エピローグ
心地好い夜風に艶やかで流れるような黒髪を靡かせながら、一人の少女が通話していた。
「俺? 私はオレオレ詐欺に騙されるような女じゃないよ。幾ら私のご尊父が財力が凄いからってこんなうら若きか弱い少女を騙そうなんて、なんという悪漢だろうね田舎のお袋さんが泣いているよ。居ないの知っているが。そうそう聞いてくれ給えよ実はだね、えーとなんて名前だったか……ええい、とにかく今回私が潜入した高校の制服が中々に可愛くてね。似合いすぎて困っちゃう――ん? ふふん安心し給えちゃんと分かっているよ竹澤くん。そうなのかい儲けものだね! オーケー期待しておくよご苦労。では張り切って次の物語の収集に駆り出してくれ給え。ではまた」
少女が長々と喋りまくっているせいで、通話相手が伝えている内容の割に通話時間が長くなってしまっている。
少女は携帯をポケットに仕舞いながら、その如何にも質の悪そうな顔を一人の少年へ向けた。
「よかったじゃないかい。私ほどではないが美人な彼女ができて」
「……お前はどんだけナルシなんだ」
少年、崎米畔は不機嫌ともとれる仏頂面でボソッとそれだけを返した。
虚ろな眸に不健康な印象を与える怠そうな顔は、具合が悪いのかと問い掛けたくなるほどで、陰気な雰囲気を醸し出していた。
当たり前の日常だと思っていた周囲の悲惨な現状を知り、鶴羽と恋人同士になり、一族復興のための子孫作りに投じる運命が、人生が決まってしまった彼は、それまでの“普通の男子高生”らしさなど絶無に等しく。変わってしまったのだ。
「……竹澤って誰だ」
通話の内容が聞こえていた畔が、陰気臭い不気味な顔付きで尋ねた。
「竹澤くんかい。彼は異聞奇聞収集家――私の弟子、協力者さ」
誇らしげに、胸を張る。
少し顔を逸らし、腕を組んで心から嬉しそうに笑うその姿は、優秀な愛する我が子を紹介する親のようだった。
好きな子を語る、歳相応の女の子。人間離れした最悪な姿を目の当たりにした畔の目から見ても、そう見えた。
普段と違う、人間臭い、普通の女の子。違和感だった。
「それにしても今回の物語は面白かったよ。絶望、という言葉がよく似合う。素敵で災厄なストーリーだね」
「お前の趣味というか好みは、お前の偏屈なところを全部受け入れて接してくれる優男か」
「いや何の話をしているんだね!?」
少女の言葉を無視して畔が言うと、顔を真っ赤にした少女が勢いよく振り向いて大声を上げる。
「折角いつものように悪辣そうな澄まし顔に悪党面でかっこよく話したのに今の決めシーン返し給え!」
「知るか」
ぎゃあぎゃあと捲し立てる少女に、不健康そうな顔を迷惑そうに顰め、両耳に人差し指を突っ込んで身を仰け反らせる畔。
「実は無理して気丈に振る舞っててあの後ぶっ倒れたんだから、そんなにはしゃぐとまた病院に引き戻されるぞ」
「うるさい雑魚に斬られた傷くらい平気だ。もう治ったし私の美しい肌に残ってしまった傷痕もご尊父に消して貰った。体の負荷も回復したしもう大丈夫だばっちりだ二度とあんな醜態はさらすまい!」
そう言って両手を腰にあて、ほとんどの男共が目を奪われそうな鳩胸を張り、フンッと鼻息を一つ。
「そういえば、斬られた時お前、尾澤と話してたのか? 反則だとか言ってたような気がするが」
「ん? そうだよ。折角、形之守の生存説について調べていた日向くんを、尾澤一族を探っているということに気付いた廉華くんが、自分は出てこずに人形を使って殺していたから正々堂々戦い給えと申し出たのだよ。向こうには人形を通じて声聞こえてるからね。力を使ったつもりだったが不覚にも斬られてしまったのだが本当は死ぬはずだったのだ危ないところだった。しかも丁度、私が別件で力を使って弱ってるところを狙って来るし反則に犯則だ最悪だ」
ぶつくさと不平を漏らす少女は、不意に背を向ける。
畔はただその背中を見送る。もう関わりたくないし、関わらせない。だから引き留めることはしないし、どうでもいい。そう思っていた。思っていたが。
「おい」
畔は、尋ねる。
「お前、これからどうするんだ」
何となくの質問で、秘密だと言われればそうかと返して終わるような、それくらいの感覚。
「そうだね、取り敢えず警察署に行って“紺偽の機才”に会わねばなるまい。あれも中々厄介な刑事でね、私の兄だが。そうそう知っているかい? 聞いた話じゃ、その“紺偽の機才”に極秘で犯罪情報を渡して情報料を貰っている詐欺師もどきが居るそうだよ。あの“欺瞞の鬼才”だがあいつもずる賢くてね誰に似たのやら。それは置いといて話を戻すがそのあとは新しい物語収集に行くよ。私がやることは変わらないさ」
少女は邪悪ににこやかに、可愛らしく人差し指を口角に近い頬にあてがい、そんなことを言った。
またあの変な表現だ。尾澤のことを“偽白”と言っていたのと同じなのだろう。どうやら少女に認められた者は、意味深で難解な名称が勝手に当て嵌められるらしい。
というか、さらりと凄い情報が漏れた。刑事が兄。親は権力者らしいし、それだけ守られていてこれだ。
畔の周りの人間はあれだけ死んだ。それに関わっていながらにして、公の機関には関わらせない。警察に強制されず、法廷に裁かせない。正に絶対のポジション。
「そうか。じゃあな。――この災厄」
畔は、相変わらず不健康な怠そうな顔を歪め、それだけを呟くと踵を返した。
少女は、鱗錚に同じく鶴羽の操り人形となった少年の背中を見送り、ぽつりと呟く。
「……また会える時を愉しみにしているよ。傀儡くん」
そうして、彼女もまた踵を返し、畔とは真逆の方向に歩き出すのだった。
EPILOGUE‐了‐