経営者で、自衛のために家を利用してくれれば利害が一致すると」

「いい人だな。でも、普通はそんな簡単に引き下がるものじゃないと思うが?」

「ふふ、心配していただけるんですか?」


 冗談めかした様に笑う女性、ルトアはわざわざ振り返ってまで俺をからかう。

 だが、今までさんざん可愛くない子どもと言われてきた俺の敵ではない。


「ああ、心配さ。俺みたいな得体も知れないガキに優しくしてくれる女性が」


 俺は特に表情を変えることなく瞳を覗き込む。


「……ありがとうございます。ですが、大丈夫ですよ」


 女性は一瞬答えに詰まったが、結局はからかわずに普通にお礼を返してきた。さっきの俺の答えで察したのだろう。


「ここは穏やかな所ですから、そういった思いを堪え切れない方はここを通りませんから」


 それだけさっさと答えると、また前を向いて先導に戻る。


(照れると耳が赤くなるタイプか……)


 頬にはほとんど変化はなかったが、覗き込んでいた瞳には動揺が見られた。さっきまでは正常だった耳が急に赤く染まりだしたのは間違いなく照れによるものだろう。まぁ、おそらくは姉が唐突に弟から素直な言葉を言われた時と同じ感じのはず。

 俺はせっかく宿が確保できそうなので耳のことは追求せずに、黙って後をついて歩く。

 しばらく無言で穏やかな街を歩いていると、前方にそれらしきものが見えてきた。


「ここが、私が経営している『ピース』です」


 ルトアは郵便受けの前に立って、掌で自らの宿を紹介する。


「……俺の思ってた宿というよりは、少し大きな一軒家っぽいな。悪い意味なんかじゃなく」

「ええ、それっぽくしているんです。できるだけアットホームな感じになるように日々努力を欠かしておりません」


 これがゆりなら、無い胸張って自慢げに言うだろうが、ルトアは俺の言ったことに補足をするだけでそんなそぶりは一ミリもない。不思議なのは、その態度がまったく事務的な対応に感じない所だ。普通、多少なりと褒められたなら反応するのだろうが、事務仕事のように反応することがない。

 だが、独自の穏やかな空気と相まって、まるで長年自分に仕えていたよう感じさえする。


「今、この宿にはどのくらい宿泊客がいるんだ?」


 こんな良いオーナーがいる宿に空き部屋があるとは思わなかったので、つい純粋な興味で聞いてみてしまう。だが、帰ってきた言葉は予想外の物だった。


「0人です」

「は?」

「ですから、ゼロ人です。もし、カキス様が宿泊いただけるのならお一人様となります」


 穏やかなニコニコ笑顔で答える言葉は、かなり予想外だった。


(もしかして、意外と内装やサービス、料金が高くて実は人気がないとか?)


 俺は顔を引き攣らせないようにするのに精一杯でルトアになにも返せなかった。


「貸切となっておりますので、お気兼ねなく、生活していただけると思いますよ」


 ひそかにこの場をどうやって逃げ切ろうか考えていた俺の思考は、ルトアの発言に上塗りされる。


(もしかして……)


「……だから、自分の宿に泊まらないかと誘ったのか?」

「はて、何のことでしょう♪」


 ルトアはさっきまでと変わらず、ニコニコ笑顔。極限まで細められた目は微かな地合いのようなものを、勘違いかもしれないが、俺は受け取った。

 俺のことを気にしてくれた可能性がある。もし、一般的な宿を俺に紹介したとして、その後、俺がその場に馴染めるかどうか。宿屋に泊るのが初心者な俺が他の宿泊客と何のトラブルがないとも限らない。それに加え、俺の年齢。俺はまだまだ子ども。大和以外で考えればあと二年で成人となるが、大和では男は十八になってからだ。

 子どもの俺を放っておくのは少し心配だったのだろう。


「……本当に心配されてたのは俺の方だったのか」


 はぁ、と呆れた目を向けてもルトアの鉄壁の笑顔に変化はない。

 俺に気を使ってくれているはずなのに、逃げ場のない交渉を迫られている気分だ。


「………………はぁ~」


 もう一度だけ大きく溜め息を吐くと顔を上げ、


「これからよろしくお願いします、ルトアさん」

「……はい、よろしくお願いします。カキス様」


 してやられた悔しさに口を尖らせながら負けを認めると、ルトアさんは俺を抱きしめそうになる衝動を抑え、応じる。

 これが、俺がピースで暮らすようになった経緯だ。

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